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ぐちゃぐちゃ陳列が楽しい〈銀座 夏野〉

2022.08.17 00:00

ご愛用の箸はどんな箸ですか? 自分だけが使う食器や道具を「属人器」と呼ぶそうだが、自分専用の箸を持つ、世界でも稀な日本では、箸はもはや単なる道具ではなく、どこか精神性を宿すもの。箸を捨てるときに折るという昔ながらの風習は、箸に宿る霊を自分の元に戻すためとも言われる。そんな日本の箸の専門店「銀座夏野」は1999年創業。きっかけは、「銀座でお店を開く」という父の夢を叶えるために開いた家族会議。お店の条件にしたのは、日本の伝統文化に役立つ商売をすること、そして、周りのお店と被らない商売であること。二本の棒が底知れぬ機能性と美を持ち合わせる箸の世界は、知れば知るほど深くて面白かったという。「たかが箸、されど箸」と思いを表現する、店主の高橋隆太さんにお話を聞いた。

この日は雨上がりで、銀座の並木通りの煉瓦が濡れて色を濃くし、芽吹いたばかりの若葉が光っていた。並木通りから一本中央通り側の西五番街通りにある、風情のある店先から入ると、壁一面、棚という棚に隙間なく並べられた品物が迎えてくれる。「圧縮陳列です。ドン・キホーテ(総合ディスカウントストア)みたいな」と高橋さん。創業当初はまだ品数も少なく「ちょぼちょぼ」と綺麗に並べていたが、全国を回り見つけた、たくさんの職人の箸が増え、また、他にはない独自の箸や小物を、木地師や塗師と共に開発するようになり、徐々にものが増えた。

表参道に姉妹店「小夏」を開店した時に、「青山だし、かっこよく売ってもいいかな」と思い、スッキリ並べたら全然売れず、途中から圧縮陳列に変更した。「なんですかね、毎日使う食の道具だからかな。あんまり綺麗に飾りすぎるとギャラリーみたいになってしまって入りにくさが出てくる感じはあります」

高橋さん自身がものに囲まれているのが好き。また、町中華のような、お父さんとお母さんでやっていて立ち寄りやすく長く続いているお店が好きで、「うちもそんなお店になれればいいなと思います」。そうして現在の「大人の駄菓子屋」スタイルに落ち着いた。子どもが100円を握りしめて10円のものをいっぱい買うように、大人が1万円でいっぱい買ってくれたら嬉しいという。全国にあるどの支店も圧縮陳列?「そうです、狭い店の中で多くの職人を紹介したいので、どうしてもぐちゃぐちゃに(苦笑)」

時にはお客様から、ものがありすぎて何をどう見たらいいのか分からないとお叱りを受けることも。確かに若干クラクラしてくる程のものの数。でも、じっくり見ていくと手書きのPOPには作り手への想いが溢れ、箸以外の工芸品や雑貨を見るのも旅気分で楽しい。魚焼き器の小さいサイズや、銀杏煎り器、型抜きなどは腕の良い職人から直接仕入れていて、銀座の板前さんが買いに来ることもあるそう。もし箸を選ぶのに迷ったら、「試し持ち」をお勧めする。手にとって試して、「少し重い」「ちょっと長い」「触り心地が」などの感想をお店のスタッフに伝えてくれたら、一緒にお客様が望む箸にたどり着きやすくなる。

店内に置く品物は、基本的に日本で職人が作っているもの。でも材料は日本産に限らない。箸は硬い木でないと折れたり曲がったりしてしまう。たとえば、黒檀という非常に硬くて、美しい光沢が出る木は、仏壇やピアノの鍵盤などに用いられ、日本でも小笠原や沖縄で採れるが、木材にするほどは採れず高価。木は赤道の上下緯度5度の熱帯の広葉樹が、密度が高く硬いという。だが、時間をかけてじっくり成長するほど硬くなるので、黒檀に至っては、直径が20cmになるのに200年程かかるといわれる。そのため、植林が間に合わず、やがては手に入らなくなるといわれている。加えて現在、木材価格の高騰は「ウッドショック」状態で、あらゆる木が2年前の倍の値段。約20年前の創業時に1000円で売っていた黒檀の箸は、今2500円。これからもっと高くなりそうだ。

今後の望みは、「将来の日本の箸の生産を維持していくこと」。師匠と呼んだ箸職人の山田政義さんが5年前に亡くなり、もう日本で丸太から一人で箸を作れる人はいない。仕上げだけを行う箸職人や塗師はいるが、木によって違う木目や道管を見て、大きな木から製材に切り出せる人がいないのだ。

最初の挽き方で箸の「折れる・折れない」「反る・反らない」が決まる。毎分3500回転する刃と数ミリの距離で対峙し、瞬時に目を配り、滞ることなく木を刃に送り込んでいく。やりたい人がいないのは賃金の安さもあるし、危ないから。安全な機械はあるが効率が落ちる。職人が「スパンッ」と切りたいのに「ブーーーン」となってしまう。「難しいです」

かつては車で全国を回り、箸職人を探して道なき道を歩いた。元はIT企業で働き、「匂いや手触りのある仕事を手がけたい」と願ったという高橋さん。「使う道具で食事が美味しくなったり、楽しくなったりすればいいですね」。毎日使う日本(二本)の文化をこの機会に見直してみてはいかがでしょう。

(写真と文 篠田英美)


銀座夏野

銀座本店/東京都中央区銀座6-7-4 TEL/03-3569-0952

営業時間/月〜土:10時30分-19時30分 日・祝:10時30分-19時 現在営業時間短縮中

URL/https://www.e-ohashi.com/