卒業を考える
まだ”その時”はやってきませんが、
少し自分の感じている感覚とも違ったので考えてみました。
小学校の卒業、中学校の卒業の2回のターニングポイントがあります。
小学校の卒業は、中学でも続けられる可能性が残りますが、中学校の卒業はミニロボの卒業にも等しいと感じられます。
市長杯にも出られません。
いや、むしろ出られなくなる大会はそれくらいかも。(それが大きい)
ミニロボのシステムから見ると、参加条件を満たせなくなった時点で卒業ということになるのかもしれませんが、いいオッサンでもミニロボはできるので、”卒業”なんて言わずにもう少しいい表現はないものか、表現的にしっくりこなかったのが違和感の原因かも。 なんて考えていました。
ですが、
それは周りから見た話であって、当の本人からすれば、続けたくても続けられない理由もまたある。
続けることはできるが、あえてその道を諦めることもある。
気持ち的には卒業なのかも。
自分が決めることもあれば、そうなってしまうことももちろんあります。
それはしかたのないことかもしれません。
理由はどうあれ長く続ければ続けただけ多くの功績を残してくれたことになり、ミニロボ全体から見ても感謝しかありません。
ありがとうの気持ちを伝える場はほしいと思います。
それでも、きっとまたいつか戻ってくる。
そうみんなが信じて待っていたい気持ちもあります。
同じ時間は戻ってこないけれど、二度と戻れない場所ではないのだから、卒業とは言いたくないというのもあります。
人生にはもっともっと楽しいことや経験すべきことがたくさんあります。
最初にそれがわかっているのなら、ミニロボをやりながら未来の職業や働き方、人生の歩み方についてたくさんの先輩方から予備知識を得つつ、自分の進む道を想像できたらミニロボの意義ももっと高まりそうです。
何かしてあげることはできないけれど、ミニロボのその先にある目標に向かうのなら背中を押したい。 そんなミニロボ(の活動)ってどうでしょう?
・・・
ちょっとまって、
大人は?
子供抜きでミニロボプラザに行く?
出られる大会は大人大会、県大会・・
大人がミニロボを好きになるきっかけを作ってくれたのはやはり子供だと思うので、その存在はとても大きい。
それを抜きにしてどこまでモチベーションを維持できるのか。
まぁ大人は自分で考えればいいか(雑
最後まで踏み切るのも自由なら おりるのもまた自由━━━ 押しつけたくはないし 押しつけられたくもない━━━ もしこのエリアに約束事があるのなら 一番は その自由の意思だろう━━━ 走るという自分の意思━━━ そして おりるという自分の意思━━━
by 湾岸ミッドナイト
↑これを思い出しました(´・ω・`)
少なくとも、ミニロボは、戻ってきやすい環境も持っている必要があります。
何年ブランクがあっても、ふらっとプラザに寄って話ができたり、今どんな状況かなーと何処かで確認できたらとてもいいな、、、
(大会の結果(順位表)や、大会のシステムなど)
いつでも、どこにいても、ミニロボのことが思い出せるように
情報発信だけは続けていきたいところです。
#まとまらない