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カタカムナ語

2022.08.21 06:32

Facebook横田 とみ子さん投稿記事 カタカムナ語とアイヌ語の相違点

【カタカムナ語とアイヌ語の通底性考】

 (れんだいこのショートメッセージ)

 ここで、カタカムナ語とアイヌ語との通底性を確認する。「土蜘蛛正統記」がこれに挑んでいるように見受けられる。おおいに啓発させていただく。

 2009.3.19日 れんだいこ拝

【カタカムナ語考】

 日本列島の最古の昔よりいわゆる縄文時代になって、現在のアイヌは北海道の一隅に住むが、アイヌが当時の日本列島の全土に居住していたと思われる。倭人とは、アイヌ人を含む古代日本列島生息人の総称と理解するべきであろう。その頃のアイヌ人の言語を仮にアイヌ語と命名すれば、カタカムナ人のカタカナ語と通底しているように思われる。アイヌ語とカタカナ語の比較をすると、カムイが興味深い。アイヌ語で神を意味するが、カタカムナ語でも「充実した最高のチカラ。あらゆる現象を発現させる根源のチカラ。潜象であるが確かに存在する究極的な本質」という意味になる。

 記紀の文字は全文漢字で書かれている。漢字の表意表音(音訓)を当時の日本語に当て嵌めた万葉がなで綴っているところに特徴があるが、一部に漢字の表意では意味の通じない個所がある。これらがカタカナ語に相当する。例えば、魏志倭人伝の「下戸、大人と道路に相逢えば、逡巡して草に入る。辞を伝え事を説くに或いは蹲(うずくま)り或いは跪(ひざまづ)き、両手は地に拠り、これが為に恭敬す。対応の声を噫(アイ、イ)と曰い、比するに然諾の如し」の記述がある。ここの「噫(アイ、イ)」がカタカムナ語と思われる。

 カタカナの歌の基調は「五.七」である、これは漢詩とは全く異なる。 ここに消滅させることのできなかった、漢詩にもできず、表意文字にもできなかった、民族性の強さを感ずる。

【カタカムナ語と万葉仮名の通底考】

 漢字を向こうの読み方をまね、意味もそのままで 用いるのだから「正音」という。漢字の意味に従いながらも、 読み方はそれに当たるやまとことばをあてるのを「正訓」という。これに対して、意味を無視した ものを「借音」、「借訓」という。「しが」という地名を「志賀」と書くのは「借音」、「あひみつるかも」 を「相見鶴鴨」と書くと、「鶴鴨」の部分が「借訓」である。借音はあらゆる固有名詞に応用可能な点優れ、 借訓は簡潔であることで優れていた。このほか、「十六」と書いて「しし」と 読む暗号のような戯訓(ふざけよみ)など、多様な表記がある。これらすべてを総称して「万葉仮名」 という。漢字の本来の使い方から外れた仮の表記だから「仮名」なのであり、これに対して漢文は 「真名(まな)」と呼ばれた。

  「仮名」が必要になるのは、もう一つは歌の表記のためである。 歌は意味が通じればいいというものではなく、音の響きをも楽しむものでもある。このため、歌は一音節 一音節漢字をあてはめて表記されることが多かった。しかも、日本語には中国語にない、助詞、助動詞の たぐいが多く、動詞などもしきりに活用する。このため、同じ音はできるだけ同じ漢字で表す習慣が 一般化し、どうせ同じ漢字を使うなら、字形を簡単にしたほうがいいということで、漢字を崩した ひらがなや字画の一部をとったカタカナが一般化した。こうして漢字で表せるところは漢字、表せない ところは仮名という漢字仮名交じり文が成立し、今日にまで続いている。

 音韻組織の異なる中国語の文字である漢字を、いわば外来語として借用する漢字の「音」用法 だけでなく、意味の翻訳・対応に基づいて、固有日本語を表記する漢字の「訓」用法まで成立させたこと は注意していい。

 さらに、仏教における「悉曇学」(古代サンスクリット語学)の学習は、漢詩 の「平仄(ヒョウソク)」、漢字音の「反切」とあいまって、音韻・音素的な見方を促し、「五十音図」へと 導いた。

 「日本語とカタカナ語とはいったいどちらが主体か。年代歴史的にいえば、明らかにカタカナ語の方 が先發である。それが漢字はじめ、次々に外来語を呑みこみ活用して居ると思われぬでもない。 また一方、カタカナ語を文字化してくれた漢字の主体性も動かせない。 この二つの立場、どちらに主体性を置くか。ここはとくと、考えてみたい。古代人のカタカナ言葉が、渡来した漢字で漢字化していたが、間もなく、平安時代に及んで。 カタカナ文字を獲得して混合文となり、近代になり外来語の流入、これも呑み込んで現代日本語が成立 した、と、私は考える。ここに、日本語とカタカナ語の区別の存在を認めざるを得ない」。

【万葉仮名のカタカムナ語による翻訳考】

 【カタカナ言葉は天地自然の倭語である】

 「初めてわが国の国王として国際に登場したのは卑弥呼である。その前には、徐福や出雲の権力者そしてエミシなどの存在が考えられるけれども、やはり卑弥呼が第一位であろう。卑弥呼は私の想像では、ヒミコと発音された女性であり、鬼道に優れた超能力者であり、つとに人望の高い人物 として衆目を集めていたのであろう。彼女は純粋のカタカナ人であり、そのカタカナ言葉、 所謂、平田篤胤のやまとことばで、呼称されていたのを、中国後漢時代に、邪馬台国女王として国際舞台に登場してきたということである。そのヒミコがヒミコという言葉を卑弥呼と漢字 で記録されたのが魏志倭人伝ということである。文字を持たなかった国の、ヒミコというカタカナ言葉を、中国という漢字国が、卑弥呼という漢字 で、魏志倭人伝に表音したである。ヒは朝日、ミは真昼の太陽、コ」継続。日が昇り照り耀いている、最高のチカラが 継続している状態と解読される」。

(私論.私見)

 上記論者が、上代日本を「文字を持たなかった国」としていることに異存があるが、魏志倭人伝文中の邪馬台国女王の卑弥呼をカタカナ言葉で解読しようとしていることに賛辞したい。万葉仮名で意味が通じない語彙を上代日本語で解読する試みはもっと為されて良いように思われる。

 2012.8.7日 れんだいこ拝

コメントのやりとり

関本 礼

カタカムナ文字については、海洋民族が砂に書いては消していた文字であり、藤原不比等、藤原仲麻呂、江戸時代の有名な国学者(忘れました)の三人が改良した。 と、むっちゃん=第73代武内宿禰が言っていました。

横田 とみ子 投稿者

多分それは ホツマツタエ文字でしょうね、江戸時代ハイ 小笠原氏だと、思います。これが、事実かどうか?は 解りませんが、そうやって 聖徳太子並みに、居なかったとか 改善された事にして 解かれてはいけない氏族が 存在する事も事実です。カタカムナ文字は、この22年間の中で 初めて聞きましたので 表示してみました。

横田 とみ子 投稿者

73代武内宿禰出会ってみたいですね 本物でしたら?

私は、関裕二さんの本に出てくる、大国主の末裔 富貴氏の方に 出会ってみたいですね。それからもう一人、 出雲の末裔で、総ての歴代真実を 記憶 暗記その歴代を 代々伝えて、暗記することが その一族の、勤めだと言う 方も、見えました。彼らは、いつの世か、きっと、話が出来る時代が来ると 未だに 逃げ回って居ます。

この現代の、世に 未だ禁句の、事があると 軽いカルチャーショックでしたが!

横田 とみ子 投稿者

多分朝廷とは、別の王族で、一部の噂では、大阪の住吉大社が河内国の王族 武内宿禰かもしれないと 言う解釈もあります

九州討伐は、河内王朝の手柄? 日本書紀に、武内宿禰と 神功皇后は、夫婦の契りを、したと 言う一説がありますが、それは 古い文字の意味は 夫婦に しか 使わない言葉で綴られていると 読み解いた人が居ました。だから 武内宿禰の生没を、どうしても、隠す必要があったとも 聴きます。

宗方が、親 子は住吉 武内宿禰 孫は八幡宮と古来から 言われて居ます。

丸山 孝平

わかりやすいですね。

森田 正樹

宇宙は現在進行形です。昔と未来は今に託されている

丸山 孝平

百人一首も古今和歌集も六歌仙も源氏物語も藤原氏の政治的排斥の犠牲者の祟りの怨霊の鎮魂のために書かれました。政治低敗残者が文学や和歌で鎮魂した.,,


https://ranyokohama.amebaownd.com/posts/7195471/ 【秦氏とその周辺】

https://ameblo.jp/tatu1633/entry-12058047145.html 【カタカムナについて 115ー32秦氏はゾロアスター教】より

それと忘れてはならないのは、ゾロアスター教の祭杷を司ったことだ。秦氏はゾロアスター教の祭杷氏族なのだ。

このINRI (インリ)がイナリとなり稲荷神社となった。稲荷神社は今は商売の神だがこれは江戸時代以降のことで、そのもとはキリスト教だったのである。

また稲荷神社は秦氏がっくり杷っている。秦氏はこうしてゾロアスター教からキリスト教へと転向していった。ゾロアスター教の方はまず東北山形県の出羽三山の修験道として姿を変えていった。出羽、羽黒山の開祖は聖徳太子の従兄弟峰子皇子だが、聖徳太子も峰子皇子もまず我蘇氏の血が濃く流れている。まずは蘇我氏といっていい。つまり 物部氏と同様に東北日本海側に到着したい一族である。

出羽三山の一つ、月山神社から北の正方向に正確に猿田彦神社が位置するが、猿田彦神社は秦氏と関わり、薩摩半島にもそっくりの図式をみせる猿田彦神社がある。

これを杷るのも秦氏だ。いずれにしてもイワクラとゾロアスター教は深い関係があるのはまず間違いあるまい。以上をもって もともとのアイヌへ失われた十氏族(エフライム族)が混じり出雲族の前進になる武装集団が南下して日本を統一するが その本体となる(アイヌと失われた十氏族)へ更なる蘇我氏と大陸で合体し、北海道か東北日本海側に渡来してきたのが秦氏と安倍氏が混じり同化して行き石器時代から縄文時代さらなる時代と連合国家が進化していった東北こそ「カタカムナ」の気質を特に受け継いだ地域が故にその封印が解けた今こそ霊的発動となる人物が現れたものと思われます


https://www.amazon.co.jp/-/en/gp/customer-reviews/R3BX7GL2FA0KT1?ASIN=406291980X【弥勒菩薩とキリスト教はミトラ教】より

世界で最も古い宗教はミトラ教という。 紀元前20世紀ごろの成立と推定されそこから紀元前12世紀ごろにゾロアスター教が成立したとされる。 ヒッタイト、ミタン二、メデイア、リデア、パルチア、バクトリアなどの中東の古代王朝はミトラ教が国教であった。 ローマ帝国でもミトラ教は4世紀末まで国教であった。 ミトラとアポロは同一神で太陽神である。 ユダヤ教のエッセネ派はミトラ信仰そのものでその福音書がそのまま新約聖書になったという。 ローマでは当初キリストーミトラ教と呼ばれた。 このキリストはメシアの意味であり救世主ーミトラ教の意味であった。 キリスト教徒がミトラ教を迫害したというのは虚偽で、その後ミトラが省略されてキリスト教になったという。 ユダヤ教はバビロン捕囚の時にゾロアスター教やミトラ教の影響をかなり受けたという。 バクトリアのあとにクシャナ朝が起こり被支配国の宗教を保護してミトラ教は弥勒教となりチベット仏教を経由して日本に空海が伝えたという。 真言密教の蜜は弥勒を意味する。 大日如来は弥勒菩薩であり太陽神である。 したがって弥勒菩薩は釈迦とは無関係で仏教の神ではない。アケメネス朝ペルシャのマゴス、ガウマータは釈迦の父とみなされダレイオス1世に追われて3000キロ離れたルンビニに逃亡したという。 大乗仏教はガンダーラにいたゾロアスターやミトラのマギたちによって作られたのではと疑義される。 特にプラトンはミトラ教のマギやバラモン教の聖職者と密接な関係があったという。 キリストやミトラが誕生したとき救世主誕生と予感して駆けつけた東方の3博士はミトラまたはゾロアスター教のマギである。 世界3大宗教の源流はすべてゾロアスター教もしくはミトラ教である。 不可解なのはイエスの13歳から29歳までの足取りが不明なことである。 29歳で突然人類の救済に目覚めたというのであろうか。 布教活動は3年程度に過ぎない。 ヨハネから洗礼を受けているのでエッセネ派と見受けられる。この短期間でなぜキリスト教は世界宗教になれたのか。 エッセネ派がユダヤ教内で主導権を握るためにミトラをイエスに入れ替えてイエス神話を偽造、捏造したのではないか。


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