近代アジアの動乱14-千歳丸上海へ
2022.08.23 11:37
1862年、幕府の千歳丸が上海に派遣された。鎖国によって中国渡航も禁止されており、日本人が中国に正式に渡ったのは2世紀ぶりである。一行はまず上海の繁栄ぶりに驚いた、上海は南京条約で西洋に開港しており、西洋貿易の中心だった。外国船はもとより、中国帆船も多く停泊していた。
しかし彼らが租界を出て、一般中国人居住区に行くと、その違いに唖然とする。当時は太平天国の乱の中であり、多くの江南の難民が上海に押し寄せ、町は混乱の極にあった。道路は糞尿で汚れ、水も汚い、清潔な日本から来た彼らの目には、それが一層コントラストをなした。
中国人でも繁栄しているのは皆外国とつるんでいる者ばかり、清朝は力がなく、何と孔子廟が外国軍の駐屯地になっている。今まで儒学を学んだのは何だったのか、世界観が一変した、そして日本の将来への危機意識が生まれたのは不思議ではない。一行の中の高杉晋作は日本防衛の意識を強くした。
高杉は中国人が奴隷のようになっていると書くが、実際奴隷を解放した欧州列強は、今度は中国人を苦力として欧州で奴隷同様な状況で働かせていた。そしてアメリカでも、南北戦争後の労働力不足で、中国人苦力を大量に必要となる。奴隷解放は実際はこんなところだった。