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Beautiful life

美しい自分に出逢う〜夏の終わりに

2022.09.06 10:00

気付いたらめちゃくちゃ久しぶりのブログ・・!


すっかり日が落ちるのが早くなり、秋めいてきたここ最近。

この夏は珍しく何も書けない日々が続いていました。でも、今年は心に残る出来事が多い夏だった。

今日はそんな夏を振り返ってみようと思う。




2013年6月17日

その日が私の仙台生活のスタートでした。


あの日

「どうか新しい人生をはじめられますように」と

祈るような気持ちで見上げた空の景色を今でも覚えてる。


今年もその日は彼さんの誕生日でもあって、リクエストのチョコレートケーキを作ってお祝いをしました🎂



6月17日は私にとっても新しい私の人生がスタートした日。それがいよいよ10年目を迎えました。


彼さんともコミニケーションが上手くいかない時期を長らく経て、今年は新たなスタートを切れたこと、特にこの夏はそれを実感することが多かった。


何年ぶりか覚えていないくらい久しぶりに繰り出した夜の街で、話題のオシャレ居酒屋さんに行って呑んでみたり🍻


(ご飯も美味しいし美的センスも凄くて想像以上だった🥹✨)


前夜祭の花火はお家でライブ配信を鑑賞しながら、お祭りご飯を用意してみたり🌽


久しぶりに通常開催に近い形で開催された仙台七夕まつりにも出掛けて、お祭りを楽しんだり🎋✨



お盆の最終日には自分達でも花火をゲットして、こちらもかなり久しぶりに楽しみました🎇



そしてこのお盆には、オンラインで3日間リアル開催された心理学の講座を受講。

今年のはじめに受講した以来だから、久しぶりに学びの時間を過ごしました✏️


今回も私にとってかなり収穫が多く、録画された動画を期間限定で復習出来ることもあり、先生の口頭説明を漏らさまい!と、動画を15秒ごとに巻き戻しながら一語一句すべて書き起こし🥹笑


後から見返してうっかり意味が分からないところがないようにしようと思ったら、

1日の講座が2〜2時間半の内容で、1時間分書き起こすだけでも4時間かかり・・・結果的に凄まじい量になり復習出来るか分かりませんがw

書き起こしの作業でだいぶ理解は深まりました🤣💓

復習中も風邪を引き、ベッドの上に折り畳みテーブルを置いて書き起こすという・・もはや執念の日々でした😂笑


そして、今はようやく一息ついたところ。。。


(初めての夏のガーデニングは全くと言っていい程はかどらず。結構枯らしちゃいました🤣)



この夏は、SNSを通じて新しく出来た友人から、

「るなちゃんとのやりとりに救われた」

「文章から、こんな人だっていう人間性が伝わってくる」

と、それはそれはもう素晴らしい言葉で褒めちぎってもららう出来事があり・・・


やりとりをしているうちに思い出したんだけど、

そこに書かれていたのは

「いつかこんな大人になりたいな」と

10代の頃思い描いていた「美しい人」そのもので・・・


彼女に思い切ってメッセージを送ったのは私だったんだけど、

やりとりしていく内にお互いに驚いたことに、同じ系統の疾患を患っていることを知った。


お互いに直接の病名は明記しなかったものの、彼女が置かれている現状は想像以上のもので、そこに書かれていたのはかつて私自身が主治医から「もし重症化した場合・・・」と宣告された、最悪のケースと内容が酷似していて・・・


そういう状況の中で、

彼女が私の中に見つけてくれた「美しさ」

それを、本当に宝物のように感じて。。。


まるでかつての自分から贈られた言葉のように感じてしまって、彼女が返信してくれるたびに涙が溢れてしょうがなかった。


彼女も、私から返信が来るたびに涙しながらメッセージを読んでくれたそうだった。


彼女を前にしなければ、言葉に出来なかった当時の気持ちを、隠し持っていたことにも気が付いた。

彼女と話しながら、私は過去の自分を昇華しているみたいだった。


例えその人がどんな状況でも、人一人が、今ここに生きているということ。

それは計り知れないほどパワーがあることなんだと、彼女の存在を通して痛感した。


私ももしかしたら、これまでもずっと、そうだったのかもしれない。


やりとりのたびにあまりにも彼女が褒め続けてくれるので、急に自分の中で、「弱々しく、病気しかして来れなかった上に、それを理由に暴力を振るわれたダメな自分」というイメージが、ガラガラ崩れていくようだった。

かつて私がなりたかった私が、今の私なのだと。


彼女はやりとりの中で、

「私もるなちゃんのような心の美しい人になりたい」と言ってくれた。

だけど、私にとって彼女はもう既にそういう人で。


そんなやりとりを通して、私も、いつかなりたかった美しい自分に出逢うために、こんな辛い経験する必要なんてなかったけど、でも、その経験の中からしか確かに見つけられない自分がいたのかもしれないな、と思った。



彼女とやりとりしている最中で、ちょうど高校時代からの親友が、毎年恒例になっているお泊まりにも来てくれたんだけど、


その前日には、世間を震撼させるような事件もあって、ニュースで後々知る情報には私自身の境遇とも重なるところがあり・・・

改めて自分がどんな世界から這い上がり、今ここにいるのか、、感じさせられるものがありました。



親友ちゃんとは仙台アエルで開催された「10thAnniversary〜すみっこ表彰式〜」のイベントへ。(親友ちゃんがすみっコぐらしの大ファンでコレクター)


10thに合わせて、それぞれのキャラクターたちが「これまでがんばったことを表彰される表彰式」というのが今回のイベントテーマだったんだけど、


表彰台に乗ると、ランダムに表彰内容が表示され、参加者も表彰される気分を味わえる!というコーナーがあり、何気なく乗ってみると・・・


私に表示されたのは、


”かぞくをたいせつにできたで賞”


(↑驚いている図)



実はこの数日前に、

「これまで色んな大変な目に遭ったけれど、それでも家族を大切にしたいっていう自分の想いを大事にしてくれてありがとう。」って自分に伝えたんだよね。

そうしたら何だか少しスッキリして。


それがないほうが傷付つかずに済んだかもしれないけれど、それは生まれながらに私が持ち合わせていた変えられないアイデンティティだったんだよなぁと思って。


実際私がしてきたことを、家族の誰も褒めてはくれないでしょう。

家族の誰からも喜ばれることも褒められることもなければ、私がやってきたことは無意味だったのか?


そう思い悩んだ時期もあるけど、そうではないよね。

私はただ、私にとって大事だと思うことをやった。

それは、自分の想いを大事にして、自分を生きたかったから。

結果ではなく、どういう状況の中でも自分が自分を見失わずに、自分を生き続けること。

それがきっと私がやりたいことだった。


親からどんなに自分の姿を歪められ、当てつけられても。

“そんなの私じゃない”って何度悔しい想いをして涙を流したか分からないし、そこで自分であろうとし続けたことで、実際首がもげそうになってしまったけど。


誰からも褒められなくても、自分で褒めて。

それで足りなくてもこうやって世界が

”ちゃんと見てたよ” 

“あなたは本当に素晴らしかったよ”って

言ってくれてるみたいで嬉しかった。

本当に表彰されたみたいだった。


(ちなみに展覧会もめちゃくちゃ可愛かった。

↑この彼さんの嬉しそうな図。笑)



私の中には今も得も言えない苦しさがある。


それは心理学の講座で学んでみて、心理学的に言うところでの「乖離した自分」なんだと気が付いた。


私の心の状態って、常にペシャンコに潰れたような感覚や、耐え難い痛み、苦しさ、悲しさ・・・そのどれかの状態なんだよね。


脳の私は今、平然を装いながら日々の生活をこなしているけれど、心の状態は全く違って、そこに大きな乖離がある。


正直、押し込めてしまえば、そういう苦しさを何も感じなくなって、幸せを感じて生活出来てしまう自分もいる。

そして、それが正しい在り方なんだと信じてきた自分もいたけど、今はそうじゃないよな、乖離した自分も幸せになりたいんだよな、と思っている。


特に、そういう自分の乖離感に気が付いたのは去年の秋頃のことだった。

急に高校時代、精神疾患で病んでいた当時の自分そのものが飛び出して、一時期コントロールが出来なかった。


今年の夏はまるで当時のような、精神面からくる身体症状にも苦しんだ。

当時は安定剤を飲んで誤魔化すことしか出来なかったけれど、この15年の間に出会った東洋医学で、そういう症状に対しても安全に身体から治療出来ることを知った。


今回は人とお薬の力を借りて、ちゃんと対処しようと決めて、思い切っていつもお世話になっている先生に震えながら相談した。


そのおかげですぐに改善を図ることが出来たんだけど、精神面から来る症状を人に相談することは、当時一番親から暴力を受けた行為でもあり、

同時に当時は自分の力でどこを探し歩いても、自分に合ったサポートに繋がることが出来なかったトラウマを抱えていた。


だから一歩踏み出して、実際に現実を変えられたことは、私にとってとても大きな前進だった。



今まで乗り越えられたという実感もないまま、目の前のことに振り回され、ここまできてしまった心の状態としっかり向き合おうと決めたこと、


それで一つ一つ確実に乗り越えられるようになってきていることが、自信にも繋がってきた夏だった。


こんなに向き合っても定期的に襲われる苦しさと、まだ消えない痛みがあるという現実に、立ちすくんでしまいそうになる日もある。


けれど、それでも、いつかこの苦しみが、終わる日が来ることを信じている。


諦めなかったから、ここまで来れた。


だからこそ、心を変えることでしか生きる世界を変えられないことも、今はもうよく知っている。



今日ここまで辿り着いた私が、今ここにいるように。


まだ見ぬいつか出逢う私に導かれながら。

これから先も歩んでいこうと思う。