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ゴリラも歌う⁉︎ コミュニケーションの始まり

2018.02.12 05:47

とにかく寒い❄️二月です。寒波の影響で大雪に見舞われていらっしゃる方々のご苦労は如何許りとお見舞い申し上げます。

コミュニケーションの始まりを考えてみようと思ったのは吃音の青年との出会った事をきっかけとしています。

先頃、NHK Eテレで、コミュニケーションの苦手な若者たちの合宿生活に迫る番組がありました。伝えたい気持ちがあって、伝えようとする意思もあって、さあこれからだ…となった時、言葉にならない、うまく言えないで固まってしまう。みているこちらも緊張に体が固くなるようでした。

緘黙や吃音は、そうなってしまう原因はいろいろ考えられるのでしょうが、未だ解明されていない部分もあるようです。

番組が進むうちに、そもそも私たちはどうして言葉を話せるようになったのだろうかと思えてきました。


最近「『サル化』する人間社会」(集英社インターナショナル)という本を読みました。著者は山極寿一京都大学総長 人類学者であられる方です。

たまたまラジオで話されているところに遭遇し、その時はゴリラの持つ共感する能力の話に聴き入っていたのです。

後になって京大総長と知り、京大といえばiPS細胞の研究室。…くらいの単純知識の持ち主の私にとり、テクノロジーの最先端をゆく大学の総長が、工学でも経済学でもなく、人類学者であるところに非常な違和感を覚えました。

よくよく考えてみると、例えば人が困難から成長していこうとする過程では、来し方を振り返る事は誰でも当たり前にする事です。

『温故知新』という故事成語もあります。

内観では、一週間かけて丁寧に過去を調べていく事で、発展的に今を未来へつなごうとしていきます。

なるほど、生命の不思議、生命倫理に抵触する程の最先端テクノロジーを扱うが故に、人間の歴史を深く遡る事が今こそ必要とされているのかもしれない、との考えに至りました。

人類は何処から来て何処へいこうとしているのか。

iPS細胞やAIの先の未来の人類の在りようをいかに発展的に捉えていくのか。

近未来のあり方を見据えるからこその人類学と理解するならば、この時代に人類学者を頂点にいただく京大はさすが❣️

と独り合点し、一冊拝読させていただくことにしました。

前置きが非常に長くなりましたが、その中に、どうやって人類が言葉を獲得したのかについての一節がありました。

詳細はここでは紹介できませんが、家族の成り立ちと食物の分配に関係があるようです。

言葉以前にはコミュニケーションツールとして歌と踊りがあり、ニシローランドゴリラは三種類の歌を場面状況に合わせて歌うのだそうです。

言葉以前には、人類は子守唄を持っていたそうです。

赤ちゃんをあやす時の話し方や声のトーンは世界共通なものがあることからも、子守唄のルーツはとても古いのだとわかるのだそうです。

母の腕に抱かれたあやされる赤ちゃんはとてもリラックスして幸せそうです。

その時、母もまた、この上ない至福を感じているものです。

赤ちゃんの喃語が、そのような時に発せられることは、子育てに携わったことのある人には容易に想像できるでしょう。

言葉の始まりが、暖かい人間味溢れるものであったと新しい認識が生まれてところで、改めて当たり前にしゃべれる事実がまた新鮮に感じます。