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麻酔がかかるまで「ずっと側にいてね」

2022.08.25 15:00

病気と闘う4歳児を支えた病院勤務犬の果たす役割「彼らは人間との関係ではできないことを可能にする」

ORICON NEWSより転載

「勤務犬のモリス、めちゃめちゃお利口さんで涙が出そうになる」とTwitterでも話題となった病院勤務犬。患者のリハビリや手術にまで寄り添う犬の姿に、「いてくれるだけで癒される、人間にはなかなかできない」、「日本でももっと勤務犬が普及するといいな」などと多くのコメントが寄せられた。聖マリアンナ医科大学病院で働くスタンダードプードルの“モリス”と“ミカ”は動物介在療法を通し、医師や看護師と共に治療にあたる“勤務犬”として日々、患者たちのケアをしている。勤務犬が患者にもたらす影響、そして病院が今後目指していく取り組みとは。

二代目の勤務犬・モリスと初代勤務犬・ミカ(写真提供:聖マリアンナ医科大学病院)


「命が助かったのはミカがいてくれたおかげ」苦しいときも、手術の時も4歳児の傍に寄り添い続けた勤務犬・ミカ

 気管の病気と闘う4歳の男の子とミカとの間に起こった、ひとつのエピソードがある。男の子は毎月手術を受けなければいけない状態だったが、怖さや痛み、そして辛さから、手術室へ向かうときにいつも大泣きをしていたという。だが、ミカの存在がそんな状況を大きく変えた。「『ミカを手術室まで連れて行ってね』とお願いすると、自分から向かってくれるようになったんです。“僕はお兄ちゃんなんだ”という感情が芽生え、手術は怖いけどミカとなら、と前向きになってくれた。自立性を高める勤務犬の本来の活動目的と一致した形です」(初代ハンドラー・佐野政子さん)

手術の当日、ミカを手術室へ案内するT君(写真提供:聖マリアンナ医科大学病院)


麻酔がかかるまで「ずっと側にいてね」とリードを離さなかったという男の子。目が覚めたときも、痛みと熱でうなされているときも、ミカが彼のそばにずっと寄り添い見守っていた。度重なる手術に苦しむ我が子の姿に「もう辛くて手術を受けさせたくない」と思い悩んでいた親御さんも、「命が助かったのはミカがいてくれたおかげ」と涙を流したという。 

ミカのおかげで手術台へ泣かないで乗れたT君(写真提供:聖マリアンナ医科大学病院)

手術が終わり部屋に戻るとミカが待っています「頑張ったね(トントン!)」(写真提供:聖マリアンナ医科大学病院)


現在、男の子は治療を乗り越え、すでに今は引退しているミカと昨年4月に再会を果たした。時が流れても、ミカとの友情は続いているようだ。 

2021年4月、数年ぶりの再会を果たしたミカ(11歳)とT君(9歳)(写真提供:聖マリアンナ医科大学病院)


ミカの後を引き継いだモリスも人が大好きで、一度会った人の顔は忘れないという。現在はモリスに続く3代目の育成も視野に入れ活動中。「今後も取り組みを継続していくことが大切」だと学長の北川博昭氏は語る。

「目指したのは、看護師にハンドラーをやってもらい、一体となって患者様を診ながら治療に結び付けていくこと。ビジネスとして、犬を5匹入れて、ハンドラーを5人つけるということではダメなんです。犬もハンドラーもきちんと育成して、治療に結びつけた介在療法をやっていきたいと考えています」

■不安で泣き出しそうな子どもも笑顔に… 勤務犬がもたらす効果

 モリスはただ癒しを与える存在というだけではなく、しっかりと動物介在療法を行っている犬だ。担当の医師や看護師からの依頼を受け、それぞれの目的に合わせて勤務内容が決められていく。 

「なかなかリハビリが進まない患者様に意欲をつけていただいたり、もう治療ができないと言われた癌の患者様が苦痛と闘われるなか寄り添ったりと、さまざまな活動を行っています」(ハンドラー・竹田志津代さん)

 患者のリハビリの手助けや苦痛の緩和、そしてリラックス効果ももたらすモリスだが、ときに医師と同じように頭に手術帽を被った姿も見られる。これにもきちんと理由があり、患者の落ち込んだ気持ちをリセットするワンステップになっている。

「手術前のお子さんは、やはりとても不安で泣き出しそうな顔で向かうんです。そういうときに『モリスも一緒に頑張るよ!』って手術帽を被せると、その姿に思わず笑顔になってくれるんです」(ハンドラー・大泉奈々さん)

 コロナ禍で勤務体制が急変した現在は週1回の活動に絞っている。モリスは介入が終わったら全身を拭いて乾かし、ブラシをかけて十分な休憩を取ってから次の患者の元へと向かう。さらに、たくさんの人が訪れる外来との接触は避けるなど、とにかく感染予防は徹底している。

 ■「犬は清潔ではない」という思い込みも…ミカを勤務犬として導入するための奮闘

 同病院が勤務犬の本格的な導入を検討し始めたのは2012年のこと。まずは盲導犬協会と介助犬協会の協力を得て、毎月2頭ずつの犬に病院に来てもらった。そのなかにいたのが、初代の勤務犬となったスタンダードプードルの“ミカ”だ。自ら一人一人に挨拶に回るほど人が大好きなミカの姿を見て、初代ハンドラー・佐野政子さんはその適性を確信したという。

「ミカはセラピー性を買われて、スウェーデンから日本に譲渡された犬でした。プードルは毛が抜けず、匂いが少ないのが特徴。大型犬で頭がいいのに加え、ミカの性格は勤務犬に向いていると思いました」(佐野さん)

 ミカを勤務犬として導入するため、感染予防などの安全対策や職員からの署名、ハンドラーの育成、資金面など2年以上をかけて準備。すべての条件をクリアし、2015年に初代勤務犬・ミカが誕生した。

 ところが、「免疫が弱っていると感染するのでは」といった声も多く、最初は限られた病棟にしか入れなかったそう。

 「実際には衛生面では問題がなく、口コミで効果が広がり、今では31の全診療科に加え、手術室でもチームの一員として活躍しています」(佐野さん)

「犬は清潔ではない」という感覚は医療現場でも根強く残っているというが、定期的に抜き打ちで検査されるミカの身体は、基準値を毎回クリアしている。また、導入から現在まで、事故や苦情は1件も起きていない。

 最後に、日々モリスと共に患者に寄り添うハンドラーたちに、今思うことを聞いてみた。

「例えば交通外傷で手足を失って、ある日突然、生活が一変された患者さんは、何もかも受け入れられずシャットアウトしてしまうことがあります。そんなとき、何もなかったかのようにただ鼻を擦りつけて寄ってくるモリスを見て、今まで拒否していたものを自然と受け入れてくださることがあるんですよね。ここにだったら自分の気持ちを見せていいんだと思っていただける。人間との関係ではできないことを可能にする場面に立ち会うと、いつも感動します」(大泉さん)

※勤務犬は、聖マリアンナ医科大学病院の登録商標