印籠の中身
石川県選出の岡田直樹参議院議員が地方創生・沖縄北方・規制改革担当大臣に就任された。持ち前の手腕を発揮して、我が国の明るい未来のために大活躍されること期待する。
コロナ第7波の感染が拡がっている。この2年半近く、私は小さいアルコール瓶を印籠のように腰にぶら下げて、手指の消毒に使ってきた。そろそろこの印籠ともオサラバしたいが、なかなかそうもいかない。私の血圧・脈拍・体温の測定については前回書いたとおりだが、先月12日の朝、平熱ながら、脈拍が速く毎分85回ほどを記録した。それでも予定通り外出して、帰宅後再度体温を測ったら37.6度だった。そこで、翌日の約束は急遽お断りして、近所の医院に予約を入れた。ひと晩寝て微熱は続いたものの、喉は痛くなく、咳も出ないので、コロナの症状とは違うようでもあるが、ともかく予約時刻に医院に行ったら、すぐ別室に隔離された。抗原検査は陰性だったが、明日PCR検査の結果を電話で知らせるから、それまでは自宅から一歩も出ないようにとの宣告を受けた。トボトボ自宅に戻り、次の日の予定も取り消した。妻はお茶を煎れてくれたが、にわかに距離を置くようになった。そんなことをしても、私が陽性なら濃厚接触者に指定されることは間違いないだろうに。陽性判定の場合、その旨を連絡すべき人々の顔を思い浮かべつつ眠りについた。明けて次の日。連絡はなかなか来ない。午後2時、ようやくかかってきた電話の女医の声は明るく、私の蟄居生活は終わった。世の中、こんなことは頻発していると思われる。かくして、危うくもコロナの災厄を免れたので、腰につけた印籠の効能を再認識した。
「印籠のお薬」と言えば、富山藩前田家の二代目、前田正甫(まさとし)公だ。「反魂丹」という薬の著効を知って常時印籠に携帯されていた公は、江戸城中で、同僚の大名を腹痛からすばやく救い、それが大評判になって、今日の富山の製薬業に発展したのだから、すばらしい殿様である。「反魂丹」の「反」には、戻る、蘇るという意味があり、あの世へ行こうとしている「魂」つまり人間を呼び戻すほどの効能がある薬という意味であろう。
「反魂丹」に似た言葉に「反魂香」がある。この香は、亡くなった人の面影を霊として呼び戻すために焚くもので、これで実際に人が生き返るわけではないが、この題名の落語は、夏向きの怪談物で三味線入りの演目である。先日、三笑亭可楽と古今亭志ん朝の「反魂香」を聴いた。自分への操を通すために死んでいった遊女高尾の面影を呼ぶために深夜鉦(かね)を打って反魂香を焚く僧侶の家で、霊の出現を目の当たりにした八五郎が、亡くなった女房の面影が恋しくなり、薬屋で「反魂香」と間違えて「反魂丹」を買ってきて大量に焚くが、煙はもうもうと広がるも一向に女房は現われない。煙をいぶかしく思った隣の女房が顔を出したというのがオチである。とまれ、昔は香を焚いて亡き人を偲ぶことはあったようだ。私が生まれて初めて見た歌舞伎は日本版「ロミオとジュリエット」とも言える「本朝廿四孝」の「十種香の場」で、上杉謙信の娘八重垣姫が、死去したと誤信した恋人武田勝頼を偲んで十種香を焚く場面が印象的だ。ここで、姫は勝頼の掛軸の絵姿を見ながら香を焚いているので、香で恋人の面影が出現するのを期待しているのではなさそうだ。姫の「十種香」には「反魂香」は含まれていないのであろう。
そんなこんなで、我が印籠の薬のせいか、目下何とかコロナから逃れている。しかし、本田財団の同僚で化学を究めた中島邦雄氏は、その印籠の中身は発火しやすいから、十分気をつけるべしと注意してくれた。左様。何事もよいことずくめではない。印籠の中身をよくわきまえて行動したい。
(2022年8月18日記)