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わたしと岩波ホール

2022.08.29 06:35

気づけば夏も終わり。8月はJITF2022のイベントで字幕翻訳講座を受け持ったので、あっという間に終わりました!

講座のことを振り返る前に、どうしても8月中に書きたかったのが、岩波ホールのことです。


神保町にある老舗の映画館、岩波ホールが閉館したのは今年の7月。1968年に多目的ホールとして開館し、1974年からエキプ・ド・シネマの活動が始まり、インドのサタジット・レイ監督の『大樹のうた』を第1回目に公開。その後、レイ監督とポーランドのアンジェイ・ワイダ監督の作品を中心に、66の国と地域、274本の映画を紹介…と、これは「閉館のごあいさつ」の受け売りです。

実は閉館した7月末の消印で、支配人の岩波律子さんとスタッフ一同の連名で「閉館のごあいさつ」をいただきました。私が字幕を担当した作品は、274本中わずか3本。それなのに、印刷とはいえ、わざわざお手紙をいただけたことに感激! 嬉しくて、岩波ホールへの思いを記録したくなったのです。


その昔、あるオジサマと岩波ホールへ映画を観に行った時のこと。確か『カティンの森』だったので、調べたら公開は2009年、字幕の仕事を始めて7年目くらい。見終わったあと、たまたまいらした支配人の岩波さんに、オジサマが紹介してくれたのです。当時の私はB級映画や特典映像やケーブルテレビの番組を必死に訳していたので、こんな高尚な映画館で「字幕翻訳をやってる」と言うのが、何だか申し訳ない気持ちでした。(B級映画は大好きですが、扱う作品があまりに違うので・・・)


岩波ホールで最初の字幕担当作がかかったのは、それから10年後の2019年。その前年に東京国際映画祭用に手がけたフランス映画『田園の守り人たち』の公開が決まったのです。制作会社からお知らせを聞いた時は、嬉しい反面、緊張・・・。

東京国際映画祭では、英語以外の言語の作品には英語の字幕が入るので、日本語字幕は縦出し。当然、文字数も少なくて11文字(いや、10文字かも)×2行。岩波ホールでは横出しなので、13.5(13かな?)文字×2行までOK。そのため、訳し直す勢いで手直しをしました。

驚いたのは、岩波ホールからも訳にチェックが入ること。数は多くありませんが、異なる文化や思想を積極的に紹介してきた映画館ならではの指摘があり、勉強になりました。初号試写には岩波さんや劇場の担当者の方もいらっしゃり、毎回、何かあったらどうしようとドキドキ。無事に終わるとホッとしたものです。何よりも字幕担当者としてご挨拶する自分が、ちょっと誇らしかったです。


コロナの蔓延で映画館が休館になった時は、担当作『ペトルーニャに祝福を』も公開が1年以上延びました。それでも中止にせず順次公開してくれたのは、本当にありがたかった!


せっかくなので、私が担当した3作品をエピソードと共にご紹介♪

配信で見られるものもあるので、ご覧いただけたら嬉しいです。


『田園の守り人たち』(2017年製作、フランス・スイス合作)

2019年7月公開。グザヴィエ・ボーヴォワ監督が描く、ミレーの絵画のような田園風景が美しい作品。名優ナタリー・バイと娘のローラ・スメットの初共演。並んだ姿はソックリです。中条志穂さんの映画評が(下世話な話題も含めて)面白いので、リンクを貼っておきます!


『12か月の未来図』(2017年製作、フランス)

2019年4月公開。翻訳は『田園~』よりあとですが、岩波ホールでの公開は先。堅物のエリート教師と、貧困地域の中学生との交流がリアルで心にしみます。(公開後に某日仏学院でこの映画を題材に授業をやってることを知り、こっそり参加しようと思ったけど怖くてやめた思い出も・・・)


『ペトルーニャに祝福を』(2019年製作、北マケドニア・フランス・ベルギー・クロアチア・スロヴェニア合作)

2021年5月公開。北マケドニアの小さな町で、女人禁制の宗教儀式に勢いで参加したペトルーニャの顛末を描いた物語。原音はマケドニア語なので、英語の脚本から訳しました。マケドニアのキリスト教の主流は東方正教会で、プロテスタントやカトリックとは異なる訳語が使われます。イエス・キリストは「イイスス・ハリストス」。通常の字幕では分かりづらいので避けることが多いのですが、映画館の意向で東方正教会の用語をそのまま使いました。岩波ホールの精神を感じたエピソードです。


『ペトルーニャ~』もそうですが、女性監督作品も多く紹介してきた岩波ホール。「映画館におけるある一定の役割を担えた」と手紙にもありましたが、映画ファンにとって唯一無二の存在だったことを改めて実感しています。

私にとっても永遠に特別な映画館です。長い間、素晴らしい作品を日本に紹介していただき、ありがとうございました。