君のための手料理を
【詳細】
比率:男1:女1
現代・日常・ラブストーリー
時間:約20分
【あらすじ】
劇団の公演用の脚本の締め切りが間近に迫った涼香。
荒れ放題の彼女の家に突然の来訪者が……
【登場人物】
涼香:楠 涼香(くすのき りょうか)
とある劇団の脚本担当。
脚本の締め切りが迫ると睡眠と食事を忘れることもしばしば。
作中に出てくる西野とは劇団の同期。
颯太:逢沢 颯太(あいざわ そうた)
とある劇団の劇団員。
劇団の先輩である西野に頼まれて涼香に資料と差し入れを届ける。
●涼香の家・リビング
机に向かう涼香。部屋は荒れている。
涼香:だ~! もう、ダメだ! 書けない! 締め切りに間に合う気がしない!
資料ないとこの先書けないし……やっぱり、もうダメだ~!!
にっし~、早く来てよ~!!
インターフォンが鳴る。
涼香:ん? 誰だろ?
(椅子から立ち上がろうとしてよろめく)っと……
やばっ、ちょっとくらくらするかも……
再び鳴るインターフォン。
涼香:はいは~い。(インターフォンを取り)はい、どちら様ですか?
颯太:(インターフォン越しに)楠さん、僕です。逢沢です
涼香:え? 逢沢君? どうしたの?
颯太:(インターフォン越しに)先輩に頼まれてきたんです。楠さんの所に資料と差し入れ持って行ってくれって
涼香:え? 差し入れ? 誰に?
颯太:(インターフォン越しに)西野さんです
涼香:……あいつ……逃げたな……
颯太:(インターフォン越しに)楠さん?
涼香:あぁ、ごめんね、逢沢君。えっと、資料と差し入れは嬉しいしありがたいんだけど……今、部屋が超散らかってって……人様を上げられるような状態じゃないんだわ……
颯太:(インターフォン越しに苦笑しながら)大丈夫ですよ
涼香:え?
颯太:(インターフォン越しに)次の舞台の脚本の締め日近いし、そうじゃないかなって思ってました
涼香:うっ……
颯太:(インターフォン越しに)なので玄関先でお渡ししたらそのまま帰りますのでお構いなく
涼香:……面目ない……
颯太:(インターフォン越しに)何言ってるんですか。僕、楠さんが書く本、凄く好きなんです。だから、執筆の邪魔なんてしませんよ
涼香:……逢沢くん……
颯太:(インターフォン越しに)ってことで、エントランスのドア、開けてもらってもいいですか?
涼香:あ、ごめん! 今、開けるね!
颯太:(インターフォン越しに)ありがとうございます。あ、開きました。今行きますね
インターフォンが切れる。
涼香:……うちはいい劇団員をもったもんだ。さて、玄関を……って、あれ? マジでくらくらするかも……いや、気のせいだよね! 病は気からって言うし。こんな所でへばってられるか! 私の本を好きって言ってくれる劇団員の為にも!
●涼香の家・玄関
インターフォンが鳴る。
涼香:は~い(勢いよくドアを開ける)
颯太:おっと!
涼香:あ、ごめん
颯太:楠さん、ダメですよ!
涼香:え?
颯太:来たのが誰かを確かめる前にドアを開けちゃ!
涼香:いや、だって、来るの逢沢君ってわかってたし
颯太:それでもです! もしかしたら、僕と楠さんのさっきのエントランスでの会話を盗み聞いていた不審者が楠さんの家のインターフォンを俺よりも早く鳴らすってことがあるかもしれないでしょう
涼香:いやいや、そんなドラマみたいなことないから
颯太:そのドラマをよく書かれている方がそれを否定するんですか?
涼香:……
颯太:なので、気を付けてください
涼香:……承知いたしました
颯太:わかっていただけて何よりです。あ、これ、西野先輩に頼まれていた資料です
涼香:うわぁ……思ったよりもいっぱいだな。流石にっし~、私のことよくわかってらっしゃる……
颯太:……これ、今度の脚本の資料ですか?
涼香:(苦笑しながら)……うん……その予定ではある……
颯太:楠さん?
涼香:あ、あぁ、ごめん! 重かったよね。今貰うね!
颯太:いえ、それは大丈夫なんですけど……
涼香:ん? どうしたの?
颯太:……
涼香:逢沢君?
颯太:楠さん、ちゃんと寝てます?
涼香:え?
颯太:顔色悪いですよ
涼香:え? あー、寝てるよ?
颯太:ご飯は?
涼香:え、えっと……
颯太:ちゃんと水分取ってますか?
涼香:え? ちょっ、逢沢君? どうしたの?
颯太:……
涼香:大丈夫だって、私、そこまで……って、あれ……(ふらつく)
颯太:楠さん! (ふらついた涼香を支えて)大丈夫ですか?
涼香:う、うん、大丈夫……あれ? なんでだ? さっきまで普通だったのに……
颯太:(ため息をついて)……すいません、前言撤回します
涼香:え?
颯太:楠さん、お邪魔します
涼香:え! ちょ、まって!
颯太:嫌です
涼香:いや、ダメだから! 散らかってるから! 無理だから!
颯太:僕の方こそダメです、無理です、譲りません
涼香:はぁ?
颯太:絶対に引きませんから
涼香:えぇ?
颯太:……楠さん、最近睡眠時間削ってますね?
涼香:そ、そんなことは……
颯太:ご飯も食べてないですよね?
涼香:えっと、栄養補助食品は……
颯太:それは食事とは言いません
涼香:……はい
颯太:水分も取ってないですね?
涼香:それは大丈夫だよ!
颯太:コーヒーとかお茶は水分には入りませんよ?
涼香:……
颯太:(ため息)だと思いました
涼香:……
颯太:楠さん、今、楠さんの身体が限界を訴えてるの、わかってますか?
涼香:え?
颯太:それもわかってない人に拒否権はありません。お邪魔しますね
涼香:あ、逢沢君!
●リビング
思いのほか散らかっているリビング。
颯太:……
涼香:……
颯太:……思っていた以上に……
涼香:だから言ったんじゃない……
颯太:ちゃんと食べてないじゃないですか!
涼香:え? そこ?
颯太:そこです! (テーブルの上に乗っかっている空箱を見て)これも、これも……カロリーはあっても栄養なんて全然ないじゃないですか!
涼香:……あ、はい……
颯太:まだカップ麺を食べていらしただけいいですけど、それでもアウトです!
涼香:……すみません
颯太:もう! とりあえず、そこのソファに座っててください
涼香:でも……
颯太:(強めに)楠さん?
涼香:……はい
涼香、大人しくソファに座る。
颯太:あと……(自分のカバンを漁ってペットボトルを取り出す)これ
涼香:え?
颯太:来る途中で自分用に買ったスポドリです。ちょっとぬるいですけど、飲んでてください
涼香:え? でも……
颯太:大丈夫です。口は付けてませんから
涼香:いや、そうじゃなくて!
颯太:あと、冷蔵庫、勝手に開けますね
涼香:えっと……何も入ってないよ?
颯太:大体想像はつきますけど……あ、そうだ。楠さん、眠れそうだったら、僕のこと気にしないで寝てくださいね
涼香:え?
颯太:いや、勝手にお家に上がり込んでおいて信用ないかもしれませんけど……僕、勝手に私物いじったりとかしないんで。プライベートなものにも絶対に触りませんから!
涼香:プライベートなもの?
颯太:それは、いや、その……
涼香:うん?
颯太:と、とにかく、楠さんはゆっくりしててください!
涼香:わ、わかった
颯太:お願いします!
涼香:……逢沢君、ごめんね
颯太:なんで謝るんですか?
涼香:だって、こんな面倒ごと……
颯太:面倒なんかじゃありません。これは、僕が好きでやってることですから
涼香:でも……
颯太:気にしないでください。いつも僕たちのために頑張ってくれている楠さんにこうやって何か出来るの、嬉しいんですから
涼香:……逢沢君……ありがとう
颯太:(優しく微笑んで)いえいえ
涼香:今度、あいつにもお詫びさせるから!
颯太:あいつ?
涼香:にっし~!
颯太:西野さんですか?
涼香:そう! もとはと言えば、あいつに頼んでたことだし!
颯太:そんな、大丈夫ですよ
涼香:いや、絶対させる! 先輩だからって遠慮しなくてもいいんだよ!
颯太:僕は気にしてませんから。むしろ、どちらかと言うと僕は……
涼香:ん?
颯太:な、何でもないです! とにかく、キッチン借りますね!
涼香:はい……ご面倒をおかけします
颯太、キッチンに去っていく。
涼香:(ため息)……あぁ、後輩君に迷惑かけちゃったな……先輩としてダメじゃない……
(キャップを開け一口飲む)……あ、おいしい……ってか、なんか体に染みわたるな……私、ちゃんと水分取ってなかったんだ……そりゃ、フラフラもするわけだ……
あ、逢沢君、何かしてる……なんだろう……逢沢君の音、なんか……いい……な……
涼香、うつらうつらと眠りに入る。
颯太:(キッチンから顔を出して)あ、楠さ……っと……眠ったんですね。よかった……あっ、ストール……
ソファにかかっていたストールに気が付き、そっとストールを涼香にストールをかける。
颯太:よっと、これで寒くないかな? もう、無理しちゃダメですよ……
涼香:……ん……
颯太:(微笑んで)僕、脚本のこととかわからないですけど、楠さんの力になりたいって気持ちは本当なんですよ。だからなんでも言ってください。僕が貴女の力になりたいんです。
(苦笑して)……って、本人に言えたらいいんですけどね。今僕に出来ることは、貴女を休ませることと、貴女の生み出してくれた作品を全力で形にすることですね。頑張りますよ。そして、いつか、劇団員としてじゃなくて、僕個人として見てくれたら嬉しいです。涼香さん……
●涼香の家・リビング・夕方
ソファで眠る涼香。
涼香:……ん……あれ……わたし……あれ? ストール?
颯太:(キッチンから)あ、楠さん、起きました?
涼香:え? あ! ごめん! 私、寝落ちしてた!
颯太:(微笑みながら)はい、気持ちよさそうに
涼香:ご、ごめん!
颯太:いえ、大丈夫ですよ
涼香:あ、もしかして、このストールも?
颯太:ソファにかかってたので……大丈夫でした?
涼香:もちろん。ありがとう
颯太:よかったです
涼香:(リビングを見渡して)……あれ?
颯太:ん? どうしました?
涼香:あれ? ここ……私の部屋?
颯太:そうですよ?
涼香:うそ? 前よりも綺麗に……
颯太:リビングだけ、簡単にお掃除させていただきました
涼香:え! うそ! あの荒れまくってた部屋を短時間で?
颯太:えっと……
涼香:え?
颯太:楠さん、晩御飯にしましょうか
涼香:え?
颯太:もう、夕方ですから
涼香:えぇ! 夕方!
颯太:はい
涼香:え! 嘘! そんなに私寝てたの!
颯太:はい、気持ちよさそうに
涼香:起こしてよ!
颯太:どうしてですか?
涼香:え?
颯太:今日は稽古お休みですし、せっかくゆっくり出来る日なんですから起こしたりしませんよ
涼香:……
颯太:でも、流石に夜になったら起こそうかなって思ってました。寝すぎも生活リズムが乱れてしまう一因ですから
涼香:……はい……
颯太:(微笑んで)じゃあ、ご飯にしましょう。起きられますか?
涼香:うん
颯太:じゃあ、テーブルで待っててくださいね
涼香:はい
颯太、テーブルにうどんを運んでくる。
颯太:お待たせしました
涼香:うどん?
颯太:はい。何がいいかなっていろいろ考えたんですけど、あまり食べていないのに急に重いものを胃に入れるのって負担になるかなって思って。これ、僕が具合悪い時によく祖母が作ってくれたんです。くたくたになるまで煮込んだうどんとかき卵
涼香:そうなんだ……
颯太:残しちゃっても大丈夫なので食べられるだけ食べてくださいね
涼香:わかった。いただきます。(うどんを食べて)……おいしい……
颯太:よかった。ゆっくり、よく噛んで食べてください
涼香:(笑いながら)うん
颯太:楠さん? どうかしました?
涼香:ん? あぁ、なんか、お母さんみたいだなって
颯太:……お母さん……
涼香:あぁ、ごめん! いや、子どもの頃によく言われてたなって……他意はないのよ?
颯太:(微笑んで)わかってますよ。でも、僕、男ですから
涼香:ご、ごめんって!
颯太:……やっぱり、もっと頑張らないとダメか……
涼香:え?
颯太:(意味ありげに優しく微笑んで)なんでもないです。あぁ、それじゃあ、そろそろ僕はお暇しますね
涼香:え! あれ? 逢沢君の分は?
颯太:僕の分は大丈夫です
涼香:でも……
颯太:実は、作り置きのお惣菜を作っている時に味見していたらお腹がいっぱいになっちゃって
涼香:え? 作り置き?
颯太:楠さん、放っておいたらまたご飯抜きそうなので
涼香:私に?
颯太:はい。お口に合うか不安ですけど。冷蔵庫の中に入れてあります。保存容器に入ってるのはわりと長持ちするやつなのでゆっくり消費してください。手前の方にあるお皿にラップしてあるやつは早めに食べてください。焼いたり煮たりするのも面倒だと思うので全部レンジで温めるだけにしときましたから
涼香:……マジで?
颯太:マジです。なんで、ちゃんと食べてください
涼香:……何からなにまで……ありがとうございます
颯太:どういたしましてです。それでは
涼香:あ、玄関まで送る!
颯太:大丈夫ですよ。それよりもちゃんとゆっくり食べて休んでください
涼香:……ほ、ほら、防犯はちゃんとしなきゃでしょ
颯太:それは確かに
玄関に向かう二人。
涼香:今日はいろいろとありがとうね
颯太:いいえ。あ、そうだ!
涼香:ん?
颯太:次の稽古が休みの日、またお邪魔していいですか?
涼香:うぇ? な、なんで!
颯太:楠さんがちゃんと食べているかの抜き打ちチェックです!
涼香:……うぅ……重ね重ねご迷惑を……
颯太:だから、迷惑なんかじゃないですって。僕がしたくてしてるお節介ですから。それと……
涼香:ん?
颯太:楠さんの食の好き嫌いチェックも兼ねて
涼香:えぇ!
颯太:では、お邪魔しました!
涼香:あ! 逢沢君!
颯太:はい?
涼香:本当にありがとう! 助かった
颯太:いえ、早く元気になってくださいね
颯太、帰る。
鍵を閉め、リビングに戻る涼香。
涼香:(ため息)……本当に迷惑かけちゃったな……あ、そういえば、保存食。何があるんだろ?
(キッチンにより冷蔵庫を開ける涼香)よっと……え! うそ……こんなにたくさん……これ、肉じゃがだよね?
(お皿に入れてある肉じゃがを一つまみし食べる)……おいしい……優しい味だ。ん? なんだろう、メモ? 「早めに食べてくださいね? 無理もダメですからね」って、逢沢君らしいな。(微笑んで)……あったかい、安心するな……
―幕―
2022.04.23 ボイコネにて投稿
2022.08.30 加筆修正・HP投稿
お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)
Special Thanks:芥子菜ジパ子様、寝子様