野菜の日だから野菜の出る小説特集
こんにちは。
8月が終わる最後の日、それすなわち野菜の日ですね。
みなさま、好きな野菜は何でしょうか。
私はじゃがいもです。好きな野菜がじゃがいもといえば、それほど野菜が好きじゃないんだろうと思われるでしょうが、じゃがいもだけは全食べ物のトップ20には入るのではないかというくらい好きです。とはいえ、他の野菜を嫌いかというとそうでもなく、美味しいと思うことも毎日とは言えませんが週に1、2回はあります。それがごぼうだったり、レタスだったり、ナスだったり、考えてみるとなかなか好きなほうです、野菜。
野菜の出る小説、を考えてみるのは楽しいのではと数日頭を捻りましたが、なかなかふっと思いつくものではありませんでした。しかし、これほど食べ物小説が並ぶ時代、野菜を扱ったものもあるだろうと探してみるのはなかなか新鮮で良い読書になりました。
というわけで、いつものように小説3選の形式で参ります。
宮沢賢治『ビジテリアン大祭』
いきなりなんだそれは、と思われたかもしれませんが、今回のテーマを先生(ポラン堂古書店主)に相談した際真っ先にあげられたタイトルです。
賢治が死去した後に世に出た未発表作品で、冒頭から少々〔以下原稿数枚なし〕と文字がある、言ってしまえば未完成作品です。ただ完全に物語として確信は中盤以降なので、個人的にはさほど気にはなりませんでした。
角川文庫版の帯には「童話」とありますけれど、読んだ感想としては、これを童話だとかいって小学生に渡したりするのはとんでもないな、という印象です。読めばわかります。
舞台はビジテリアン大祭、要するに、ベジタリアンといったほうが耳馴染みがあるかもしれませんが菜食主義者たちの祭となります。決起集会みたいな感じなんですが、そこに来賓として「異教徒席」があり、祭りのプログラムとしてある彼らとの「論難(討論)」が、この作品のメインになります。
宮沢賢治をふわふわしたきらきらしたイメージをお持ちの方、この菜食主義者と非菜食主義者の対決、北風と太陽みたいな感じだと思ってしまってはいけませんよ。始まるのは学者同士のディベート大会です。ぜったいに童話じゃない……。
まず大祭の前に、実は「偏狭非文明的なるビジテリアンを排す」というパンフレットが巻かれていまして、非菜食主義者たちの主張がいくつも散らばっています。このあたり、私も好きなところでして、というのも、まずパンフレットに書かれた主張がなかなか的を射ているように思うのです。
人類の食料と云えば蓋し動物植物鉱物の三種を出でない。そのうち鉱物では水と食塩とだけである。残りは植物と動物とが約半々を占める。ところが茲にごく偏狭な陰気な考の人間の一群があって、動物は可哀そうだからたべてはならんといい、世界中にこれを強いようとする。これがビジテリアンである。
ほほう、と思います。鉱物を混ぜるところが賢治さんらしいというのはさておいて、ともかく耳を傾けたくなる主張なんです。そして面白いことにこれを受け取ったビジタリアンの主人公たちもほほう、となる。しかし大祭の論難にて、ある青年がこれに対しぐうの音も出なくなるような凄まじい反論をします。それはぜひ本編で。青空文庫にもございますので。
終わり方、最後の熱の冷め方のようなものも立ち止まって考えたくなるような深みがあるのですが、そこもぜひ、どのように感じるか味わっていただきたいです。
三浦しをん『愛なき世界』
シロイヌナズナの研究に全てをささげる大学院生・本村紗英と、彼女に恋をした洋食屋の見習い・藤丸くんの物語です。
植物学専門の研究室「松田研究室」が舞台ですので、なるほどだから野菜が、と思われるかもしれませんが、この作品で私の心に残っている野菜は間違いなく、さつまいも、です。
三浦しをんさんと言えば、『風が強く吹いている』などに代表されるように、とにかく主人公から周りの仲間たちまで、すぐにみんな好きになってしまう豊かなキャラクター描写が特徴ですが、特に二章のイモ堀りは、あっこの研究室みんな好きだ、と思わせられる幸福感がたまらなかったのです。
事の始まりは別の研究室からイモ研究家の諸岡先生が怒りながら訪れる場面からでした。研究室にしょっちゅうデリバリーをするようになった藤丸くんもその場におり、諸岡先生の咆哮をきく羽目になります。曰く、仲良く等分して使うべき温室で、松田研究室のサボテン専門の加藤という学生が才能のあまりサボテンを育て過ぎたばっかりに、温室中を侵食し、諸岡先生の愛するタロイモ(里芋の一種)を枯れさせてしまったのです。松田研究室の面々と巻き込まれた藤丸くんは、罰として翌日の朝7時にサツマイモの収穫手伝いに駆り出されることになります。
誰もが小学生のときに体験したあの行事を植物の専門家となった学生たちがわいわいぶつぶつ言いながらしている現場は楽しく、そしてこの物語のもう一つの名物、藤丸くんの料理まで、幸せはぎゅっと詰まっています。
作品全体も恋をメインとうたうようでいて、植物学者たちの熱意を真摯に描き、タイトル『愛なき世界』にも相当の深みがある、とても読み応えのある小説です。
福澤徹三『侠飯』
生瀬勝久さん主演でドラマ化などもしている有名な作品です。
シリーズは7巻まで出ていますが、その第一作目は就活に悩み惑う大学生の家に、表紙の人物、柳刃竜一が転がり込む話になります。
1作目主人公の若水良太は、やくざさんの抗争を目撃するだけでなく、そのやくざに居候されるという恐ろしい目にあうわけですが、大学生らしくというか、家事もろくにせず、空腹を食べかけのじゃがりこサラダで満たすような生活が、柳刃によって次から次へと食べ物を与えられる生活に一変するのです。うらやましいかどうかでいうと、それでも半々か、ちょっとうらやましくない寄りなんですけども、それでも良太がいちいち「うまッ」と声に出しながら、オイルサーディンやらチャーハンやら鶏鍋やらを食しているのを読むのは素直に気持ちがいいです。
そして肝心の野菜なのですが、もちろん各話出てくるのですけれども、一番多く出てくるのはおそらく「ネギ」です。次点でにんにくか卵か。今回のブログテーマを決めた後で読んだ作品でもあるので、野菜、野菜、と右手に野菜カウンターを持った気持ちで読みましたが、「ネギ」の活躍がすごい。ネギて、と思われるかもしれませんが、そこは柳刃さんがすばらしい解説を作中にしているのです。
作中にてもろもろの苦境にさらされた主人公とその友人に元気が出る食べ物としてふるまわれるのが鶏鍋なのですが、その具材として元気が出る食べ物の話になるのです。
禅寺で禁じられている野菜に、五葷あるいは五辛と呼ばれるものがある。葷は匂いの強さ、辛は辛さ、つまり、ある五種類の野菜は食べるなという意味だ。五葷の種類にはいくつか説があるが、ニンニク、ニラ、ネギ、ショウガ、ラッキョウといわれている。
精が付いちゃうので修行僧は食べたら駄目、という意味なのですが、逆にそういったおそれを抱くべき野菜としてその五種をあげています。野菜テーマのブログにぴったりではないかと思ったわけです。
作品の内容もはらはらさせられながらも後味の良い、すっきりしたものになります。中盤の就活生の痛ましさは、どこか自分の以前と重なるものもあり、うっと胸にくるものもありましたが。
以上です。
食べ物を題材にした、はいつかやろうと思っていながらたくさんありすぎるなと頭を抱えるところでもありました。このように、日付にかこつけて、ちょっと面白がりながらできたのは良かったなと、我ながら思います。
野菜の出てくる小説、皆さまは何が浮かびましたでしょうか。グルメ小説の中でも、豪奢過ぎず、すぐそばの日常にありそうなところが親しみ深く、楽しいテーマだと思います。