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犬コーナーあります

2022.09.04 08:27

 こんにちは。

 多くの方がそう予想した通り、9月が来ましたね。

 8月への未練、夏への未練を断ち切って前に進んでいきたいところです。


 ということで、今回は「犬」でございます。

 以前7月末のブログでポラン堂古書店にある「猫コーナー」の紹介を致しましたが、コーナーとは日々店主の試行錯誤によって変わっていくものでございます。「猫」だったところは現在「犬」となり、犬たちにまつわる本が集まっています。


 例のごとく、こちらのコーナーから3冊ご紹介をいたします。



近藤文恵『みかんとひよどり』

 ドラマ化もしました〈ビストロ・パ・マル〉シリーズの近藤文恵さんによる、これもまたフランチレストランを舞台にした1巻完結の作品です。続編があるなら飛びつきますけれど、今のところ続編はありません。

 フレンチレストランが舞台とは申しましたが、どちらかというと表紙にある通り山や野外が中心です。ジビエ料理を出したいという理由で、猟犬のピリカと一緒に山に入り遭難してしまった主人公の潮田は、同世代でありつつもベテラン猟師・大高と猟犬・マタベーに助けられます。潮田は大高の腕を買って、彼の獲物を店に出したいと交渉しますが、人付き合いが面倒だという大高はそれを拒む、のですけれども……。とはいえ、彼らが良きビジネスパートナー兼友人になっていく物語だということは、表紙の絵を見ても粗筋を見ても隠しようがないでしょう。

 そしてこの作品の素晴らしさを語るにおいてまず欠かせないのが、犬、です。ブログのテーマなので無理やりこじつけようというわけではない。読んでみてください、イングリッシュポインターのピリカと北海道犬のマタベー、二匹がどんなに良いか。私はあまり動物に自ら近づいていくようなところはなく、犬好きでも猫好きでもなく、ときにそうした動物好きではないという面を周囲から白い目で見られているのではと過剰に気にしたりする人間ですが、この本には、これが犬の良さか……と教え込まれる要素がたくさんあります。

 決して犬が「活躍」する話ではなく、勿論しゃべるわけでも良きアドバイスをくれるわけでもないのですが、ただ冒頭に雨の中を遭難し、大高の山小屋に連れてこられ、薪のストーブにあたる二匹が良い。マタベーの慣れた様子と、何度も飼い主を伺って了承をもらった後におずおずとストーブへ近づき、あたたかいのだとわかってぺたんと土間に伏せるピリカが、なんだかとっても犬的で、ぐっと来てしまったのです。他にも店の定休日にはテンションが高いピリカ、おとなしく利口でも大高の不在に不安そうにするマタベー、とにかくずっとこの二匹が素晴らしい作品なんですよね。

 物語においても猟師としての大高の哲学、食べることに対する畏敬など深みのある作品ですし、愛らしく見えて実はそれを扱った料理を指している作品のタイトルもまた、その表裏を巧く捉えていて、とても好きな一冊です。




太宰治「畜犬談」

 棚の写真では『きりぎりす』という短編集に収録されています。そう、畜犬談があるから、『きりぎりす』はここにいるのです。

 正式タイトルは「畜犬談──伊馬鵜平君に与へる──」となっており、友人の文学者、伊馬鵜平くん(のち伊馬春部)に向けているようですけれど、なぜ彼に向けたかったかは検索してみてもよくわからないという現状です。ウィキペディアには作中にある、犬に噛まれ三週間入院した友人が伊馬鵜平くんだという話があります。とにかく彼に読んでほしかったんでしょうね。

 内容は、太宰の随筆とすべきか、物語かと曖昧な感じで、とにかく「いつの日か、かならず喰いつかれるであろう」と犬を恐れる筆者が、犬を家族同然のように扱う世の多くの飼い主に苦言を呈しつつ、犬に噛まれた友人に同情し犬を憎悪しつつ、とにかく自分は犬に噛まれぬよう犬の心理を研究し、対策していくうち、何故か犬に好かれるようになってしまうという話です。

 斜に構えているとモテてしまう、なんて太宰くんはまたモテ自慢をしていると思われるかもしれませんが、その犬に嫌われない対策というのがとにかく滑稽で、「とにかく、犬に出逢うと、満面の微笑みを湛えて、いささかも害心のないことを示す」とか、「無邪気に動揺を口ずさみ、やさしい人間であることを知らせようとした」とか、まぁ考えすぎてやり過ぎているものばかりです。そして彼は、「ひどく執拗で馴れ馴れしい」、真っ黒な小犬に懐かれてしまいます。「小犬は、たちまち私の内心畏怖の情を見抜き、それにつけこみ、ずうずうしくもそれから、ずるずる私の家に住みこんでしまった」のです。

 筆者が警戒すればするほど、犬の無害さが強調され、彼らがかわいく見えてしまうという内容です。辛辣ながらも軽快で楽しい文章が全編にわたり面白く、おすすめです。




吉田篤弘『遠くの街に犬の吠える』

 吉田篤弘さんで犬といえば、『レインコートを着た犬』では、と思われる方、そうなんですよね。これは6月に雨のコーナーの紹介にもあった流れです。『レインコートを着た犬』、大好きなんですけれど、三部作の最後であるために単体では紹介しづらい。各単品で読める作品には違いないのですが、私の読み方としては三部作繋げたいんのでどうしても。

 さておいて、『遠くの街に犬の吠える』。俳句や詩歌を思わせるような助詞の使い方がよく、吉田篤弘さんらしい一癖ある装丁が魅力の一冊です。

 各章が、冒頭に数行の文、頁をめくると見開きの写真に章タイトル、次の頁から本文、という感じで、まぁにやにやできるお洒落さなのです。

 そして言っておかなければズルになってしまうのでお伝えすると、「犬」ではなく、「遠吠え」についての小説です。

 視点人物は「吉田さん」と呼ばれる男性ですが、これがイコール吉田篤弘さんなのかはぼやかされていますし、本質はそこではないのだろうという気がします。彼と付き合いのある音響技術者に音を集めているという冴島くんという人がいるのですが、彼にはふつうの人には聞こえない遠いところからの遠吠えが聞こえるのです。彼曰く、


 なぜ、犬が遠吠えをするかというと、彼らは遠くから聞こえてくる音に反応しているんです。あれはつまり、応えているわけです。


 彼のいう「遠く」とは時間的な距離も含んでいて、犬は過去からの音も聞こえているのだといいます。

 この物語の本筋は、とある代筆業を営む女性によって、亡くなった恩師が夫のいる女性に恋文を宛てていたことが判明する、その隠された想いについて耳を澄ませるというものになります。最後の章の手紙は、二通りの解釈がはっきりとできる、行間を味わう作品になりますが、そこにないものを感じ取る、繊細な機微を読み取っていくことをいずれも求められる作品だと思います。


 夜までには、まだ少し時間がある。
 そう思っていたが、忍び寄る暗さを感知した自転車のヘッド・ライトが、ふいに目を開いたように光り始めた。


 一章の最後、遠くの音に反応する犬の話をした後で、この文章を並べるセンスたるや……ですよね。類似性とも対比ともとれる上に、静かでありながら一章の始まりを思わせる雰囲気もあって、素晴らしいんです。よろしければ作品の中でこれを味わってほしい。




 以上でございます。

 私の好みもありますが、犬が主役、犬が活躍するという作品ではなく、犬はそこにいて、人間との程よい距離があるという具合の作品ばかりを集めました。

 『みかんとひよどり』の紹介の中で「犬的」という言葉を使いましたけれど、すごく短絡的ながら私の好みを言い表せていると、我ながら思います。犬が犬らしいところ、それが人間の傍にいても崩れないでいてくれるところ、癒しとはそういう俯瞰的に見た共存関係への貴さもあるのかもしれないなと思いました。

 もちろん犬が喋ったり、二足歩行になって戦ったり、進化して火を吹いたりしても、それはそれで楽しんでしまうでしょうけれど。

 皆様もぜひ、理想と思う犬の物語を探してみるのはいかがでしょうか。