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紅く色づく季節

昔話をしよう

2022.09.07 05:33

【詳細】

比率:男2:女1

ファンタジー

時間:約40分


【あらすじ】

これは、ある王国で起きた悲しい悲しい恋の物語。


【登場人物】

アレク:旅人。

    大怪我を負って倒れているところをリーナに助けられる。


リーナ:大陸の外れにある森に住んでいる少女。

    薬草等の採集を生業としている。


ルト/語り手:300歳のエルフ。

      見た目は子どもだが立派な大人。

      語り手とは同一人物。



●酒場・夜

   吟遊詩人の出で立ちの語り手が、他の客にこわれて話し出す。


語り手:これは、昔々、ある国で起こった、悲しい悲しい物語

    その国は長い間、平和が保たれていた

    他の国が領土拡大をめぐって争いを起こしている時でも、その国の平和が揺らぐことはなかった

    何故だと思う? 理由は二つ

    一つはこの王国が大海の中に位置し、敵国からの侵入が難しかったこと

    もう一つはこの国全体がエルフの結界によって守られていたためだ

    この結界はとても不思議なもので、敵意をもってその国に近づいてきた者を拒絶する云わば壁のようなものだった

    この結界によって王国は善意のある国とだけ友好を深め、栄えることができた

    おや? 不思議そうな顔をしているね

    あぁ、エルフが人間に力を貸していることが信じられないんだね

    そう、その王国には人間だけではなく、エルフも住んでいたんだ

    本来、人間とエルフは相容れぬ存在。狭い国に共存することはない

    だが、この王国では共に助け合い生活をしていた

    人間とエルフの共存がなぜ成立していたのかは今となってはわからない

    きっとお互いを尊重していたからだろう

    おっと、勘違いしないでほしい。今の世界の在り方がどうとかいう話しじゃない

    私は政(まつりごと)をする人間じゃない、ただのしがない詩人さ

    昔の話をしているだけだよ

    だが、そんな王国も今はない。たった一夜にして全てが無になったんだ

    今から私が語るのは一夜にして滅んだ王国で起きた悲しい恋のお話だよ



●リーナの家

   リーナのベッドにアレクが眠っている。

   ベッドの横ではリーナが薬草の選別をしている。


アレク:(目が覚め飛び起きる)! 痛っ……

リーナ:大丈夫ですか!

アレク:(横にいるリーナに気が付き、とっさに身構える)誰だ! っ!

リーナ:動かないでください! 傷口が……

アレク:(痛みに顔を歪ませながら)お前は……誰だっ!

   

   大声を出した瞬間腹の傷に響き、呻くアレク。


リーナ:傷口が開いちゃいますから! とりあえず、横になりましょう

アレク:触るな!

リーナ:大きな声を出さないでください! 傷に障ります!

アレク:お前には関係な……っ!

リーナ:ほら! いいですから、私にゆっくり、体重を預けてください

アレク:……っ……

リーナ、アレクの背中にそっと手を添えベッドへと寝かせる。

リーナ:安静にしていてくださいね。もう少ししたら薬師(くすし)様がいらっしゃいますから

アレク:……

リーナ:そんなに身構えないでください。私はあなたに危害を加えるつもりは一切ありません。武器も持っていません

アレク:……ここは?

リーナ:私の仕事場です

アレク:仕事場? お前は?

リーナ:私はリーナと申します。この森で薬草や花、他にも自然のものを採取することを生業としています

アレク:薬師か?

リーナ:いえ、私は採取するだけです、調合はできません

アレク:……そうか

リーナ:私のことはお話しました。今度は私からお聞きしてもいいですか?

アレク:……何だ……

リーナ:あなたはどこのどなたですか?

アレク:……旅人だ

リーナ:すごい! 旅人さんなんですね! この国に外からいらっしゃる方なんて珍しいです!

アレク:……そうか?

リーナ:はい! だって、この国はあまりにも平和すぎて、バカンスでもない限り面白いものはないってよく言われていますもの。旅にとっての醍醐味の、何か新鮮なものは得られないって。それに、この国には他国の方が嫌う文化も多々ありますし……

アレク:嫌う文化?

リーナ:えぇ…


   ドアがバンっと開き、ローブに身を包んだルトが入って来る。


 ルト:リーナ、おはよう!

リーナ:ルト様! 扉を開けるときは静かに優しく開けてくださいとお願いしているじゃないですか! ここは古くて、ドアもボロいんですから!

 ルト:あぁ、ごめんごめん

リーナ:悪いって思ってないですよね……

 ルト:そんなことないよ?

リーナ:もう! それに、今、うちには怪我をされている方がいらっしゃるとお伝えしましたよね?

 ルト:あぁ、聞いたかも

リーナ:ドアの音がその方の傷に障ったらどうするんですか!

 ルト:……いや、今のリーナの大声の方がよっぽど傷にひびくと思うんだけど……

リーナ:あっ! (アレクの方を振り返って)す、すみません!

アレク:……いや

 ルト:おぉ、起きたの?

リーナ:はい、先ほど

 ルト:へぇ~、随分といっぱい寝てたんだね? リーナにちゃんとお礼言ったの?

リーナ:ルト様!

アレク:……いっぱい? 俺はどのくらい寝ていたんだ?

リーナ:あ、えっと……

 ルト:五日だよ!

アレク:なにっ! (飛び起きて)……っ……

リーナ:あぁ、だから安静にしてくださいって言ってるじゃないですか!

 ルト:あれ、傷はまだ癒えてないんだ? リーナ、僕のあげた塗り薬使わなかったの?

リーナ:ルト様の薬と言えど、急には使えませんよ! 耐性だってどれくらいあるかわからないんですから、対応できる方がいらっしゃらないときに拒絶反応でも起こしたらどうするんですか!

 ルト:大丈夫だって。だって、僕の薬だよ?

リーナ:ルト様のことは信じてますけど、ルト様の「大丈夫」は信用できません!

 ルト:(急にかわい子ぶって)……ひどいな……

リーナ:うっ。そ、そんな捨てられた子犬のような眼をしてもダメですからね!

 ルト:(笑いながら)はいはい、で?(アレクの前に進み出て)傷の具合はどうかな?

アレク:(伸びてきた手を払いのけて)触るな!

 ルト:おっと

リーナ:ルト様、急に距離をつめるそのクセ、直して方がいいですよ?

 ルト:何だよ、僕は普通に傷の具合を見ようとしただけだろ?

リーナ:そんな目深にローブのフードを被った小さい子どもが、急に偉そうに近づいてきたら誰でも怖いですよ

 ルト:はぁ? 僕は子どもじゃない! 今年で三百歳だぞ!

アレク:え?

リーナ:(アレクの反応を気にせず)たとえルト様の年齢が三百歳だとしても、見た目は子どもなんですから。はじめましての方からしたら子どもにしか見えません。ましてや、外から来た方なら……

 ルト:へぇ、こいつ外から来たんだ……

リーナ:あ……

 ルト:リーナ、それなんで先に言わなかったの?

リーナ:……いや、その……私も先ほど知ったことで

 ルト:ふ~ん、

リーナ:もちろん、隠すとかするつもりはなかったんです!

 ルト:大丈夫だよ。もちろん、わかってる。それじゃあ……


   ルト、アレクに向き直ってフードを取る。

   下から現れたのは、エルフを象徴する金色の髪と尖った耳を持つ少年。


 ルト:こんにちは、外国の方。僕の名前はルト。薬師をしている

アレク:……金の髪に尖った耳……エルフか!

 ルト:(笑いながら)おぉ、目の色が変わったね。それはどっちの感情だい? 恐怖か、憎悪か……

リーナ:ルト様! (アレクに)すみません、ルト様はちょっと性格が悪いだけなんです! とても優秀な薬師様で、とてもいい方なんです!

 ルト:ねぇ、リーナ、それは褒めてるの? 貶してるの?

リーナ:え? あ、すみません!

アレク:(小声で)聞いていたのと全く違うな

リーナ:え?

アレク:俺の発言に気を悪くしたなら謝ろう。俺はあなたに対して恐怖も憎悪もない。エルフという種族に関してはいろいろ噂を聞いてはいるが、俺は自分で見たもの以外信じない主義なんだ。今のあなたに関しては恐怖するような言動も憎悪するような事象もない

 ルト:(驚いて)へぇ、意外だな

リーナ:(安堵して)よかった……

アレク:それに、失礼な態度をとっていたのは俺も同じだ。先ほどはすまなかった

 ルト:本当だよ。命の恩人に向かってさ

リーナ:ルト様!

 ルト:はいはい。まぁ、僕はただ傷の様子を見てリーナにアドバイスしただけだからね。君の本当の命の恩人はリーナなんだから、この子にはお礼ちゃんと言ってね

アレク:……そうだったのか、そうとは知らず先ほどはすまなかった

 ルト:え? リーナに何かしたの?

リーナ:ルト様! 気にしないでください。誰だって知らないところで目が覚めたら警戒しますし、困惑します。それに、私は当然のことをしただけですから!

 ルト:ふ~ん

リーナ:な、なんですか、ルト様?

 ルト:いや、別に? ただ、何の説明もなしに泣きながら僕に連絡をよこして、五日間も寝ずに看病して、傷口の包帯も変えて、汗も拭いて懸命に看病してたのに? それを「当然のこと」で終わらせちゃうなんてリーナはお人好しだなって思っただけ

リーナ:ルト様!

アレク:……すまない……

リーナ:あぁ、本当に気にしないでください! 私が好きでやってたことですから!

 ルト:そのリーナのお節介に僕は完全に巻き込まれたけどね

リーナ:ルト様!

 ルト:あぁ、安心してよ? 君の着替えは全部僕がやってあげたから。リーナったら恥ずかしがってそれだけはできないって。平気で腹の包帯は変えるのに、ね~?

リーナ:(真っ赤になって)ルト様!

アレク:それはすまないことをした

 ルト:本当だよ~。それで……(厳しい視線をアレクに向け)君は何者なの? 何しにこの国へ来たの?

アレク:俺はただの旅人だ。この国に寄ったのも平和で美しい国だと聞いたからだ

 ルト:へぇ~、奇特な人間もいるもんだね

アレク:先ほど、彼女も驚いていたが、この国に立ち寄ることがそんなに珍しいことなのか?

 ルト:そりゃ、新婚の夫婦とか老年の男女ならともかく、平和で美しい国ってだけで旅人が立ち寄ろうとは思わないでしょ。旅人をしてる人間の大多数が、「まだ見ぬ何か」を探して旅をしてる。こんな平和だけが取り柄の面白みがない国にわざわざ海を渡って来る必要なんてない。海を渡るって行為だけでも危険だしね

アレク:確かに

 ルト:だろ? まぁ、そんな平和な国に来たのに君は大怪我をしている

アレク:……

 ルト:大方、この前の嵐で海が荒れたときに船に乗ってたんだろう?

リーナ:え? 嵐なんてありましたっけ?

 ルト:あったよ。ここ数年で一番大きい嵐がね

リーナ:知りませんでした……

 ルト:無理もない。この国の海域では外に嵐があっても海が荒れるなんてことないからね。そのための僕らの一族の結界だ!

アレク:……エルフの力は凄いんだな

 ルト:まぁね。ま、これが外の国でエルフが嫌われる原因なんだけど

リーナ:ルト様……

 ルト:リーナ、そんな顔しないでよ。僕はまったく気にしてないから。そういう事象もあるってこと

リーナ:はい……

 ルト:話を戻そう。だから、君がなんでこの国に来たのか不思議だったんだ。奇特な旅人さん

アレク:そうか……

 ルト:でも、本当、リーナが見つけてくれてよかったね。そうじゃなかったら、今頃君は海の生き物たちの餌だよ

アレク:そうだな。リーナさん、ありがとう

リーナ:いえ! 困っている人は助けなくちゃですから!

 ルト:でたでた、リーナのお人よし

リーナ:もう! なんとでも言ってください!

 ルト:拗ねないでよ。あ、そうだ、君の名前は?

アレク:え?

 ルト:名前だよ。いつまでも「君」じゃ呼びづらいでしょ

アレク:あぁ、そうだな。俺の名前はアレクだ



語り手:これが彼らの出会い。王国が一夜にして消えてしまうたった七日前の出来事だ

    このとき、彼らはこの後に悲劇が起きるとは全く思っていなかった

    いつもの日常が続く、そう思っていた

    たった一人を除けば……



●草原・昼

   リーナの仕事場から近い丘の開けた場所。

   薬草や木の実が籠いっぱいに入っているものをアレクが両手に持っている。

   リーナは小さな手持ちの籠を持っている。


リーナ:(伸びをしながら)う~ん、風が気持ちいい

アレク:そうだな

リーナ:すみません、今日も手伝ってもらってしまって……

アレク:いや、俺もずっと世話になっているからな。できることは手伝わせてくれ

リーナ:私としては凄くありがたいのですが、アレクさんにもご予定があったんじゃないですか?

アレク:予定?

リーナ:そうです! やっと観光できるくらいに体も回復したんですから! いっぱい見て回りたいところとかあったんじゃないですか? せっかくあんな危険な海を越えてきたんですから!

アレク:……そうだな

リーナ:そういうの遠慮しないで、言ってくださいね! せっかくこの国に来てくれたんです。いろんなものを見て帰ってほしいんです!

アレク:あぁ

リーナ:約束ですよ?

アレク:あぁ。リーナさんは疑り深いな

リーナ:……それ

アレク:ん?

リーナ:リーナさんっていうのもやめてください。私の方が年下なのに。なんだか嫌です……

アレク:しかし……

リーナ:リーナって呼んでください

アレク:だが……

リーナ:ううっ、じゃなきゃ、今日の夕飯は抜きです!

アレク:(苦笑する)

リーナ:わ、わかりましたか?

アレク:あぁ、わかったよ、リーナ

リーナ:っ!

アレク:ん? リーナ? どうした?

リーナ:な、なんでもありません! さ、さぁ、早く家に戻りましょっ(転びそうになる)きゃっ!

アレク:あ、危ない!


   アレク、転びそうになるリーナを抱きとめる。


アレク:大丈夫か?

リーナ:す、すみません……

アレク:まったく。貴女は本当に危なっかしいな

リーナ:……

アレク:リーナ? 

リーナ:あ、あの……もう、大丈夫ですから……

アレク:ん?

リーナ:は、離していただいて大丈夫です……

アレク:あぁ、すまない

リーナ:あ、あの、助けてくださってありがとうございます!


   リーナ、顔を真っ赤にしたまま走り去る。


アレク:あ、リーナ、走ったらまた転ぶぞ! (微笑んで)かわいいな……


   アレクのもとに一羽の鷲が飛んでくる。その足には手紙が括り付けられている。


アレク:っ! 王の鷲、お前が来たということは……そろそろなのだな……


   アレク、鷹の足から手紙を外す。


アレク:手紙は受け取った、主のもとに戻って伝えろ。計画通りにと……



●酒場・夜

   語り手が語る物語に聞き入っている酒場の客たち。

   先ほどまでうるさかった空間が、今は彼の言葉を逃すまいと静まり返っている。


語り手:勘がいい方なら、もうお分かりかな? 

    王国が滅ぶきっかけを作ったのはこの男、旅人のアレクだ

    彼が瀕死の傷を負っていたのは、嵐のせいじゃない。わかるかな?

    先に説明した通りこの国にはエルフの結界が張られている。「敵意」を持て近付く者を拒絶する結界が

    そう、彼が怪我をしていたのは悪意を持ってこの国近づいたから

    王国を守っていた防御魔法によって負ったものなんだ

    ここでもう一つ、疑問が生まれる

    結界によって傷を負ったのならば、どうして、あの三百歳のエルフが気が付かなかったのか?

    結界を張った種族の一員なのにね

    (自嘲的に微笑み)答えは簡単。平和ボケしていたからだよ

    何百年も外敵からの敵襲を受けなかったこの国は忘れてしまっていたのさ

    自分たちがどんなものによって守られているのか

    敵意を持て拒絶された者がどんな傷を負うのか




●草原・昼

   時間軸はアレクとリーナが分かれ、アレクが鷹を帰した直後。

   遠くからルトがアレクを見つけて走ってくる。


 ルト:(少し遠くから)お~い、アレク!

アレク:(手紙をスッと隠しながら)あぁ、ルト様

 ルト:(子どものようにふくれて)おい、そのルト様ってやめろよ

アレク:ですが、年上でしかもエルフの薬師様に失礼は……

 ルト:……お前、わかってやってるだろ?

アレク:何がですか?

 ルト:……おい

アレク:(笑いながら)すまんすまん。それで、どうしたんだ? ルト

 ルト:別に、特に用事はない

アレク:そうか。では、用事がないなら帰らせてもらおう。リーナの薬草も持って帰らないといけないしな

 ルト:(籠をみて)あぁ、今日もこき使われてたんだ

アレク:こき使われてはいない。俺が自分から手伝っているんだ。ずっと世話になっているからな

 ルト:そっか。傷は?

アレク:だいぶ良くなったよ。ルトの薬のおかげだ、ありがとう

 ルト:(少し照れて)別に……僕は薬を調合しただけだよ。お礼は……

アレク:ちゃんとリーナには伝えてるよ

 ルト:(嬉しそうに)そっか

アレク:(それを見て)ルトは本当にリーナが大切なんだな

 ルト:違っ!

アレク:違うのか?

 ルト:べ、別に……。それよりも! なぁ、お前ってリーナのこと、どう思ってる?

アレク:は?

 ルト:どう思ってるんだよ

アレク:どうって……

 ルト:正直に言えよ?

アレク:素敵な子だと思っているよ。優しくて、気遣いもできて、そして自分というものをしっかり持っている

 ルト:(嬉しそうに)そうか

アレク:俺は彼女と出会えてよかったと思っている

 ルト:安心した

アレク:安心した?

 ルト:お前が悪い奴じゃなくて

アレク:……

 ルト:リーナ、いつも一人だったから

アレク:そういえばそうだな。ずっとあの仕事場にいるが……家族は街にいるのか?

 ルト:……

アレク:ルト?

 ルト:(言いにくそうに)……リーナに断らずにあの子のことを明かしていいのかわからないけど……お前なら大丈夫だと思うから

アレク:ん?

 ルト:……リーナに親はいない。リーナは捨てられた子なんだ

アレク:え……

 ルト:あの子は幼い時、この森に捨てられたんだ。それも、ひどい怪我を負って

アレク:怪我? 

 ルト:怪我というより、虐待の痕って感じかな。さんざん殴らて、動かなくなったから捨てられたんだ

アレク:……

 ルト:アレクは知らないだろうけど、この国じゃ子殺しは大罪だからね。見つかれば死刑は確実。だから、ばれないようにこの森に捨てられた。

アレク:……

 ルト:それを僕が助けたんだ。ここに来た頃のリーナはずっと俯いて暗い顔をしていた。何をするにも僕の顔色を窺って。でも、やっと笑顔で自分の意思を伝えられるようになったんだ。だから、僕はリーナの笑顔を守りたい

アレク:そうか

 ルト:だから、だから……

アレク:(ルトの頭をポンと手を置いて)わかった。お前の気持ちはわかったよ。よく頑張ったな

 ルト:……アレク……正直に言うと、不安だったんだ。僕はエルフだから。それがあの子の将来にとって足枷になるんじゃないかって。エルフに育てられた子どもなんて、この国が今のままならいいけど。他の国のようになったり、もしもリーナが外に行くようなことがあったら……って

アレク:……信じろ

 ルト:え?

アレク:お前が今までしてきたことを。彼女のことを

 ルト:アレク……

アレク:なぁ、ルト

 ルト:なに?

アレク:ここ以外にエルフが暮らす国はあるのか?

 ルト:あるよ。でも、残念ながらここみたいにいい所じゃない。ほとんどの場所が純血のエルフしか受け入れてくれない

アレク:……それは

 ルト:仕方ないよね。ずっと人間に迫害され続けてきたエルフが取った最終手段なんだ。昔はここみたいに共存出来ていたはずなのに

アレク:純血じゃないエルフはどうしてるんだ?

 ルト:大体が一人で暮らしてる。はぐれエルフってやつだよ

アレク:……そうか

 ルト:ねけ、アレク

アレク:ん?

 ルト:リーナのこと、よろしくね

アレク:……あぁ……




●リーナの家

   先に帰ってきたリーナが仕分けをしている。

   ゆっくりと扉が開く。


リーナ:(アレクが帰ってきたのに気が付いて)あ、お帰りなさい!

アレク:……あぁ、ただいま

リーナ:すみません! 私、荷物を持っていただいていたのに、一人で帰ってきてしまうなんて……

アレク:気にするな

リーナ:ありがとうございます! あ、お茶入れますね


   アレク、リーナを抱きしめる。


アレク:……リーナ

リーナ:ア、アレクさん?

アレク:すまない、しばらくこのままで……

リーナ:は、はい……



●草原・夜

   三日後。

   リーナの仕事場から近い丘の上。雲がなく、月明かりだけでもあたりが見渡せるぐらい明るい。


リーナ:今日も月が綺麗だな~。できれば、アレクさんと一緒に来たかったんだけどな……

    いやいやいや、何考えてるのよ! アレクさんにはアレクさんの予定があるの!

    (ため息)でも、一緒に来たかったな

    (自分の手を見つめながら)……大きい手だったな。それに腕もたくましくて、あたたかくて……

    あぁ! もう! さっきから何考えてるのよ!

 ルト:(遠くから走ってくる)リーナ、ここにいたの!

リーナ:ルト様? どうしたんですか? そんなに息を切らして……

 ルト:(息を整えながら)敵襲だ! 海の向こうの国が攻めてきた!

リーナ:え……

 ルト:王都はもう落ちた! 今すぐ逃げるよ!

リーナ:嘘……

 ルト:嘘じゃない! 

リーナ:どうして? だって、結界は?

 ルト:わからない! 誰かが内側から破ったんだ!

リーナ:そんな……

 ルト:とりあえず、説明は後! 逃げるよ!

リーナ:(ハッと気が付き)アレクさん!


   リーナ、仕事場へと走り出そうとする。


 ルト:リーナ、どこに行くの!

リーナ:アレクさんが、アレクさんが!

 ルト:ダメだって! 今から行っても間に合わない!

リーナ:でも!

 ルト:とにかく今は逃げないと! リーナ!

リーナ:ダメ! だって、アレクさんが!


   木がガサリと揺れ、リーナとルトがそちらの方向を見ると、アレクが立っている。

   しかし、彼の出で立ちはこれまでの旅人の服装ではなく、他国の騎士の甲冑を纏っていた。


アレク:……やはりここにいたんだな

リーナ:……アレク……さん……?

アレク:……リーナ、あなたはやはり優しすぎる……

リーナ:(戸惑いながらも)アレクさん? その姿は?

 ルト:(リーナとアレクの間に入って)お前だったんだな。確かに違和感はあったんだ。平和なこの国であんな大怪我をするなんて……あの時は本当に嵐があった直後だから、その可能性にすら気付けなかったけどな……

リーナ:ルト様、どういうことですか?

 ルト:こいつが内側から結界を破ったんだ。そして、あいつらが攻め込んでくるのを手助けした

リーナ:嘘……ルト様、嘘ですよね……

アレク:……本当だ

リーナ:嘘です! だって、アレクさんは優しい人で、この国に観光に来た旅人さんで……

 ルト:それが嘘だったんだよ! あいつは侵入者だ! 

リーナ:そんなはず!

アレク:ル……そこのエルフの言う通りだ

リーナ:アレクさん?

アレク:私は帝国騎士団団長アレクサンドロス。この国を亡ぼすために来た

リーナ:……

アレク:私の目的は内側からこの国を守っている結界を破り、我が国の軍をこの国に招き入れること。外からは破壊することが難しい結界でも、内側からなら幾分脆いからな

 ルト:それで、結界を被るときに大怪我をしたってわけか!

アレク:あぁ、あの時は死を覚悟していたが、運よく命を長らえさせることができた。感謝しよう

 ルト:っ! お前!

リーナ:どうして……

アレク:この国は些か平和になりすぎた。周りの国との均衡を脅かすほどに

 ルト:だから、滅ぼしに来たっていうのか!

アレク:そうだ、一つの突出した力は、全ての均衡を乱す。その前に消えてもらわねば

 ルト:ふざけるな!

アレク:ふざけてなどいない、事実だ

 ルト:この国の平和を保ってきたのはこの国に住む人々の日々の努力だ! それを、均衡が崩れるとかくだらない理由で壊していいはずがないだろう!

アレク:そうであったとしても……

リーナ:(遮って)嘘……ですよね?

アレク:……リーナ

リーナ:この国を、人を殺そうとする人がこんなに優しいはずがないもの……


   リーナ、アレクに近づく。


 ルト:リーナ!

リーナ:何かきっと事情があったんですよね? きっと何か……

アレク:事情などない。これが我が王からの命令だ。王の命令は絶対。それに背くことはない

リーナ:嘘です! だって……


   アレク、茂みから除く銃口がリーナを狙っていることに気が付く。


アレク:リーナ、それ以上私に近づくな

リーナ:……アレクさん

 

   歩みを止めないリーナ。

   発砲される銃。


アレク:危ない!

 ルト:リーナ!

リーナ:っ!

アレク:(リーナを庇い弾丸を受けて)……うっ……

リーナ:……アレ、クさん? どうして?

アレク:王の命令は絶対……私は騎士だ……(リーナの頬に手を当てて)でも、出来なかった……

リーナ:え?

アレク:皆殺しにせよと命令されたが、貴女を……優しい貴女と心優しいエルフだけは、どうしても殺せなかった……あわよくば、騒ぎを利用して逃げおおせてはくれないかと思っていた……

リーナ:アレクさん!

 ルト:アレク、お前……

アレク:いけ、次の銃を撃つには時間がかかる。その間にエルフならワープホールを開けるだろ

 ルト:……当たり前だろ!

リーナ:いや!

アレク:リーナ……

リーナ:アレクさんも一緒に行くんです!

アレク:リーナ、俺はもうだめだ…この分では助からない。もし、生きながらえても王命に背いた反逆者として追われる……

リーナ:嫌です!

アレク:行ってくれ! 俺の分まで生きてくれ!

リーナ:嫌です!

アレク:お願いだ……

リーナ:勝手です。勝手すぎます……


   ルト、ワープホールを完成させる。


 ルト:リーナ、ワープホールができた! 行くよ!

リーナ:ルト様……

 ルト:リーナ! (構えられた銃に気が付き)次が来る! 早く!


   リーナ、ルトをワープホールに突き飛ばす。


 ルト:リーナ!

リーナ:(弾丸を受ける)うっ!

アレク:リーナ!

リーナ:ルト様……ごめんなさい……

 ルト:そんな! リーナ! 


   ワープホールが閉じる。


アレク:リー……ナ……なぜ……

リーナ:(微笑みながら)さぁ、どうして……でしょう……ただ、アレクさんを一人に……したくはなかったんです……

アレク:(微笑んで)馬鹿な人だ……

リーナ:……馬鹿でもいいです……アレクさんと一緒にいられるなら……

アレク:リーナ……

リーナ:アレクさん……



●酒場・夜

   思いもよらない展開に、辺りがさっきとは違う意味で静まり返っている。


語り手:これで悲しい悲しいお話はおしまい

    この後、王国は一夜にして消滅した。人間もエルフも全部死んでしまったよ

    あの逃げた憶病なエルフの少年以外はね

    滅ぼされた王国はのちに周りの国々に土地を分配された

    まぁ、それがまた新しい火種となり、王国同士が争い続けることになるなんて想像もしなかっただろうけど

    この二人はどうなったかって?

    最初に言っただろう。悲しい恋のお話だと

    奇跡なんてものはそう簡単に起きたりしないんだよ。それでも聞きたい? 

    そうか……じゃあ、彼らのことを話そう

    一晩たってエルフの少年があの場所に戻ると。少女を守るように抱きしめている騎士の姿があったそうだよ。二人の顔はとても穏やかで、まるで眠っているかのようだった

    エルフの少年は己の無力さを嘆いた。自分がもっと早くどこかで違和感に気が付いていたら、この物語の結末は変わっていたんじゃないかってね

    でも、死んだ人間を生き返らせることも、時を戻すことも彼にはできない。それは神の力であってエルフの力では叶わないものだったから。

    それから、エルフの少年は神に祈った。どうか彼らの来世が幸せでありますようにと……

    そして、心に誓ったんだ。この悲しい物語をずっと自分の命が尽きるまで語り継いでいこうと



―幕―



2020.08.03 ボイコネにて投稿

2022.09.07 加筆修正・HP投稿

お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

Special Thanks:藤城慧様