浮気、不倫、横眉怒目 [1:1:0]
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0:恍惚とした環境音楽が流れる中、一つの部屋が映し出される。
0:部屋の天井からは無機質なシーリングライトが垂れ下がっており、中央に置かれた机を照らしている。
0:机を挟んで向かい合う男女。男は頭を抱えて項垂れており、その姿を女は睨んでいる。
0:環境音楽が徐々にフェードアウトすると、台所の蛇口から滴る雫がシンクを打つ「てん、てん」という音が浮き出てくる。
0:まるで、時が止まったかのように動かない二人。
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0:ふいに、男が口を開く
博彰:本当なんだって
沙織:まだ言うの?
博彰:信じてくれよ
沙織:もういいよ
博彰:なぁ沙織
博彰:何回も説明してるじゃないか
博彰:今日は君の誕生日、覚えてたよもちろん
博彰:いつも通り仕事を終えて、プレゼントもさ、ほら、買ったんだ
沙織:・・・
博彰:残業もあったけど、早めに切り上げて、家に帰ろうとしたんだよ
博彰:でも、帰る途中だよ、帰る途中に俺は
沙織:もういいって!
博彰:(圧倒されて)俺は・・・
沙織:もう、何度も聞いたよ
博彰:じゃあ
沙織:信じられないよ・・・
博彰:でも・・・
沙織:そりゃさ、私だって信じたいよ、信じたいけど、けどさ・・・
0:と、泣き出してしまう女
博彰:沙織・・・
沙織:もういいんだ・・・私、ヒロ君のこと、好きだけど・・・
沙織:だけどさ・・・ヒロ君に約束破られるたびに悲しい気持ちになってさ
博彰:うん・・・
沙織:そういう時、いろんなこと想像しちゃうんだ
博彰:いろんなこと?
沙織:ヒロ君が、この家にいないときに、してること
博彰:ああ、うん・・・
沙織:最初は「ああ、お仕事遅くなって大変だな」って、そういう風に思えてたけど、最近はもうダメで、
沙織:もしかしたら・・・たぶん・・・絶対、他の女の人だなって・・・
博彰:何言ってるの・・・?
沙織:(泣き止みながら)だってさ、そう思うでしょ、連絡もないし、既読もつかないし
博彰:だからそれは・・・
沙織:こんな毎回さ、しかも私と約束あるのに
博彰:それはだから・・・
沙織:だから、もういい、いいよ
博彰:いいって?
沙織:(一呼吸おいて)別れよう
博彰:えっ
沙織:うん
博彰:いや、いやいやいや、ちょっと待ってよ
沙織:何?
博彰:え、なんでそういう話になるの
沙織:そういう話になるでしょ
博彰:だって、俺は沙織の事好きだし、もちろん結婚も考えてたし、なのになんで
沙織:好きだし結婚を考えてる人との約束忘れるんだ、ヒロ君は
博彰:忘れてないって何度も言ってるだろ!その証拠にほら、プレゼントだって!
沙織:でも一緒にご飯たべるって、帰ってこなかったよね
博彰:だから・・・
沙織:だから?
博彰:・・・
沙織:ヒロ君いつも「だから」とか「だって」とか、言い訳ばっかりで、私に謝ってくれないよね
博彰:それは・・・ごめん・・・
沙織:うん、いいよ、だからもういいの、私も疲れたからさ
沙織:ヒロ君だって疲れたでしょ、毎回毎回、私との約束破る度に言い訳考えるの
博彰:だから、言い訳じゃなくて事実だって
沙織:うん、そうだよね、ヒロ君の中ではそれが事実なんだもんね
博彰:なんでそういう言い方するんだよ
沙織:ごめんね、ほんとに、ごめん
博彰:沙織・・・
0:少しの間
沙織:あ、そうだ
博彰:ん?
0:部屋の戸棚から小さめの段ボール箱を出してくる女
沙織:(男に渡して)はい
博彰:え、なにこれ
沙織:プレゼント、誕生日の
博彰:え、でも・・・
沙織:私飲まないから、セットのやつ買ってみたんだ
博彰:ワイン・・・?
沙織:うん、ワイン
沙織:開けるやつとか、注ぐやつとか
博彰:でも、誕生日・・・
沙織:うん、渡せなさそうだから、今あげる
博彰:沙織・・・
沙織:それいいやつだから、きっと美味しく飲めるよ
沙織:お酒飲んで、お仕事頑張って
沙織:でもさ、お酒飲んで、酔いつぶれちゃったりしたら
沙織:(また泣き出して)もうさ、お水とか飲ませてあげられないからさ
沙織:あんまり、飲み過ぎちゃ、だめだよ
0:泣く女、つられて泣きそうになる男
0:少しの間
博彰:沙織・・・俺、別れたくないよ
沙織:うん
博彰:沙織、俺、ずっといっしょに居たいよ
沙織:うん
博彰:俺、沙織と結婚したいって思ってるよ
沙織:うん・・・
沙織:でもさ、結婚式もすっぽらかされちゃったら、結婚できないからさ
博彰:沙織・・・ごめんって・・・
沙織:うん・・・
博彰:信じてくれよ・・・
沙織:ごめん・・・
博彰:頼むよ・・・
沙織:ごめんね・・・
0:間
博彰:だって、本当に・・・
0:間
博彰:見たんだって・・・
0:間
博彰:UFO(ユーフォ―)・・・
0:間
沙織:まだ言うの・・・?
博彰:だって、本当に見たものは見たし、沙織全然信じてくれないし、挙句の果てに別れるとか言い出すし
沙織:だから・・・言い訳するならもっとマシな理由を
博彰:なんでそうやって嘘みたいにいうんだよ!本当なんだって!見たんだって!UFO!
沙織:UFOなんているわけないって・・・
博彰:だろ?俺もそう思ってたんだよ今朝までは!だけど見たの!白い光がヒュンヒュンって!
沙織:飛行機だよ・・・
博彰:飛行機じゃないよ!だってもう(大げさな手振りでジグザグを書いて)こう、だから
博彰:(大げさな手振りでジグザグを書いて)こうこう、こう!だから
沙織:嘘だよ
博彰:嘘じゃないよ!UFOだよ!見たんだよUFO、なぁ沙織ぃー!信じてくれよー!
0:間。女の冷たい目線。
博彰:(のけぞって)沙織ぃいいいいい!!!
沙織:うるさいよ!!!
博彰:だって沙織が全然信じてくれないんだもん!
沙織:信じるわけないでしょ!?いいよ?上司と飲み会でしたーとか、残業でーとか、せめてそういうありきたりな理由にしてよ!なにUFOって!
0:間
沙織:なにUFOってーーーーー!!!!!!!
沙織:UFOってなにーーーーー!!!!!
博彰:沙織こそウルサイじゃないか!UFOはUFOだよ!未確認飛行物体だよ!
沙織:そんなの知ってるよ!
沙織:いいよ、今回だけならいいよ!?
沙織:でも前回!両親への挨拶、挨拶の時、翌日早いから一緒に準備して、一緒に寝ようねって約束したよね?
博彰:うん
沙織:で、前日の夜に、私がご飯作って待っててさ、なかなか帰ってこないなって思って、ポトフも冷めた深夜に帰ってきたヒロ君、なんて言ったか覚えてる?
博彰:・・・ツチノコを追いかけてて?
沙織:どゆことー!!!!!
沙織:いい大人のする言い訳じゃないよねそれ!?
博彰:いや、だってあの時はホントに、ツチノコが横断歩道渡って雑木林に入っていったから、これはと思って追いかけて
博彰:そしたら雑木林の奥に、ツチノコの街があって、遊園地でツチノコと一緒に遊んでたら、実は遊んでたツチノコが子供のツチノコで、
博彰:街の何倍もある大人のツチノコが来たから、子供のツチノコも喜んでて、子供のツチノコから話を聞いた大人のツチノコが
博彰:(女声の真似をして)「こどもと遊んでくれてありがとう、お礼にこれをあげるわ」
博彰:って仲間の骨を俺にくれて
博彰:あ、これ前回話してなかったんだけど、ツチノコの世界では死んだ家族の骨の一部を渡すことで友情を示すっていう文化があって
沙織:もういいよ!頭おかしくなるよ!!
沙織:なんなのその話・・・どうしたらそういう話考えつくわけ・・・?
博彰:いや、考え着いたんじゃなくて事実で・・・
沙織:あとはほら、付き合って1年記念だねって、レストラン予約してたのにさ
沙織:なかなか帰ってこないから電話したら、電話にも出なくて、やっと帰ってきたと思ったらヒロ君の肩に長い髪の毛がついててさ
沙織:「これ、誰の髪の毛?」って私が聞いたらヒロ君なんて言った?
博彰:ユニコーン
沙織:ユゥーニィーコォーーーンン!
博彰:なんだよその言い方、スマブラかよ
沙織:スマブラじゃないよ!
沙織:なんだよユニコーンって!女の毛かと思ったらユニコーンの毛かよ!通りで白髪だと思ったらユニコーンだったのかよ!
博彰:ユニコ―ンだったんだよなぁ
沙織:だとしても!ユニコーンと遊んでる暇があったら家に帰ってきてほしかったけどね!
博彰:いや、遊んでたんじゃないよ、決闘してたんだ
沙織:け、け、け、決闘してたんかーーい!
博彰:そうそう、ユニコーンが横断歩道を歩いてたから、ユニコーンは横断歩道渡っちゃだめですよって言ったら、ユニコーンが「なんでですか」って言ってきたから
博彰:いやいや、白と黒のシマシマの上は、常識的に考えてシマウマしか渡っちゃだめでしょうって言ったら
博彰:「じゃあ、決闘で決めましょう」って言われて
博彰:俺が、パンチ
博彰:で、ユニコーンが、角(つの)で、こう
博彰:それを俺は、避けて、パンチ
博彰:そしたら翻ったユニコーンが後ろ脚で、俺のここを、こう
博彰:また俺はそれを避けて、ユニコーンの、肩ロース?のあたりに、パンチ
沙織:もうやめてよ!頭おかしくなるって!
沙織:ユニコーンとヒロ君との戦闘に興味ないよ!っていうかヒロ君攻撃のバリエーション少ないなぁ!
沙織:なんでパンチだけなんだよ!キックもしろよキックも!
沙織:ユニコーンは角とか足とか使ってるのに、なんでパンチだけなんだよ!!
沙織:そんなんじゃユニコーンに勝てるわけないだろーがよー!!!
博彰:そりゃ俺だってストレートだけじゃなくて、フックとかアッパーとか
沙織:いねぇぇんだよユニコーンはよぉ!
沙織:(息切れて)ぜぇ・・・ぜぇ・・・
博彰:沙織、大丈夫・・・?
沙織:(ほぼ白目で男を睨んで)まだあるぞ・・・
博彰:ええ・・・?
沙織:付き合ってすぐの時、スキー、前乗りしようって・・・レンタカーとか借りて・・・待ってたのに
博彰:うん
沙織:お前は・・・来なかった・・・
博彰:さ、沙織?
沙織:ああ、いい、喋るな、わかってる
沙織:さんざん待たせた挙句、帰っきたお前はチーズを片手にこう言ったんだ・・・
沙織:チュパカブラと・・・チーズを作ってた・・・と・・・
博彰:うまかったろ?チーズ
沙織:食わなかったよ・・・
博彰:あれ?どうして
沙織:きーーーーーもちわるいからだよ!
博彰:ええ!?
沙織:だってそうだろ!?万に一つもチュパカブラの手が加わったかもしれないチーズだぞ!?
博彰:なんか沙織キャラ変わってない?
沙織:チュパカブラの皮膚とかが入ってたら嫌だし、チュパカブラと関わったことでアメリカ軍に命を狙われたら嫌だし
博彰:それは大丈夫だよ、チュパカブラも俺も手袋してたし、野生だからアメリカとは関係ないし
沙織:ちなみにどこで、なぜチーズを作ることになった・・・?
博彰:ああ、それは横断歩道で・・・
沙織:なんで未知との遭遇がいつも横断歩道なんだよ!!!
沙織:アビーロード出来るよ!お前とツチノコとユニコーンとチュパカブラでアビーロード出来るよ!
博彰:・・・どゆこと?
沙織:もういいよ!もういいよぉぉぉおおお!!うわあああああああん!
博彰:ちょ、ちょっと沙織!
沙織:女なんだろ!そういうメルヘンな作り話して、結局私以外の女がいるんだ!絶対そうだ!
沙織:(崩れ落ちるように)絶対・・・そうだ・・・
博彰:沙織・・・?
沙織:もういい・・・疲れた・・・
博彰:沙織・・・
0:ふいに立ち上がる女
博彰:お、おい、どこ行くんだよ
沙織:ベランダ
博彰:え!?
沙織:大声出して、熱くなったから
博彰:あ、ああ、うん
沙織:すこし涼んだら、帰る支度するから・・・
博彰:え、帰るってどこに
沙織:・・・家に
博彰:帰るの・・・?
沙織:うん、帰る
博彰:そう・・・
沙織:うん・・・
0:女はベランダへと出ていく。男は再び頭を抱えて
博彰:はぁ・・・どうしてこうなっちゃうんだろうなぁ・・・
0:場面転換
0:少し時間が過ぎて、ベランダで一人佇む女
0:と、そこに男が引き戸を開けて登場する。
博彰:うう、寒っ・・・
博彰:おい、いつまで外いるんだよ
沙織:うん・・・
博彰:ほら
沙織:え?
博彰:上着、寒いってそれじゃ
沙織:ああ、うん、ありがと
0:間
博彰:落ち着いた?
沙織:うん
博彰:そっか・・・
0:間
博彰:あのさ、俺もちょっと、頭冷やして考えたんだけどさ
博彰:やっぱり、うん、UFOとかツチノコとか、変だとおもうし
博彰:そういうの、信じてもらえないの普通だし、俺でも信じないっていうか、うん
博彰:だからさ
沙織:(かぶせて)ヒロ君
博彰:ん?
沙織:ここに二人で住むようになってからさ、もうずいぶん経つけどさ
博彰:うん
沙織:改めて見ると、広いねぇ
博彰:広い?・・・部屋が?
沙織:(笑って)違うよ、部屋は独房みたい
博彰:そんなこというなよ
沙織:あはは
沙織:・・・景色がさ、広いねって
博彰:ああ、景色が
沙織:うん
沙織:今は真っ暗だけどさ、この景色の中に何万人っていう人が居るんだなって思うと、不思議な気持ちになってくるよね・・・
博彰:どうしたの急に
沙織:世界は広くてさ、今見えてるこんなにも広い景色は、おっきな地球のほんの一部でしかなくて
博彰:うん
沙織:そう考えると、本当に広いなって思うんだ
沙織:よく、恋愛できる相手は星の数ほどいるって言うけどさ
沙織:星の数って2000億個もあるんだって
博彰:うん?
沙織:そんなにたくさん居たら、困らないなって
沙織:(笑いながら)二千億人
博彰:(笑って)まあ、確かに
沙織:でもさ
博彰:(へらへらしながら)うん?
沙織:世界的に見ると、人間の男性より、人間の女性の方がちょっと多いんだって
博彰:へぇ
沙織:これはさ、生物が種を保存するために、絶対に女の人を多くするように設計されてるからなんだって
博彰:詳しいな
沙織:うん、テレビの受け売りだけどね
博彰:そっか・・・
沙織:だからさ
博彰:ん?
沙織:見つかるよ、きっと
博彰:え?
沙織:・・・次の相手
博彰:・・・
沙織:だって、世界はこんなに広いんだから
0:間
博彰:うん
沙織:うん
0:間
博彰:沙織も、見つかるよきっと
沙織:私はどうかなぁ
博彰:安心しろって、俺が保証するよ
沙織:ヒロ君が?
博彰:ああ、沙織は美人だし、優しいし、料理もうまいし、責任感があるし、超いいオンナだからな
沙織:あはは、褒め過ぎだよ
博彰:そんなことないよ!
博彰:それにほら、付き合える相手は星の数ほどいるんだろ?
沙織:いや、それはたとえ話で
博彰:とにかく、女だってたくさんいれば、男だってたくさんいるんだ
博彰:きっと、星の数までとはいかなくとも・・・
沙織:あっ
博彰:ん?
沙織:え・・・?
博彰:どうしたんだよ
0:と、見上げる星空に明らかにおかしな軌道を描いている一線の光。
博彰:あっ
0:次第に光は大きくなり、まばゆい光を発したかと思うと急に近くに出現する。
0:縦型の大きな円盤状のそれは、ゆっくりと中央の窓を開ける。
0:中からおおよそ生物とは思えない、しかし四肢を持った”何か”が現れ、ゆっくりと動く。
0:呆気にとられる二人。10秒間の間。
0:ものすごい音と光を放って、飛行体は夜闇の彼方に消える。
沙織:手、振ってたね・・・
博彰:うん・・・
0:少しの間
博彰:あ、そうだ、これ
沙織:え、なにこれ
博彰:指輪
沙織:えっ
博彰:買っちゃったから
沙織:あ、そう
博彰:うん、あげる、オーダーメイド
沙織:え・・・
博彰:ん?
沙織:これ、何製・・・?
博彰:え?
沙織:どうみても金属じゃないんだけど
博彰:ああ、うん
沙織:何製?
博彰:ツチノコの骨
沙織:ああ、ツチノコの骨
博彰:うん、貰ったやつ
沙織:ふうん
博彰:うん
0:間。まじまじと指輪を眺める女。
0:と、ひとこと
沙織:気持ち悪い
0:マンションから一望できる深夜の闇はあっけらかんとしており、
0:空にはいつもどおり、星々が輝いている。
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:完
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