【連載】(タイトル未定)#1
※こちらは、超絶遅筆な管理人が、せめてイベントに参加する毎には更新しようという、
若干他力本願な長編(になる予定の)連載ページです。
状況により、過去投稿分も随時加筆修正予定。
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前日から続いていた嵐がようやく過ぎていく気配に、男は目を覚ました。
頭上で轟いていた雷が少しずつ遠ざかっていく。小屋の屋根を叩いていた雨音も、随分静かになった。
男は、気怠さの残る体を起こした。ただでさえ、雨の日は体が重い。嵐など来ようものなら、雲が流れていってしまうまで横になって過ごすに限る。
今日も、そのつもりだった。風雨が完全に止むまで、大人しく引き籠もっている筈だった。声が、聞こえたような気がしなければ。
――否。声、かどうかもわからない。何か、得体の知れないものが、意識に触れているような感覚。不快さはないが、妙に気になる。
男は身を起こしたまま、暫くその気配を追うのに神経を集中させた。寄せては返す波のように、今にも掴めそうだと思うや、するりと行方をくらませてしまう。それでいて、完全に消えてしまうことはなく、遠くからこちらを伺うように漂っては、またふわりと鼻先を掠めていく。
男は息をひとつ吐いて、小さなベッドからおりた。小屋から外に出ると、夜が明けていないのか、雲が切れていないからか、辺りはまだ薄暗い。が、目が利かないほどではないので、男はそのまま歩き出した。
人目を避け、隠れるように暮らしている小屋は、町の外れの森の中にある。町とは逆の方向に足を向ければ、いくらも行かないうちに潮の香が漂ってくる。
辿り着いた浜辺は、嵐のせいで随分荒れていた。
元々、滅多に立ち寄らないが、それでも様子が変わっているのを察するのは容易だ。
雨と波に洗われた砂浜は、風でなぎ倒された木々がそこここに散らばっている。まだ明け切らない薄闇の中を、慎重に歩く。
波打ち際を、濡れないように歩いていると、ふと、何かが浜に打ち上げられているように見えた。近寄ってみれば、それは、見間違いでなければ、確かに人のカタチをしていた。
「……おい、生きてるのか」
無駄だろうと思いながら、声をかけずにいられなかった。
返事がなくても、一応声はかけた。見捨てたことにはならない。このあとコレがどうなろうと、自分のせいではない。が。
「……ぅ、……ん……」
微かに聞こえた、声。投げ出された細い指が砂を掻く。
男は小さく舌打ちした。見つけてしまった。声をかけ、返事を聞いてしまった。生きているのなら、このまま捨て置くのはさすがに寝覚めが悪い。
腰から下は波に浸かっている体を引っ張り、抱え上げる。細身だが、濡れた服が重い。
呼んでいたのは、こいつだろうか。
「……まさか、な」
男は独りごちて、小屋へ足早に向かった。その背の向こうで、ようやく雲の切れ目から、陽が上ろうとしていた。
冷たい、暗闇の底にいた。
会いに、いかねばならないひとがいた。
遠く、声も届かない、誰かを。
ずっと、呼んでいた――
鼻先をくすぐるのが、潮の香とは違うものだということに気付いて、少年は目を覚ました。乾いた木が燃える、香ばしい、少し焦げたような匂い。火の爆ぜる音に、それがようやく、暖炉の匂いだということに思い至る。
僅かに首を巡らせ、辺りを見回す。天井のあまり高くない、小さな小屋。簡素なベッドに寝かされている。身を起こすと、上半身の服だけ脱がされ、暖炉の側に干してあるのが見えた。
「よぉ、気が付いたか」
隣の部屋から、男が入ってくる。手にしていたカップを差し出され、素直に受け取った。甘い香り。口にすると、暖かい液体がするりと喉を落ちていく。
一息に飲み干して、ほぅ、と息をつくと、ベッドの側に椅子を寄せてきて、男が座った。
「気分は?」
「あ……、あの、大丈夫、です」
「そうか。見たとこケガはなかったが、痛む所はあるか」
「いえ、特には」
「……おまえ、どこから来た」
最後の質問に棘が含まれているような気がして、瞬きをする。男は、組んだ足に肘をつき、睨むように少年を見た。
「嵐で船が難破して、あの岸に流れ着いた。……なら、もう少し漂流者らしく転がってる筈だろ。少なくとも無傷なんてこた、あり得ねぇ」
波で体温を奪われ、冷え切ってはいたが、体のどこにも怪我らしきものは見当たらなかった。まるで、あの場にそのまま産み落とされたかのような。とても、嵐の波にもまれ、あの岸に打ち上げられたとは思えない。
少年は少し考えるような素振りを見せ、困ったように男を見返した。
「わからない、です」
「……だろうな」
そんな気はしていた。
わかっていた。ただの漂流者を拾ったのではないことくらい。
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……たぶん続きます。いや、続けます。