銀河英雄伝説<1>黎明編のみを紹介
こんにちは。
明日9/12ですけれども、「宇宙の日」です。皆さんご存知でしたか。
日本人初の宇宙飛行士、毛利衛氏がスペースシャトルに搭乗し飛び立った日です。
宇宙にまつわる作品なんて、それこそ3選でも10選でも行うべきだというくらい山ほどありますけれど、今回は趣向を変えて、『銀河英雄伝説』だけでやってみようかなと思い立ちました。もちろん紹介記事なので、ネタバレの一線を越えてはいけません。お気に入りの巻の3選みたいなことをしようものならその線を踏み越えかねない。続き物あるあるですけど、本の後ろのあらすじが、すでに前巻のネタバレなわけですから。
ということで、タイトルの通り、始めます。
田中芳樹『銀河英雄伝説<1>黎明編』
私が読んだものでもあります、創元SF文庫版でございます。現在書店にあるのもこちらですね。全10巻+外伝5巻となっています。巻数は多いですが、それほど大きくない店舗でも、1冊置いてある書店は外伝まで全てそろえて置いてある、まさに不朽の名作です。
私が『銀河英雄伝説』を読んだきっかけは、SF好きの父が言った「最後がとても綺麗に終わる」という一言でした。本編にあたる全10巻の10巻目のラストのことです。大学生の頃、そこに辿り着いた私は、今までにないくらい父に共感しましたし、この作品に出会うきっかけをくれたことを感謝しました。
宣言通り、この記事は1巻のみの特集ですけれど、1巻が楽しかった人は全10巻を読まなくてはいけなくなります。でも面白いので、終わるな終わるなと思いながら読み終えて、その喪失感から外伝に縋り付いてしまう、それを幾重にもファンが繰り返してきた作品なので、その期待をもって1巻を手にとってほしいです。
ちなみに今年、刊行40周年を記念して愛蔵版(外伝含め全7巻)が刊行されています。真っ黒な函付きの四六判は相当かっこいいんですけれど、各巻に文庫2巻分入った四六判というのは、初めて読む人には読みづらいかもしれません。文庫、おすすめです。
さらに耳寄り情報として、アマゾンプライム会員の方はなんと「らいとすたっふ文庫」がkindle版で刊行している『銀河英雄伝説』の1巻(文庫版1巻の解説無しver.)が無料で読めます。アンリミテッド、のような追加の会員になる必要もないですので、アマプラに入っていて、ここまで、記事にお付き合いいただいた方はもうぽちっとしてきてもらえれば。
さて、前置きが長くなりましたが、本編について紹介致します。
◇『銀河英雄伝説』の最も高いハードルは間違いなく最初の20頁
……西暦二八〇一年、太陽系第三惑星地球からアルデバラン系第二惑星テオリアに政治的統一の中枢を遷し、銀河連邦の成立を宣言した人類は、同年を宇宙暦一年と改元し、銀河系の深奥部と辺境部にむかってあくなき膨張を開始した。
これが最初の一文目です。この文章から序章が20頁あり、物語の背景となる歴史が語られます。二十数頁先、主人公の一人ラインハルトが友人のキルヒアイスに背が伸びたとか伸びていないとかいう会話をするまで、会話という会話はありません。屈指の人気キャラクター、ヤン・ウェンリーが登場するのももう少し先です。このあたりでくらっとした方、あくまで私の主観ですけれども、最初は多少流し読みでもいいと思います。
流し読みされる方に要点をお伝えすると、
・地球から他の惑星に拠点を移した人類は宇宙歴一年から新たな年号始める
・開拓を進める中で宇宙海賊の問題、そこと政治や企業が結託するような腐敗が問題となるが、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムという軍人が若くしてそれらを一掃し、さらにルドルフは政界にも転じ、銀河帝国──ゴールデンバウム王朝が誕生する。
・銀河帝国皇帝ルドルフ1世は汚職官吏を一掃、批判者を弾圧、優秀な遺伝子を後世に残すため弱者救済の制度を全廃するなど独裁政治を行う。
・ルドルフの死後も彼を批判する立場であった共和主義者たちはルドルフの残した政権を前に圧殺されるが、その一部が宇宙船に乗って逃亡。銀河帝国を離れた彼らは自由惑星同盟を成立させる。
・最初は小さな叛乱分子だった自由惑星同盟は、帝国側の権力闘争に敗れた皇族や貴族も受け入れて膨張し、変質していく。二つの戦争は長きにわたるが、やがて惰性化していく。
・そして、そんな歴史の中、銀河帝国にゴールデングラム伯ラインハルト、自由惑星同盟にヤン・ウェンリーという軍人が登場する。
そんな感じで20頁後、一章が始まります。
正直、本編に興味をもった後に読むと、ルドルフの存在や自由惑星同盟の成立迄などすごく興味深いのですが、最初はほぼ頭に入らなかったかもなという感じの序章でした。宇宙海賊と戦った「毒舌家として知られたウッド提督」の活躍なんて、読み返すまで忘れていましたし。
『銀河英雄伝説』は歴史書のていをとっているので、地の文全てが、本編よりさらに未来にいる歴史家の語り口調を思わせます。本編が始まって以降も、この頃のヤン・ウェンリーに対して後世の歴史家の評価は分かれている、のような文章が挟まれ、一気に物語を俯瞰させるのは相当面白い。銀英伝ファンからすれば最初に歴史を語る文章こそ、雰囲気に没入させる魅力であることは疑いようがないので、読まなくてもいいとはやはり言えないのです。ですので頭に入ってこないなって方は、「流し読み」で……。
◇ラインハルトとヤン・ウェンリーを簡単に
・ゴールデンバウム伯ラインハルト
初登場時は20歳。黄金色の髪と蒼氷色の瞳を持ち、「氷のような美貌と不敵な表情を持つ若者」と評されています。貴族とは名ばかりの貧しい家で生まれましたが、姉アンネローゼが皇帝に嫁いだことで立場が一転、ローエングラム伯という爵位が与えられ、帝国軍の上級大将になります。ただ序盤では「皇帝の寵姫の弟」「金髪の孺子(こぞう)」として周囲から舐められており、軍人としての才気も認められていません。姉を奪った皇帝、ゴールデンバウム朝を憎み、それらを打倒して銀河統一を目指す野心家です。姉アンネローゼと親友のキルヒアイス以外、基本的に誰にも心を開いていません。
・ヤン・ウェンリー
初登場時は29歳。黒い髪、黒い目、中肉中背の、軍人よりも学者のような印象を与える青年です。交易商人の家に生まれ、歴史を学ぶことに興味を見出した彼は、家族を亡くし学資が尽きたのち、軍師士官学校の戦史研究科に入学します。やがて戦史研究の学科が廃止、愛国心も好戦性もないまま軍人になった彼は、何度となく軍人を辞めて歴史家になりたいと嘆きます。しかし、その歴史好きによって積み重ねられた戦略戦術の才能によって、当の歴史の中心人物なっていきます。数年前、上官の裏切りを利用して民間人300万人を助けるという「エル・ファシルの戦い」を経るなどして、本編が始まる時点では准将になっています。
◇宇宙艦対戦はあらゆる戦闘シーンの中でも小説向き、かも。
第2のハードルと言えるのは宇宙艦隊vs宇宙艦隊を文章として読むことでしょうか。
本読みの中でも、戦闘シーンは飛ばし読み、と仰る方はちらほらお見掛けしますし、実際ほとんどの小説の戦闘描写は、実写・アニメ・漫画などの映像作品に劣ってしまうのだと思います。しかし、ラインハルトvsヤン・ウェンリーは軍事の天才vs軍事の天才。彼らの戦いは、例えば『キングダム』などで軍略の応酬を楽しんだ方なら間違いなく楽しめると思います。
例えば本編最初の戦いあたる「アスターテ会戦」。
銀河帝国軍2万隻vs自由惑星同盟軍4万隻、しかも数が多い自由惑星同盟は左右と前の三方から包囲し、攻めてきています。銀河帝国軍は、若き大将ラインハルトに、負けるくらいなら撤退を、と決断を促しますが、ラインハルトは「4万隻が3つに分かれているということは各子撃破し放題やんけ(そんな口調じゃない)」と言うわけです。
かくして、2万隻をもって1万数隻ずつの各部隊を攻撃し始めた帝国軍は、各部隊の連携がとれなくなった同盟軍を圧倒します。壊滅状態にある状況に、ヤンは意見しますけれども上官はそれを退け、降伏を促す帝国軍の信号も卑怯者にはなれないからと無視します。しかし、帝国軍の攻撃によって同盟軍の総司令官は負傷、ヤンに指揮権がわたるのです。
妨害電波の中、帝国軍にも伝わる艦外放送でヤンは第一声を発します。
「旗艦パトロクロスが被弾し、パエッタ総司令官は重傷をおわれた。総司令官の命令により、私が全艦隊の指揮をひきつぐ」
「心配するな。私の命令にしたがえば助かる。生還したい者はおちついて私の指示にしたがってほしい。わが部隊は現在のところ負けているが、要は最後の瞬間に勝っていればいいのだ」
……面白いでしょう。ここからの展開、どうなるかはぜひ本編を見てください。
ヤン・ウェンリーは敵であるラインハルトの手腕に、自軍の体たらくもあってですが、とても敬意を払います。けれど、敵に対し「予測どおり」「予測をこえてはいない」というのは相手がラインハルトであれ、何度も繰り返されます。
初読だった当時、ラインハルトやぞ、あのラインハルトがまだおまえの予測をこえないってか。と、その都度熱くなり、ヤン・ウェンリーという男の魅力に取りつかれ、食い入るように読んだものです。
一巻の後半は「イゼルローン攻略」。
自由惑星同盟を攻める為の銀河帝国の軍事拠点「イゼルローン」、同盟軍が何度も攻略しようとしたこの要塞に対し、ヤン・ウェンリーが一つの奇策を実行します。
一巻の二つの戦いには、楽しみどころが詰まりに詰まっています。
さて、長く語るにつれ、暴走しかねないなと思い始めてきたのでここいらで打ち止めにします。紹介文を書くだけでこれだけ楽しいのだから困ったものです。
最後に、私が改めて思う『銀河英雄伝説』の面白さなんですけどね、ラインハルトとヤン、共に自国の体制に不満を持ち、打破していく中で、だったら彼らが協力して完璧な1国を作り上げればいいのではないか、と思いそうになるんですけど、そうはいかないんです。
ラインハルトは心優しい、わけじゃないですけど、ルドルフのように差別主義者でもなければ貧しい育ちであることもあって、権力をひいきしたりもしない。美しく気高く、民衆のヒーローになるべくしてなっていくのですが、ヤンは彼を尊敬しながらも、彼の独裁政権の下につくことはできない。それはヤンが「腐敗した民主政治」と「清潔な独裁政治」という困難な二者択一において、どうしても前者を選んでしまう人間だからです。
『銀河英雄伝説』で民主主義を学んだという人は少なくありません。地方に籍をおいた大学生の怠慢で、選挙権を放棄していた私が、これではいけないと思ったきっかけもこの作品でした。……要らないのかと訊かれて一度でも要らないと答えてしまったら、その権利はもう返ってこないかもしれない、という考えが、私がいま選挙をさぼれない理由です。
もちろん、ヤン・ウェンリーが正しいかどうかは、作中の文章ですら「意見が分かれている」わけですから、何が正解という押し付けはありません。
ともかく『銀河英雄伝説』、様々なメディアミックスもありますが、まず小説版で間違いありません。1巻のみと言いながらここまで熱く書いてしまう作品の魅力が、今後も多くの方々に伝わっていけばいいと、ファンとして切に願います。