一歩ずつ。
さて、今回はハンカチなしに見てはいられない私自身のサクセスストーリー。
美容師になるキッカケや諸々
お話ししましょう。
需要は
ないな。
幼少期
とても怪しい見た目をしていたのでしょうか。
色白ではありましたがまだ今ほど怪しい感じは開花していませんでした。
出産予定日は平成6年6月6日。
…ダミアン
生まれる前から
怪しくね?なんかぁ〜怪しくね?
って巷で噂になってはいたというのはうそですが、
幼稚園の頃に
"〜に似てるね!!!"
みたいな有名人とかキャラクターとかに例えたり、よくありますね。
僕は今でも覚えています。
「シザーハンズに似てる!!!!!」
誰だ言ったの。
出てこい。
まだ5歳くらいだったろうに今でも鮮明に覚えてやがる。
かの有名なジョニーデップが演じた両手ハサミのヒトならざるモノ。
ちなみにジョニーデップと誕生日が一緒な私。
なにかしらのご縁でしょうか。
小学生になり、少年野球に入り、凄く凄く楽しくて中学で遠くの硬式野球のクラブチームに。
監督にお声がけいただいた大会直前に肘を痛めていることを言えず悪化。
剥離骨折二箇所により硬式球を持つことを断念。色々理由があって辞めることを決意。泣いた。
ハンカチ。ハンカチ。
中高軟式野球をやりながらも両親譲りのヤンチャ心に火がついてしまい、少し問題児に。
自身の病がぼちぼちと発覚してしまい、心ズタボロの好きに生きようとヒッピーになろうとする。
しかし、そんななかずっと続けていたのは
ハサミを持つこと。
友達の髪を切ったり、自分の髪を切ったり、いろんな色に染めたりと。
幼稚園の頃に言われたシザーハンズが頭から離れずに、いつしかハサミを持つことが使命感に感じていました。
高校二年生になり進路を決める時、
お世話になった血の研究に携わる、臨床検査技師になろうかとも悩みましたが、やはり天命。
ハサミを持つ。10本くらい持つ。
泣ける。
そんな無茶な目標を持って札幌に引っ越し専門学校で2年。
一年目はボチボチ。休むことはなくハサミを持つことだけが楽しく通う日々。
一年後半からカットに異常な興味を持つ。
それから卒業までコンテストに出まくり、たくさん切りまくり、たくさん勉強して見た。
本番にコケてしまい、次点入賞になり悔しくて悔しくて、次の大会でカットカラーダブル優勝。
死ぬほど泣ける。
その後のコンテストでまたコケて。
でも僕はコケ続ける人生でいたいともおもう。
技術職に一位も順位もないと思ってますから。
ずっと、"自分はまだまだだ"と思い続けて引退までずっと精進すべき仕事ですから。
最終章 就職
就職して2年弱でスタイリストになり、お店を三店舗経験して、オープンを二店舗経験。
波に乗るまでの経営術や流れを間近で感じたなかなか珍しい職歴をさせてもらい。
夢は明確に
日に日に明確に
一つの目標であったのが講師。
先日、札幌ベルエポック美容専門学校でコンテストの特別審査員と、カットのデモンストレーションの授業の依頼を頂いて、夢である。
生徒に教える側。の立場に少し触れさせてもらえました。
それはそれは死ぬほど楽しく。
心踊る経験でした。
まだまだ、やれるな。
もっと、やりたいな。
私を見て、
"美容師っていいな"
"なんかかっこいいな"
"幸せそうだな"
そう感じて欲しいです。
何故ならめちゃくちゃ私は美容師をしていて幸福だから。
ハンカチいらない…?
札幌美容室 ONTHE
若林蓮