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刹羅木劃人の星見棚

R.I.P. Inner Hell 【1:2:1 45分 紛争戦災台本】

2022.09.13 13:28

 場面転換が多いので、聞いてる側に伝わる様に間をしっかりとってください。

 目印として場面転換の間には【間】をト書きしてます

 終盤、銃声のSEが必須です。SEがない場合は、観客に台本を開くよう案内するなど工夫が必要かと思います。

 シナリオのあとがきに演者向け参考資料としてメモ書きがあります。観客に紹介する必要はありません。

 このシナリオはハッピーエンド版、OuterHeaven があります。

*********************************************

 理香、車を降りて伸びをする。

理香:「んーーっ!ふぅ。やっと着いた。ありがとね!おじさん」

鷲崎:兼ね役地元のおじさん「いいってことよ!通り道だったし、面白れぇ話も聞けた。頑張んなよ、嬢ちゃん」

理香:「うん!おじさんも道中気を付けてね」

 地元でヒッチハイクした車がアクセルと共に緩やかに加速し離れていく

理香:「うっし!今日からここが、私の戦場だ!」

 キャンプに入っていく

 少しの間

理香:「えーっと、あっ。こんにちはー!ごめんくださーい」

 施設の軒先で花壇のチューリップに水をやっていた鷲崎が理香に気づく

鷲崎:「やあ、立花さん!まってたよ」

理香:「鷲崎さん!お久しぶりです!」

鷲崎:「去年サークルの同窓会であって以来だね。あぁ、まずは卒業おめでとう、か」

理香:「ありがとうございます。おかげさまで」

鷲崎:「元気そうで何よりだ。長旅、疲れたろう?」

理香:「いえ、来る途中見るもの聞くもの、全部新鮮で勉強になりました」

鷲崎:「ははっ、頼りにしてるよ。改めまして、立花理香さん。ようこそ、キャンプRIP(リップ)へ。責任者の鷲崎孝也です。これからよろしくね。

鷲崎:小さい集落だけど、案内するよ。まずは僕らの生活するこの施設からだ」

理香:「わぁ!ここが」

鷲崎:「そう。僕らと子供たちの住んでるところ。僕らは単純にホームって呼んでる。奥が君の部屋だから、まずは荷物を置いてくるといい。

鷲崎:そのあとで、教室まで案内するよ。皆に紹介するからね」

理香:「はい。じゃあ、ちょっといってきます」

 荷物を置き終えて部屋を出る

 【間】

理香:「ふぅ、荷物もうちょっと減らしてもよかったかな。子供達が喜びそうだからっていろんな物持ってきすぎたかも。

理香:まいいや、さっそく教室の方に―っておっと!」

 部屋を出てすぐ廊下で少年とぶつかりそうになる

理香:「ごめんね!大丈夫?」

フーグァ:「ちっ」

 少年、睨み、舌打ちして過ぎ去っていく

理香:「っと。初対面で嫌われちゃったかなぁ。ううん!これからこれから!よし、教室に行って子供たちにご挨拶だ!」

 教室、教壇にて自己紹介の挨拶を終える理香

 【間】

理香:「それじゃあ自己紹介は以上です。みんな!これからよろしくね」

 拍手(SEで流すか、キャスト全員で拍手。4~5秒くらい)

鷲崎:「ではこの後はオズマ先生の算数の授業だ。立花先生とのお話は、その後でね」

 教室を出る理香と鷲崎。歩きながらロビーに出て立ち話。

鷲崎:「挨拶お疲れ様。言葉の発音もしっかりしてたし、子供たちもしっかり聞いてくれてたね」

理香:「英語とアフリカーンス語はなんとか。ズールー語とコサ語はまだ勉強中です」

鷲崎:「アフリカは言語も民族も多様だからね。子供たちに英語を教えはするけど、彼らの母語も大事にしてほしいんだ。言葉は人を作るからね」

理香:「はい!もちろんです。それと、鷲崎さん。さっき教室で紹介してもらった他に、目つきの鋭い男の子が居ると思うんですが―」

鷲崎:「あぁ、もう会ったのかい?ちょうどその子の話をしようと思ってたんだ。

鷲崎:彼はフーグァ。さっき教室で紹介したフリーデって子のお兄さんだ」

理香:「あぁ、あの利発そうな女の子の」

鷲崎:「彼は元少年兵なんだ。紛争に巻き込まれて銃を手に取り、悪い大人たちに惑わされて過ちを犯してしまった。

鷲崎:まあさっきの教室の中にもそういう子はいるし、この辺じゃ珍しくもないんだけど、彼の場合はちょっと特殊でね」

理香:「というと?」

鷲崎:「兵士としての才能が有りすぎたんだ。紛争が終わって保護されるまでの間に、正規兵よりも多くの戦果を挙げてしまった。

鷲崎:錯乱状態の彼を保護するために、特別に凄腕の兵士が用意されたほどにね。

鷲崎:薬物依存の後遺症も抜けきっていなくて、精神的にも他の子に比べて安定しているとは言えない。

理香:「戦果…」

鷲崎:「妹想いのいい子なんだ。あの二人は、他の家族も紛争で失って、もう血縁者はお互いだけ。

鷲崎:だから僕は、彼らを引き離したくない」

理香:「大丈夫です!覚悟はしてきましたから!そんなことで怯えたりしませんよ私!

理香:せっかく争いごとから離れられたんですから、みんなには幸せになってほしいです!」

鷲崎:「そうだね。僕もそう思って、この生き方を選んだ。立花さんみたいな若者が、後に続いてくれるのは、とても嬉しい」

理香:「私、経験もないし人間としてもまだまだ未熟です。でも、サークルの活動やOBの皆さんの活躍を見て、本気で、少しでも子供たちの涙を減らせたら、そのお手伝いが出来たらって、そう思ってここに来ることを決めたんです。

理香:綺麗事だって笑われたって、行動しなきゃ何も変わらないってことだけは、学んできましたから」

鷲崎:「あぁ、立花さんの言う通りだよ。でもね、覚えておいて。覚悟しているからって、何でも受け入れられるわけじゃない。

鷲崎:ここは紛争地帯から距離はあるけど、それでもいつ火の粉が降り注いでくるかは分からない。どんな悲劇が起こっても、誰のせいにもできないんだ。

鷲崎:まだ経験したことのない惨状や感情に備えることなんて、出来ないんだよ」

理香:「は、はい。」

鷲崎:「あーっと、ちょっと驚かせすぎちゃったかな、あはは。

鷲崎:さて、明日からは君にもたくさんのことをしてもらうよ。子供たちの教育はもちろん、生活基盤の改善や集落の他の住民たちとの関係構築。活動内容は様々だ」

理香:「はい!大学にいる時からこの日の為にたくさん勉強してきましたから!ついに子供たちの未来のために力を発揮できるんだって思うと、燃えてきます!!」

鷲崎:「うん、期待してるよ。ますは子供たちと仲良くなってあげてほしい。これからの僕らにも、彼らにも、大事なことだから」

理香:「任せてください!小さい子たちと仲良くなるの、得意なんです」

鷲崎:「今日の夕食は、君の歓迎会だ。その特技を遺憾なく発揮してくれ」

 夕方・理香歓迎会・子供らと歓談する理香

 【間】

フリーデ:「だからね、私とっても嬉しかったの!遂に女の先生が来たんだって、飛び跳ねちゃうくらいに!」

理香:「確かに、ここに来てる大人たちはそこそこ歳を重ねた男性ばかりだし、フリーデちゃんが聞きたい話は聞けないかもね」

フリーデ:「そうなの。アメリカや日本の女の子のおしゃれについてたっくさん聞きたいのに、タカヤ先生もオズマ先生もちっとも知らないんだもの」

鷲崎:「あっはっは、手厳しいなフリーデは」

理香:「そうね、お化粧道具だってたくさんあるし、流行や季節によっても変化があるから、おじ様には難しいのよ」

フリーデ:「そうなんだ。じゃあ、仕方ないのかな」

理香:「大丈夫!私がばっちり教えたげるから!」

フリーデ:「ほんと!?」

理香:「まっかせなさい!でもその前に、お勉強の方もしっかりしなきゃね」

フリーデ:「それは大丈夫よ。私、お勉強も大好きなの。みんなと一緒に新しいことをたくさん知ることが出来るんだもの。前までの生活に比べたら夢みたいだなって思うの。

フリーデ:でもね、今は他にも、自分が決めた夢があるの!しっかり勉強して賢くなって、いつか他の、平和な国で暮らしたい。兄さんと、二人で」

鷲崎:「フリーデは成績もいいし、何より外国への興味が強いからね。理由や目的があれば、人は努力を積み重ねられる。いつかきっと、その夢は叶うよ」

理香:「そうだ。お兄さんのこと、聞かせてほしいな。来た時に顔合わせたんだけど、お話できなくって」

フリーデ:「あっ、もしかして兄さん、失礼な態度とらなかった?ごめんねリカ先生」

理香:「ううん、そんなことないよ」

フリーデ:「兄さんはね、やさしいの。いつも家族のために動いてくれる人で、お父さんやお母さんのことも、私のことも深く思いやってくれる。

フリーデ:だから、両親を失った時も、とても悲しんでいた。泣いて泣いて、優しかった兄さんは、鬼になった」

理香:「鬼…?」

フリーデ:「でもわたしは、どんな兄さんでも愛してるわ。今は少し調子が悪いだけで、平和な国にいけば、争いごとから離れれば、きっと前みたいに笑って暮らせるって信じてるから」

理香:「うん――うん、そうよね。私も手伝うわ。二人が幸せに暮らせる未来が来るように」

フリーデ:「ありがと、リカ先生」

 歓迎会終了後・台所にて後片付け

 【間】

鷲崎:「わるいねぇ。立花さんの歓迎会なのに、後片付けまで手伝ってもらっちゃって」

理香:「いいんですよ。私が言い出したんですし。ところで鷲崎さん、その取り分けてある料理って」

鷲崎:「あぁ、フーグァは来なかったからね。部屋に持っていこうかと。いつもみんなが集まるところには顔を出さないんだ」

理香:「――それ、私が持って行っても?」

鷲崎:「大丈夫かい?話したとおり、彼は今まで想像もつかないような生き方をしてきた。無理に距離を縮めるより、時間をかけた方が良いこともある」

理香:「でも、初日に顔を合わせたのに自己紹介も無しなんて、寂しいですから」

鷲崎:「わかった。彼の部屋は。子供たちの宿舎の一番奥だ」

理香:「ありがとうございます」

鷲崎:「気を付けてね」

理香:「はい。いってきます」

 フーグァの部屋の前

 【間】

 ノック音

理香:「こんばんは。まだ起きてるかな?朝すれ違ったの、覚えてる?今日からここでお世話になる、立花理香です。夕食持ってきたから開けてくれないかな」

 返事がない

理香:「フーグァ君?もしもーし」

フーグァ:「要らない。そんな気分じゃない」

理香:「あ、よかった、起きてた。おなかすいてない?」

フーグァ:「俺にかかわるな。帰れ」

理香:「でも、せっかくだからちゃんと顔を見て挨拶を」

フーグァ:「かかわるなって!言ってるんだ!!」

理香:「っ――ごめんね。ごはん、袋に入れてドアノブにかけとくね。おやすみ」

 立ち去る理香

 翌日・理香の授業後

 【間】

理香:「じゃ、今日の授業はここまで!分からないとこがあったら、じゃんじゃん聞いてね」

フリーデ:「リカ先生」

理香:「フリーデちゃん!さっそく先生に質問とは、熱心だねぇ」

フリーデ:「いや、そうじゃなくて。ちょっと外に、いい?」

理香:「え?う、うん」

 教室の外・中庭のベンチ

理香:「ふぅ、今日も天気いいねぇ。中庭の花壇も綺麗だし、心が洗われるみたい」

フリーデ:「タカヤ先生が教えてくれて、土や種も持ち込んでくれたの。チューリップってお花なんだって。毎日お世話するのもとっても楽しいわ」

理香:「私もお花大好き!見てるだけで、心が華やぐよね。―それで、話ってなにかな?」

フリーデ:「昨日、兄さんの部屋に行ったでしょ?隣の部屋の子から、大きい声がしたって」

理香:「あー、うん。そうなの。ちゃんと挨拶しておきたかったんだけど」

フリーデ:「ごめんなさい!」

理香:「え?」

フリーデ:「昨日言ったことは嘘じゃないの。本当にやさしいひとなのよ。

フリーデ:でも、今は戦争の後遺症でうまく人と関われないの。他人との距離が近いのを嫌がったり、音に敏感だったり」

理香:「鷲崎さんに、少しだけ聞いた。妹想いのいい子だけど、戦争のせいで傷ついた心と体がまだ治ってないんだって」

フリーデ:「私やタカヤ先生と話す時はまだいくらか落ち着いてくれるのだけど、他の人には全然だめで。

フリーデ:でも、私兄さんの為に何とかしてあげたいの。兄さんがあんな風になったのは、私を守るためでもあるから。それに、私の夢の為にも」

理香:「戦争のない平和な国で、二人で暮らしたいっていう夢だね」

フリーデ:「だからね、昨日怖い思いをしたばかりで申し訳ないのだけど、もう一度兄さんと話をしてほしいの。私達の知らない、平和な暮らしっていうのを、兄さんに伝えてほしいの」

理香:「うん――もちろんだよ!私はその為に、ここに来たんだもの」

フリーデ:「兄さんは、村はずれの小高い丘の上で夕方までずっと一人でいるの。周りに人がいると、落ち着かないみたいで」

理香:「いいよ。行こう。理香先生にまかせなさい!」

 村はずれの丘の上

 【間】

フリーデ:「はっ、んしょっと、、ふぅ、着いた。兄さん!」

フーグァ:「フリーデか。また授業にでていたのか?あんなの受けなくてもいいっていつも――

フーグァ:っ!その女は」

フリーデ:「昨日会ってるでしょ。新しく来た先生よ。リカ先生。ニホンから来たの」

理香:「こんにちは!昨日の夜はごめんね。急に部屋を訪ねちゃって」

フーグァ:「かかわるなって言ったはずだ」

フリーデ:「大丈夫よ兄さん。私も居るし、これ以上近づかないわ。ごめんなさい先生。兄さんの為にも、少し遠いけど、ここからお話してくれる?」

フーグァ:「話すことなんてない!フリーデからも離れろ!俺からこれ以上!何も奪うなっ!!」

理香:「奪ったりなんてしないよ。私は君たちが幸せで平和に暮らせるように―」

フーグァ:「それを奪うっていうんだ!!フリーデに変な妄想を吹き込んで、連れ去ろうっていうんだ。人さらいとどこが違うんだ」

フリーデ:「違うわ兄さん。世界には、戦争のない平和な国があって、勉強して仕事ができるようになれば、そこで暮らせるようになるの。だから」

フーグァ:「そんなの信じられるわけないだろ。ある日突然現れて、勝手に施しを押し付けて、想像もつかない世界で生きていけるようになれなんて、納得できるわけないだろ!」

理香:「だ、だからね、そういう世界のこと、あなたに知ってほしくてここに来たの。フリーデちゃんと、皆と一緒に授業を受けて、少しづつでいいから私たちのことを――」

フーグァ:「そういうあんたは、俺たちの世界について、どれだけ知ってるんだ」

理香:「え?」

フーグァ:「みんなと一緒に?無理だ。このキャンプに来るまでずっと、銃とナイフを持って走り回って、人を殺して生きてきた。

フーグァ:密林を走ってる時、目の前の木の後ろに敵兵が居た時に跳ねる心臓がどんなものかわかるか?街角で出合い頭にナイフを振るう手の震えがわかるか?

フーグァ:周りにいるのは常に命を脅かす敵で、気を抜いていい瞬間なんてなかった。殺さなければ殺される。一瞬の判断の遅れが死につながる。

フーグァ:手が届く範囲に、銃の射線が通る場所に他人が居るというだけで落ち着かない僕の気持ちがわかるか!」

理香:「そ、れは」

フーグァ:「最初にここに来た頃、食事の時間が恐ろしかった。すぐ隣に、フォークを持ってる知らない他人が座ってる。僕は自分のフォークで隣の子の喉を突くのを我慢するので精一杯だった。

フーグァ:ペンだってそうだ。目玉を抉るのには十分すぎる。それをみんなに配って、勉強がどうだとか普通の暮らしがどうだとか言い始めた海の向こうから来た大人たちを、なんで信じられる?」

理香:「でも、戦場で生きていくよりも、今の方がよっぽど―」

フーグァ:「あんたの国では、人殺しはないのか?」

理香:「っ!」

フーグァ:「あんたの国では、みんな幸せなのか?」

理香:「えっ、と」

フーグァ:「聞いたよ。あんたの国では殺しは法で禁じられてて、重く罰される。

フーグァ:でも殺人はなくならないし、自分で命を絶つ人だって大勢いる。どこの国でも殺しはダメなことだけど、平和に暮らしていたってテロに巻き込まれて大勢死ぬ。

フーグァ:でも、仕返しで殺すのはやっぱりやっちゃいけないことで、許されない。それでホントに平和って、幸せだって言えるの?」

理香:「でも、この国に比べたら―」

フーグァ:「俺はこの国に居れば、生きていける。人を殺して金を稼いでいれば、妹と二人生きていく分は食べ物を買える。この4年、そうやって生きてきた。妹と、この地獄を生き抜くために」

理香:「そんな…」

フリーデ:「でも、私はもう兄さんに、悲しい思いをしてほしくない。人を傷つけて、その分兄さんだって傷ついてる。

フリーデ:だから、一緒に戦争のない国に―」

フーグァ:「そこで生きていける保証は?それまでそいつらが責任を持って守ってくれる確証は?この世界にはそんなものは無い。無いんだよフリーデ。俺はこの4年で嫌というほど味わった。

フーグァ:お前もそうだろう?突然父さんと母さんが殺されて犯されたあの日に、思い知ったはずだ」

フリーデ:「兄さん…」

フーグァ:「わかったら、これ以上俺にかかわるな。俺が今ここに居るのは。生きるのに都合がよくて、フリーデが安全に暮らせるからだ。

フーグァ:だから、あんたの考える幸せを押し付けないでくれ。

フーグァ:俺から戦場を、妹を、奪わないでくれ」

理香:「っ――」

 立ち去るフーグァ・立ち尽くす理香とフリーデ

フリーデ:「あっ、兄さん!――はぁ。ごめんなさい、リカ先生」

理香:「ううん、私の方こそ、ごめんね。うまく、言えなくて」

フリーデ:「――兄さんね、本当はここじゃなくて、別の施設に入る予定だったの。薬物の後遺症がある子供が入る、治療ができるようなちゃんとした施設。

フリーデ:でも、タカヤ先生が手配してくれて、二人でここに住めるようになったの。本当に嬉しかった。兄さんも私も、一緒にいるためなら、本当に何でもするつもりだったから」

理香:「鷲崎先生も言ってた。二人を引き離したくないって」

フリーデ:「本当に感謝してる。だから、私はこの奇蹟を手放したくない。何があっても、兄さんと一緒に生きていきたい。出来れば、平和な場所で」

理香:「そう、だよね。うん。先生も、そうしてあげたい」

フリーデ:「――ねぇ、先生にお願いがあるの」

理香:「なに?」

フリーデ:「今日のことで、兄さんのことを嫌いになっちゃったかもしれないけど、また兄さんに話してあげてほしいの。争いのない、平和な世界のこと。

フリーデ:それと、もし、私が兄さんと離れることがあったら、私の代わりに兄さんの手をとってほしいの。

理香:「え?」

フリーデ:「誰かが引き留めてないと、兄さんすぐにどこかへ行っちゃうから」

理香:「それって、戦場、ってこと?」

フリーデ:「それも含めて、手の届かない所全部」

理香:「うん――うん!まかせて!約束する。二人が幸せに暮らせるように、私、全力で頑張るから!

理香:うっし!んじゃ、帰ろうか。ホームに。」

フリーデ:「うん!」

 一ヶ月後・フーグァの誕生日・夕方・ホームの廊下を歩く兄妹

 【間】

フリーデ:「兄さん!はやくはやく!」

フーグァ:「ま、まてフリーデ。どこに行くんだ」

フリーデ:「いいからいいから!

フリーデ:ねぇ兄さん。リカ先生とお話してもうすぐひと月経つけど、その後どう?」

フーグァ:「――あの新人なら、しつこいくらいに纏わりついてくるよ。

フーグァ:こっちがキレるぎりぎりのところまで、毎日毎日な」

フリーデ:「ふふっ。そっか。私達のこと、真剣に向き合ってくれてるんだね」

フーグァ:「鬱陶しくて仕方ない」

フリーデ:「でもね、先生、約束してくれたよ。私達が幸せに暮らせるように頑張ってくれるって。

フリーデ:タカヤ先生は私たちのこと、ちゃんと見守ってくれてる。

フリーデ:でも、他の先生もそうだけど、兄さんのことはそっとしておいた方が良いって、深くかかわろうとはしなかった」

フーグァ:「俺はそれでいい。いつカッとなって殺してしまうかも分からないしな」

フリーデ:「でも、リカ先生は違う。私達に寄り添ってくれてる。私の夢を、応援してくれる」

フーグァ:「そんなこと、頑張らなくてもいいんだ。いつかここに居られなくなっても、俺が戦場に出れば―」

フリーデ:「兄さんには、本当に感謝してる。私の為に地獄を見て、兄さんの世界は変わってしまった。

フリーデ:でもね、私兄さんと一緒に生きたいの。ずっと一緒に」

フーグァ:「当たり前だ。約束しただろ。ずっと傍に居るって」

フリーデ:「うん。だから、兄さんと私が、お互いに住む世界が違うっていうなら、二人で一緒に新しい世界に行ってみたいの。

フリーデ:私は兄さんと平和な世界で暮らしたい。ただ生きていられる以上の幸せを、掴んでみたい」

フーグァ:「たた、生きていられる以上の――」

フリーデ:「だから、リカ先生の言葉、聞いてみて?ね?」

フーグァ:「……」

フリーデ:「さ!着いたわ」

フーグァ:「食堂?この飾りつけは――みんな揃って一体何を」

フリーデ:「さぁ、兄さんはこの席よ」

フーグァ:「?」

フリーデ:「先生!」

 理香、火のついた蝋燭の立ったケーキを持ってキッチンから出てくる

フーグァ:「っ!」

 理香、鷲崎、フリーデでバースデーソング歌う。

フリーデ:「せーのっ」

三人:「ハーッピバースデートゥーユー。ハーッピバースデートゥーユー。ハーッピバースデーディアフーグァ。ハーッピバースデートゥーユー」

 拍手しながら

鷲崎:「おめでとう」

理香:「おめでとっ!」

フリーデ:「おめでとう兄さん!」

フーグァ:「こ、れは」

 拍手終わり

フリーデ:「今日は兄さんの誕生日よ!忘れてたでしょ?もう何年もお祝い出来てなかったから」

鷲崎:「僕らの国ではね、こうしてパーティを開いてお祝いするんだ。君は迷惑に思うかもしれないけど、立花先生の発案でね」

理香:「前はあんな風に言われちゃったけど、それでも君に、知ってほしいの。

理香:人を殺さなくて済む暮らしが、確かにあるんだってこと。そしてフリーデちゃんが何よりも願ってるのは、フーグァ君と一緒にその夢をかなえることなんだってことを」

フーグァ:「――っ。フリーデ」

理香:「こうやってみんなでケーキを囲んで、部屋を飾って、お祝いをする。そういうことを、少しづつでも知っていってほしいの。

理香:私も、君たちのこと、もっと聞いて知っていきたい。だから―」

フーグァ:「今日だけ」

理香:「え?」

フーグァ:「今日だけは、とりあえず、聞いてもいい」

理香:「っ!――ありがとう!!」

フリーデ:「兄さん!大好き!!」

フーグァ:「おいフリーデ。急に抱き着いたら机の上のもの、零れちゃうぞ」

フリーデ:「えへへ」

理香:「ふふっ。実はね、こういう時のためにいろいろ荷物持ってきたの。

理香:あらためて、お誕生日おめでとう!」

 パーティ用クラッカーを鳴らす。SEか理香役の方が一拍手ならしてください

フーグァ:「うっ――ううぅ」

理香:「びっくりした?こういう小道具は飾り付けと一緒でお祝い事を盛り上げるのにうってつけで―」

鷲崎:「っ!しまった。フーグァ、だいじょ―」

フーグァ:「うあああああああぁああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああ」

 以降フーグァの発狂、絶叫はずっと続けて、他の方は被せるようにセリフを言う

理香:「っ!」

フリーデ:「兄さん落ち着いて!」

フーグァ:「うっ、うあぁぁぁぁぁあ!

フーグァ:敵、敵は、どこだっ。どこだぁああ!」

 フーグァ、暴れまわりケーキやグラスを床にぶちまける

鷲崎:「フーグァ大丈夫だ!ここは戦場じゃない!立花さん、他の子を連れて別室へ」

理香:「えっ、あっ」

鷲崎:「早く!!」

理香:「っ!はい!」

フリーデ:「兄さん!兄さん!!」

フーグァ:「くっ!っぁああああああ!うああああああああああああああ!」

 ほかの子供たちと部屋を後にする理香

 長めの間。絶叫の余韻に浸れるくらい。

 二時間後・部屋の片づけをする理香のもとに怪我をした鷲崎が戻ってくる

 【間】

鷲崎:「あぁ、立花さん。先に片づけを始めててくれたんだね」

理香:「鷲崎さん!その腕…」

鷲崎:「なに、かすり傷だよ」

理香:「フーグァの様子は?」

鷲崎:「少し落ち着きを取り戻したけど、まだ安心とは言えない。今はフリーデがついている。

鷲崎:ここはカウンセラーが常駐してないから、今は下手に僕らが傍にいるより、二人だけの方が良い」

理香:「――その、やっぱり私のせいでしょうか」

鷲崎:「いや、僕が事前によく確認すべきだった。

鷲崎:―あれが後遺症だよ。クラッカーの音が銃声に聞こえてしまって、いろいろフラッシュバックしてしまったんだろうね。

鷲崎:ロウソクの火も、避けた方がよかったかもしれない。火は、人の心にいろんな物を焼き付ける。特に戦場ではね。」

理香:「っ――」

鷲崎:「これが、彼の心が抱える傷。これを乗り越えなければ、彼はこの国での当たり前の暮らしにさえ戻れない。

鷲崎:まして他国での生活となると、厳しい壁を乗り越える必要がある」

理香:「すみません」

鷲崎:「僕には謝る必要ないよ。君はまだ若い。失敗を積み重ね、受け止めて、それでも前を向いて進んでいく。それは若者の特権だ。

鷲崎:だから、これからもっと知っていけばいい。彼らのことを」

 間

理香:「フーグァに言われたんです。僕から戦場を、妹を奪うなって」

鷲崎:「そっか」

理香:「貧困に喘ぐ子供たちは、みんなこんな暮らしから抜け出したがっていると決めつけてました。日本にいる間に見えるのは、そういう救われたがっている子供たちだったから。

理香:私、一人でも多くの命を助けるお手伝いが出来たらって、そう思ってここに来たんです。

理香:それは嘘じゃないはずなのに、なのにわたし…」

鷲崎:「他人を助けたいという意志は、尊いものだと思う。それと同時に、とても気持ちのいいことなんだ。悪い意味でね」

理香:「悪い、意味?」

鷲崎:「優越感、という言葉で一括りにするのは良くないと思うけど、ある種の全能感が心に芽生えるんだ。承認欲求の延長にあるものかもしれない。他人を助けて、感謝されたいと、心のどこかでそう思ってしまう」

理香:「私そんなつもりじゃ!」

鷲崎:「分かってるよ。言ったろ?尊いことだって。でも、人はどこかで充足や見返りを求めてしまう。それが普通なんだ。何も悪いことじゃない。

鷲崎:でもだからこそ、他人を救うというのは、見様(みよう)によってはとても傲慢で、難しいことなんだ。僕らは漫画やアニメのヒーローじゃないからね」

理香:「それでも、鷲崎さんはもうこの活動に従事して長いですよね?

理香:なんで、続けてこられたんですか?」

鷲崎:「――そう言えば、このキャンプRIPの名前の由来をまだ教えてなかったね」

理香:「え?あっ、はい。なにかの頭文字、とかですか?」

鷲崎:「DDRは勉強したかい?」

理香:「えっと、少年兵の社会復帰プロセス、でしたっけ」

鷲崎:「そう。武装解除、動員解除、社会再統合。それぞれの英単語の頭文字をとってDDR。

鷲崎:Rはそこから。Iは自立。Independence(インディペンデンス)は、有名な映画のタイトルとかで聞いたこともあるだろ?

鷲崎:Pはplace(プレイス)。そのまんま場所って意味だ」

理香:「子供たちの社会復帰、自立のための場所、ってことですね」

鷲崎:「そしてR.I.P.(アールアイピー)、死者の冥福を祈るという意味もある」

理香:「死者って…」

鷲崎:「もちろん、救えなかった子供たちや、ここに来た子供たちの家族にむけて、だよ。

鷲崎:本当は彼らの両親だって、自分の子供が成長していくのを見守っていたかったはずなんだ。死にゆく彼らが、残していく子らを想う気持ちがどれだけ悲痛なものだったか…」

理香:「……」

鷲崎:「もちろん、そっちの意味は子供たちには伏せてある。これは、僕ら大人が肝に銘じておけばいい話だからね」

理香:「はい。――鷲崎さんは、助けられない子供たちのことまで考えてるんですね」

鷲崎:「少年兵だけでも数十万、貧困に喘(あえ)ぐ国民はもっと大勢いる。子供は未来そのものなのに、容易く消費されていく現実がここにはある。

鷲崎:今日もどこかで、命を落とす誰かが居るんだ。だから僕は、『今日もどこかで、笑っている誰かが居るんだ』と思いたくて、ここに居る」

理香:「今日も、どこかで――。私なんて、目の前の手が届く子さえ助けてあげられない」

鷲崎:「フーグァの件は、まぁ仕方ないよ。誰も悪くはないんだ。

鷲崎:世の中の悲劇すべてに、悪意が潜んでいるなんてことはない。善意から始まったことが、悲しい結果をもたらすことだってあるんだ。

鷲崎:それにね。フーグァも、本当は救われたがっているのかもしれない」

理香:「え?でも、彼は戦場に帰りたいって」

鷲崎:「確かに、彼は兵士として優秀で、そこで食いつないでいけるのは事実だろう。

鷲崎:フーグァには人殺しの才能があって、この国にはそれを求める需要もあって、彼にはそうして生きてきた実績がある。妹を守って来られたという事実がね。

鷲崎:おまけに彼にとって外国、海の向こうの世界なんてのは、僕らにとっては天国や地獄の話をするのと一緒なんだろう。

鷲崎:冥福を祈る、なんて話をしたけど、死後の世界なんてものは誰も知らない。

鷲崎:どれだけ天国が素晴らしいところか力説されても、そんなものが本当にあるのかなんて死んでみないと分からない

鷲崎:だから、そんなところで平和に生きていけるなんて言われても信じられない。これも、嘘じゃない」

理香:「そうなんでしょうね。だから、フリーデちゃんに妄想を吹き込むなって言われました」

鷲崎:「妄想か。そうだね、僕らの善意は、彼にとっては悪質な宗教勧誘みたいなものなのかもしれない。

鷲崎:でも、前も言ったとおり、彼は優しい子だよ。だから人を殺めてしまった罪を、ちゃんと心に抱えている」

理香:「本当は救われたいけど、過ちを犯した自分が幸せを望むのは間違ってるって、彼自身がそう思ってるってことですか」

鷲崎:「自覚があるのか無自覚なのかは、わからないけどね」

理香:「そんなのっ――悲しすぎます」

鷲崎:「そうだね。だから僕は、悲しくなくするために、彼らに寄り添っていてあげたい。

鷲崎:「彼らにはまだ、この先の未来がある。可能性という言葉は、良い意味も悪い意味も含む言葉だけど、彼らがいつか、それを前向きに口にできるように僕は彼らの手を握っていたい」

理香:「私も、そうできるでしょうか?私の気持ちは、彼に届くでしょうか?」

鷲崎:「届く、というより押し付けるの方が正しいのかもしれない。僕らが彼らに手を差し伸べるのは、エゴの押し売りなんだ。

鷲崎:あとは彼らが、その手を取ってくれるかどうか。助けてあげるんじゃなくて、助けさせてもらってるんだよ、僕らは」

理香:「っ――私、なんだか自分が急に恥ずかしくなってきました」

鷲崎:「いいんだよ。言ったろ?若者の特権だって。僕ら年寄りの言葉が、その踏み台になってくれるなら、こんなに嬉しいことはないよ」

理香:「踏み台だなんてそんなっ!鷲崎さんの言葉、すごく胸に響きました。私、忘れません!」

鷲崎:ありがとう。ただ、フーグァについてはすぐに言葉をかけるべきか、時間を置くべきか、僕にも正解は分からない。

鷲崎:君自身が、後悔のないように選んでくれ」

理香:「選ぶ――」

 理香モノローグ

理香:フーグァとの接し方。私は、どうすべきだろうか。私は―

理香:「今日は、部屋に戻ります。自分の気持ちも整理して、また改めて彼と向き合います

鷲崎:「そうかい」

理香:「だから、いつか聞かせてください。彼らのことや、鷲崎さんがこれまで見てきた子供たちのこと」

鷲崎:「もちろん。時間は、若者の味方だ。あとはやっておくから、立花さんは部屋に戻っていいよ」

理香:「はい。ありがとうございます。おやすみなさい」

鷲崎:「うん。おやすみ」

 深夜・理香の部屋

 【間】

 激しくドアを叩く音

鷲崎:「立花さん!立花さん!」

 理香、目を覚ましドアを開ける

理香:「鷲崎さん、こんな夜中にどうしたんですか?」

 遠くで爆発音

理香:「!」

鷲崎:「落ち着いて聞いてくれ。キャンプから少し離れたところで戦闘が始まった」

理香:「え?」

鷲崎:「大丈夫。爆発音も聞こえるし火の手も見えるけど、ここが目的なわけじゃない。

鷲崎:逃げるための時間は充分にある。慌てず、子供たちを起こして、西にある市街地まで避難する。

鷲崎:そこまでいけば、政府軍に保護してもらえる」

理香:「わ、わかりました」

鷲崎:「僕とオズマ先生はキャンプの入り口に車を手配するから、君は子供たちを頼むよ」

理香:「はい!」

 理香、子供たちの宿舎へ走る

理香:「はっ、はっ、はっ、はっ――」

 理香、子供たちの部屋を順に回り、施設入り口へ向かうよう誘導

理香:「みんな!起きて!!夜中にごめんね。何も聞かずに、キャンプの入り口まで向かって。鷲崎先生とオズマ先生が待ってるから」

理香:「慌てなくていいからね。でも、なるべく急いで」

理香:「荷物はいいの。さあ、靴を履いて?こけないようにね!」

 最奥のフーグァの部屋以外を周り終える理香

理香:「ふっ。あとは、一番奥の、フーグァの部屋だけ」

 フーグァの部屋を開ける

理香:「フーグァ!フリーデ!今すぐ外に―っ!フリーデ!?」

フリーデ:「先生っ兄さんが!兄さんが!!」

理香:「っ!まさか、戦場に?」

フリーデ:「行かなきゃっ」

理香:「ダメよ!さあ、鷲崎先生のところへ行こう」

フリーデ:「でも兄さんが!」

理香:「フーグァは必ず私が連れて帰るから!今は自分の身を守ることを考えなきゃ。ね?」

フリーデ:「リカ先生。私、嫌な予感がするの。もう兄さんに、会えなくなるような」

理香:「不安になるのはわかるよ。私も、今凄く不安だもの。

理香:でも、フリーデを連れてフーグァを追いかけるわけにはいかないの。

理香:あなたを危ないところに連れていくことを、誰よりもフーグァが望んでないから」

フリーデ:「リカ先生」

理香:「大丈夫。必ずフーグァの手を取って、二人で帰ってくるから。だからフリーデは、鷲崎先生と待ってて」

フリーデ:「・・・・うん」

 理香、フリーデをつれてキャンプ入り口に走る。トラックの傍で合流。

 エンジン音がうるさく子供たちも騒がしい。

フリーデ:「はっ、はっ、はっ」(理香の走る息遣いと被せて)

理香:「はっ、はっ、はっ、はっ――鷲崎さん!子供たちは!」

鷲崎:「立花さん!あとはフーグァとフリーデだけだ!」

理香:「フリーデはここに。フーグァは――」

鷲崎:「っ!まさか」

理香:「私、迎えに行ってきます!」

 走りだそうとする理香の腕をつかんで止める鷲崎

鷲崎:「待って立花さん!僕が残るから、君は子供たちを連れて街へ―」

理香:「ダメです!彼を追うなら今すぐ追いかけないと。それに、子供たちには鷲崎さんが必要です」

鷲崎:「こんな大事な決断をそんなふうに急いじゃだめだよ」

理香:「迷ってる時間なんてありません!子供は未来なんですよね?目の前でそれを失うなんて私には―」

鷲崎:「君だって未来だ!!若者が僕らを置いて死にゆくなんて、あっちゃいけない!」

理香:「っ――。それでも、ごめんなさい。約束したんです。だから!」

 理香、腕を振り払い走りだす

鷲崎:「立花さん!!くそっ!僕はっ――

鷲崎:オズマ先生!子供たちを頼みます!フリーデも早く車に――フリーデ?

 【間】

 闇夜を照らす戦火と耳朶を震わす破裂音を頼りに、戦場へと駆ける理香

 1~2キロ程度走っており、その間に雨が降り始める

理香:「はっ、はっ、はっ、はっ――」

 鬱蒼とした森林地帯中心部の木々が燃えているのが見て取れる

 その森の入り口、まだ火の手が回ってきていない場所で子供の足跡を見つける理香

理香:「っ!子供の、足跡。はぁ、はぁ。っ!!」

 意を決して、森の中へ入る理香。足場も悪く、走ることは出来ない。

理香:「どこ?どこなのフーグァ。っ!」

 少し進むと、銃声と怒号が聞こえてくる

フーグァ:「どこだっ!敵は!どこだぁあぁぁぁああぁ」

 燃え盛る木々の中で発狂するフーグァ。周囲には戦闘していた両軍の兵士の死体

理香:「フーグァ!よかった無事で―」

フーグァ:「っっ!」

 理香に向けて発砲。近くの樹木に着弾

理香:「きゃっ!フーグァ!私よ!分からないの!?」

フーグァ:「近づく、やつは、みんなっ敵だっ!俺からっ家族を!奪うなァ!!」

理香:「フーグァ!落ち着いて!みんなのところに、ホームに帰ろう!フリーデが待って――

理香:っ!フリーデ!待って!来ちゃダメっ!!」

フリーデ:「兄さ」

 密林に木霊する銃声

理香:「そ、んな」

フーグァ:「なんで――」

 フリーデの遺体によろよろと歩み寄り、傍で膝をつくフーグァ

 茫然と、動けないままそれを見つめる理香

 フリーデの遺体を抱きかかえるフーグァ

フーグァ:「俺が?俺が、死なせたのか?俺が、殺したのか?俺が、おれ、が―――」

フーグァ:「クっ――クハっ――くはははははははっははははははははは!」

理香:「フーグァ?」

フーグァ:「あ、あぁ、っ――あ。ぅぁぁぁああああああああああああああああっ!あああああああああああああああああ!!!!」

 間。絶叫が、草木を燃やす炎とぽつぽつと降り注ぐ雨に包まれた森を木霊するイメージの間。

 フーグァ、徐に自分のこめかみに銃口をあてる

理香:「待って――お願いまって。約束したの――やくそく、だから、おねがい――まっ」

フーグァ:「待ってろフリーデ。兄さんは、ずっと一緒、だからな」

 銃声

理香:「あ、あぁ、っ―なんで、こんな。

理香:うっ、うぁぁぁああああああああああああああああっ!

 【間】

 9時間後・都市部・難民収容キャンプ

 フリーデを追いかけてきた鷲崎に保護され、街に移動した理香

 オズマと立ち話をする鷲崎

鷲崎:「はい。市街地に入る時に、避難受け入れの交渉と確認は済んでます。オズマ先生は子供たちを。ええ。

鷲崎:食料も、僅かですが分けてもらえるそうです。僕は彼女のところへ。はい。お願いします」

 建物の隅で無気力に座り込む理香のもとへ歩み寄る鷲崎

鷲崎:「……」

理香:「鷲崎さん、私、約束してたんです。フリーデと」

鷲崎:「うん」

理香:「二人とも、一緒に、幸せな暮らしを」

鷲崎:「うん」

理香:「なのにわたし――こんなことになるなんて、こんな結末になるなんて」

鷲崎:「うん。いつだって、思い通りにはいかない。

鷲崎:厳しいことを言うけれど、こんな悲しい出来事が、この先また起こるかもしれない」

理香:「鷲崎さんは、これまでも、あったんですか?」

鷲崎:「――うん」

理香:「それでも、続けていくんですか?こんな悲しみばかりが、待ってるかもしれないのに?」

鷲崎:「そう、だね。みんな自分が死んだ後の、100年後の未来なんて、ホントはどうだっていいのかもしれない。

鷲崎:それでも、今自分が立っているここが、そこと地続きだって思えるから、僕は彼らに笑顔で居てほしい。

鷲崎:哀しみや怒りが連鎖するように、喜びや愛情だって、繋がっていくと信じたいから。

鷲崎:でも、それを君にも強いることはできない。ここを離れるか、立ち上がるか、選ぶのは君自身だ」

理香:「わたし――わたし、は―――」

 半年後・日本

 理香モノローグ

理香:私は、立ち上がれなかった。

理香:キャンプに着いたあの頃に抱いていた想いはすっかり鳴りを潜め、気力は消え失せた。

理香:あの惨状が、心に焼き付いてしまった。

理香:地獄は死後ではなく、私たちの生きるこの世界にあるんだと、思い知った。

理香:私に出来るのは、せめて彼らの冥福を祈ることくらい。

理香:私は約束を守れず、彼らは手の届かない所へいってしまった。

理香:だからせめて、この想いだけでも届いてほしいと、祈る様に涙を零す。

理香:鷲崎さんの言葉が、頭から離れない。

理香:『今日もどこかで、命を落とす誰かが居る』

理香:フーグァにとってのフリーデが、フリーデにとってのフーグァが、あるいは、二人ともが。

理香:今日もどこかで、悲しい結末を迎える。

理香:今日も、どこかで。

 終劇

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 参考設定

 前読みでここまで目を通していただいた方、ありがとうございます。

 そんなもんいらねって方は以下読まなくて結構です

 演じる上での材料足んねーよ作者ァ!って方向けです

 本当は台本に書き込むか迷ったのですがキャラ詳細だと文字数足りないので。

 

 鷲崎の過去

 かつて自分をこの道に導いた師匠的存在(女性)を紛争で失っています。同じように子供を助けようとして戦場に赴き、子供の身代わりになって命を落としています。

 理香を追うか否かの逡巡、「くそっ!僕はっ――」に続くセリフは「また同じ過ちを繰り返すのか」

 今現在の判断の他にそういう過去のトラウマ経験が脳裏をよぎっています。そのせいでフリーデが理香の後を追いかけたことに気づけなかった。

 鷲崎の未来や子供を想うセリフの根底にあるのはこの師匠からの教えだったりします。

 フーグァ離脱後の視点

 最終局面で起きた戦闘は政府が雇った民間軍事会社(PMC)と反政府組織との衝突。

 PMCに対して資金力がない反政府組織は真っ向勝負すると勝てないので地の利がある密林地帯でのゲリラ戦法にて夜中に奇襲を決行。

 PMC側は格下相手に被害を出す現状にしびれを切らし、反政府組織をあぶりだすために森を焼く作戦を決行。森から出たところを狙い撃ちという作戦。

 ただ、森を出て待ち伏せをしようとする前にフーグァの襲撃を受け十数名が死亡。視界の悪さと暗闇を利用しフーグァはPMCの兵士を奇襲。

 部屋にあった食事用のナイフでまず一人殺し、その装備(コンバットナイフと自動拳銃)を奪取して次を殺し、使った装備を棄てて新しい死体からまた装備を奪う、というのを繰り返します。

 火に炙られて逃げてきた反政府軍もその装備で一方的に皆殺し。合計で二十数名の死体の山と燃え盛る森の中でコンバットハイ(戦闘時の異常興奮)を併発し症状が悪化している。

 他人を認識する能力や理性がない一方で、視界に動くものが映れば瞬時に反応し引き金を引く反射力は向上している。

 これは子供であるフーグァが戦場を生き延びるために体得した生存戦略であり、そうしなければ自分が死んでいた、という生存のための適応です。

 その為フリーデを誤射。撃った後に、自分が何をしてしまったか気づく。

 飛び出した経緯については、理香のクラッカーのせいで精神が不安定になっており、目と耳に本物の戦争の情報が入ってきたので殺る気スイッチが入ったからです。

 眼前には護るべき妹、近づく争いの足音。彼は一刻も早く敵を根絶やしにせねば、という強迫観念に駆られ、部屋を飛び出します。

 理香のクラッカーがなければ、もう少し落ち着いていてこうはならなかったかもしれませんね。

 現地について

 キャンプ周辺はぽつぽつ草木が生えているくらいの砂地、荒野です。西の市街地まで2~30キロくらい

 アフリカーンス語でフリーデは平和、フーグァは守護、という意味です。ただ本来の発音は難しく作劇上不都合なのでそれっぽいカタカナ表記にしています。

 作者も「すまねぇ。アフリカーンス語はさっぱりなんだ」状態なので発音に関してはふんわりと。

 作中は教育面を主に描いていますが、物資運搬や井戸水の整備など、生活基盤向上に関する業務も行っています。

 南アフリカ(南ア)は多種多様な民族、言語が存在し、黒人として弾圧されたり他国の利権争いに巻き込まれたりで現在も争いが絶えない場所です。

 もともとその違いさえ曖昧な部族間で、戦争の時にあっち側に着いたから上下関係が出来て、軋轢が生まれ、戦争が終わっても当人たちの憎悪は土地に、人の心にへばりついて消えない。

 そんな悲しみが折り重なって歴史になってしまった地域です。

 殺し屋がカッコよく描かれる作品は枚挙に暇がありませんし、私も現地の惨状をこの目で見たわけではありませんが

 フリーデやフーグァのような、唐突で、無残で、ドラマチックな情景なんて何もないまま吹けばとぶ綿毛のように命が消費される地獄はきっとあるんだろうと思いつつ筆をとっています

 キャンプRIPは難民の寄せ集めから始まった場所なので古くからの街というわけではないです。

 仮設住居も多く、施設に勉強をしに来る子供たちの中にはまだ家族が存命で、ホームとは違う家で家族と暮らしている子供も何人かいます。

 フーグァの過去

 ナイフ捌きが天才的で、小柄な体格もあって初見の一般軍人はまず殺されるレベルの脅威。薬物依存の異常精神状態で見敵必殺、サーチ&デストロイを地で行く少年兵。

 錯乱状態時は味方の少年兵も殺していました。

 ナイフ戦の基本は「地を滑る様に動き舐めるように切りかかる」と教えられたので、皆さんが思うような喉とか心臓をブシャ!って感じではないです。

 物陰から急に表れて足元をすっと通り過ぎるように足の健を斬られて、気づいたらもう立てなくなってて太い血管もやられてて、反撃しようと思ったらもう物陰の向こう側。

 斬られた奴は止血が上手くいかないとほっとけばそのうち死ぬし、即死じゃないのでそれを助けるために敵の味方が動けば、その分敵兵の手を塞げる、という戦法です。

 銃の扱いもセンスが突出している。が、これに関しては撃ち合いになると装備や経験、人数の差が出るので眉間を狙って即死させる戦法。

 なのでフリーデはヘッドショットです。苦しくはなかった、と思いたいですね。

 よって鷲崎のセリフにある様に終戦当時に「錯乱状態の彼を保護するために、特別に凄腕の兵士が用意され」ました。

 多分お下劣ワードをよく叫ぶ男性二人組なんですが、その辺は私の別台本で語る時が来ればいいなぁ、くらいに考えています(Fuckin'days参照)。

 理香については、少し慈愛精神が強いだけの一般的な日本人女性です。

 フーグァの銃弾が当たらなかったのは現地人との骨格の差、軍人との姿勢の違い、森林地帯の樹木、雨が降り始めて少し経っていたことによる足元のぬかるみ具合など、細かい要素の積み重ねとラッキーです。

 ちなみに少年兵サイズだと軍人と民間人の姿勢の差はほぼなくなるので、フリーデには影響せず眉間にヘッドショットです。

 フーグァ最後のシーンについて

 演者さんが読み取ったとおりに演じていただくのが良いのですが、参考として記すなら世の中への理不尽とあまりにも無残な結末に物悲しい高笑いをしたのち、フリーデの死を受け止めて絶叫、という感情の発露です。

 フリーデは名前の由来のとおり、平和という親の願いを体現する子供です。

 お花屋さんかお医者さんを夢見ていますが、何をするにもまずは兄と一緒に平和に暮らすことが最優先なのでその辺に強いこだわりはないです。

 優しかった兄が自分の為に血で手を汚してしまったことをとても悔いています。

 両親が殺された、住んでいた村が襲撃にあった日は母親の死体の下に隠れて襲撃者たちをやり過ごしており、冷たくなっていく母親の最期の言葉は「兄さんと、どうか無事に。仲良く暮らしてね」

 フーグァもフリーデも、結果として亡くなった親の願いであり祈りである名前の意味を忠実に守って生きています。

 フーグァの場合、その願いが呪いじみてしまったけれど、そこに差し伸べた手が届くか、間に合うかどうかがエンディングの分かれ道です。(この台本はハッピーエンド版、バッドエンド版があります。前者は後日投稿予定)