お江戸のファストフード 寿司・天ぷらの流儀 ー大人の粋
Googleから天ぷらの写真引用しました。
以前も天ぷらはせっかちの料理だと書きました。今日は思いっきり毒舌が入ります。
今から関係筋は読まないことをお勧めします。
別に喧嘩売る気は無いので。
粋や艶がわかる大人だけ読んでほしい。
粋って
結構紙一重なんです。
よくね 料理屋で料理人が使う隠語を大きな声で使うお客様がいるけど
あれって実はあまり・・・
「あがり 頂戴」とか。
美食家をカウンターで綺麗なお嬢さんの前でひけらかすのもNG
綺麗なお嬢さんはあなたのお財布目当てか、将来の安定した生活が目当てだったりする。もしくは賢い美人さんなら初めての食事なら聞いているけれど、次のお誘いは受けないだろうな。
すごいこと言ってるね笑
御免なさいね。
でも このブログに顔を赤くして批判するなら 潔く受け入れてやめた方があなたは本当のガストロノミー。これまでのお金が生きるというもの。
もう一つ
もっと考えた方がいいのは偉そうな料理屋の親父。
昔ね いや 今でも腹が立つ経験があって。
とある評判の寿司屋に行ったのね。カウンターだけで6人くらいかな のカウンター。
そこに主人と2人の女の子のお弟子さん?スタッフがいて。
お江戸時代の酢を再現しているという。
カウンターに座ったら、よこの先に座っていたお兄さんが 手を合わせて握られた寿司の始まりに「いただきます」と神妙にお辞儀をしていた。なんだろう?カルト宗教みたい。
狭い小さなカウンター。私も今思えばその頃は馬鹿だから 寿司を待つ間のじゃれごとに親父へのPorkのつもりで「これはどこかの作ですか?」などととるに足りないぐい呑みを聞いてしまった。
その親父 何も答えずこちらも見ずに「フッ」って鼻で笑った。
お愛想が間違っていた!私 そりゃ今でも馬鹿だなあ って思うけど、お客を面と向かって鼻で笑うこいつなんぼのもんなんだ。
ふーん お江戸の寿司というのは 確かファストフード、おまけに冷蔵のない時代。砂糖も貴重。どんな寿司なんだろうか。それほどのものなのだろう。
江戸の酢は黒みがかかっている(らしく)シャリが少し黒みがある。
一口で寿司を口へ
美味しいの?
今でもそうは思わない。
私は歴史家ではないし、歴史資料を辿るために寿司屋にはいかない。料理は娯楽の一つでもあって
心地よくなければいけない。特に料理は悲しいかな 知性でいただくのは1回だけ。
3回も通うのは自分の舌が欲するものとなるもの。だからどんなに世界中を食して美食のお殿様が絶品とのたまったとしても、本人の好きな味覚には勝てなくて。
だから私のような俗人の舌などはおよそ疑わしい。
でも 酢が立って飽食に負けている私の口は ? だった。
今思えばあの酢飯には光り物があっている気がする。
つめを添えた江戸前仕立ての穴子とか 焼き蛤とかとかといただいたらよかったのかも。
初めて伺ったので いつも通りの白身を頼んだのだと思う(珍しくネタを覚えていない)
帰り道 お前の舌の怒りはなんぼのものか表現してみろ と またおなじく横柄なうちの旦那がタクシーで聞いてきた。
「別に飽食になってきょうび美味しいというシャリの時代に反して お江戸を再現し、それがわからないやつは下賎なのか?
頭で(知性)食べているだけなのではないか。私はお金を払う以上今うまいと思うものを楽しくいただきたい。鼻で笑うカウンターの親父の店にお金を払って2度と行きたくない!」と言い返した。
今でもそのポリシーは変わらない。
寿司はファストフード。下駄を引っ掛けて行ける範囲でお気に入りの店に限る。それでいて居酒屋やスナックではない。おしゃべりはいらない。バーカウンターのように中の板前さんのお仕事の様子を楽しみながら「次はどれを」とねたばこをいじましく覗いているが楽しい。
今日のネタの様子を伝えてくれるのが嬉しい。
プロを尊敬している。
嬉しそうに いるものだから いろいろ教えていただける。
鮑を持たせるために串を穴に入れて保存する とか
カラスミをビルの屋上で作るとか(カラスに狙われないのかな)
作っていただけたら すぐいただくべし。
握り加減やシャリのほんのりの温かみ そしてネタとのうわっとした瞬間
ここが醍醐味
そういえば塩釜で 親父さんの握りの後 息子さんからいただいて 親父さんに戻った。親父さんが上目遣いに顔をあげニヤリと笑った。
息子さん さぞや悔しいだろうな。いけずな親父さん。 でも手で職を極めるってそういうことなのかもしれない。
でね
一生懸命な職人さんは 急いで次に取り掛かってしまうの。
若い頃は真面目だからすぐ食べる すると次がすぐ出てきてしまう。
余韻を鼻腔で楽しみたいじゃない?
間合いも大事な客とのあ・うん
作りながら自分でも一緒に食べたらいいのにね。エアー喰い。すると間合いもわかってくるというもの。
これはね天ぷらも同じこと。
酒と蕎麦のタイミングも似て。
愉しんでいる時間と鼻腔を想像して 消えた頃次に行けたら素敵
寿司で言えば
シャリに醤油がつくのが子供の頃から嫌いで。
チラシでも醤油でシャリがパラパラしかもしょっぱくなるとゲンナリする。変な子供だった。
箸で寿司を摘んで裏返して醤油皿に が嫌で ご飯粒が一つ皿の醤油に残ったひにゃあ最悪な気分になった。
海苔巻きには海苔だけに醤油をちょっとつける
大人になってあのいけずな親父の家族の10歳ほどの姪っ子がカウンターで箸で握りをひょいと横に倒してネタを右に寝かして箸でつまみ45度右にさらに手首を捻って醤油をつけた時 あ って思った。
軍艦巻きはがりをハケのように醤油をつけててっぺんにちょいちょういと醤油をつけていただいた。
なるほどねえ
食い意地のはったDNAはこうして引き継がれているんだ。
しかも
死んだ義父のエピソード。
ちらし寿司を食べるとき 醤油はいかにする?
義弟はネタを剥がして山葵醬油に漬けてから鮨飯に戻しいただくといった。私もそう思ったしそうしていた。
義父は「山葵醬油を丼に振りかける」と言ったそう
すかさず「シャリが醤油でシャバシャバになるでしょ?しょっぱくない?」と言ってしまった
浅はか
ちらし寿司丼を食べる
義父のやり方を真似てみた。ワサビ醤油はワサビ多めでドロドロとする。
それをネタに掛け回す。
これだね
丼なんだ
箸でかっこみたい。お上品にいただくのではない
丼はかっこむのが流儀
ならばいちいちネタに山葵醬油をつけて乗せてたら丼じゃあない
おやじ(義父)さん さすがいじっこしの大家。極めている。
私は子供がいない
なのでいじっこしのDNAは残らないだろう