気になってしまう子どもたちのこと
幼い子どもたちたちが被害にあうことが続いています。
以前からあったことが私の中の何かと反応して目につくのかもしれませんが最近とても気になります。
毎日毎日子どもたちが巻き込まれた事件や事故が目についてしまう。。。
幼い生命がなぜここでこんな形でと感じます…。
園バスの事故。
自分自身が園バスに乗って子どもたちをお迎えしていたことからどうしても気になります。
「なぜ?」
「最後にバスの中を見ないってあるんだろうか?」
就職して1番に習った基本ルールです。
名簿チェックと最後のバスの中の確認。
出発前に欠席園児の確認。
携帯が無かったので保護者は前日、もしくはバスの出発までに連絡を入れるようになってました。
出発前に電話が鳴り響きます。
名簿を片手にお迎えします。
何人も乗るバス停は載せる時に名前と人数の確認。
マンモス園で入園当初は顔と名前が把握出来ないので送りに来られてるお母さん方にも声をかけます。
「きてない子はいませんか?」
人数が多いので下車する時はそのまま教室に向かわせてましたが、最後の子が降りるまで怪我がないようにも含めてドアの横で見守ります。
教室へ向かうひとりひとりに「いってらっしゃい!」と声をかけていました。
そして必ず最後に残っている子はいないか、寝てる子はいないか忘れ物のチェックも含めて見て回り、何事もなければ運転手さんにお疲れ様でした~!と声をかけて自分の担当教室に向かいます。
必ずバスの中を確認していたから、何も考えなくても身体が反応するくらいに身についていたから、誰かをバスに残したままってとても考えられません。
教室では必ず欠席を確認します。
欠席の連絡がないのに教室に来てない子はバスの先生にも聞いてました。
「○○くん乗ってましたか?」
連絡がつくまで電話していました。
担任が出来ない時間は事務の先生がかけてました。
帰りのバスも名簿片手に一人一人名前を呼んで乗せていきます。
お迎えに決められた方が来られない場合は連れて戻ります。
いつもお母さんが来られるのに連絡なくおばあちゃんが来られたら申し訳ないけどこれも連れて帰ります。
園に着いたら最後にバスの中を見て回ります。
絶対に見て回ります。
幼い子は思いつくままに行動するので教室や園外保育では常に人数を数えてました。
「ねえ、みんないる?」
「誰かいない子いない?」
「お空飛んでない?穴掘って隠れてない?ここにいる?」
「勝手にどこかに行ったら先生寂しくて泣いちゃうよ。涙で溺れるくらい泣くからね!」
脅しです。笑
子どもたちは何故か先生が絶対です。
厳しくなんてしないのに良い悪いは別として先生が1番✨になります。
だからあなたがいなくなったら先生はとても悲しい。
そう伝え続けるだけでかなり気をつけてくれます。
なんでかなあ。。。
なぜあんなことになるのだろう。。。
虐待も。
理屈ではわかるんです。
子どもたちは無垢だから遠慮なく大人のトラウマ、カルマを刺激します。
自分の感情を受け止めきれないと虐待したくなります。
私も虐待する気持ちがわかると思ったことがあります。
魂の学びなんて言ってしまえば全てがそうなのだけど
それでも人としての私は思います。
なんでかなあ。
なぜあんなことになるのだろう。。。
割り切れない。
納得がいかない。
悲しい、切ない、やるせない。
誰か止めることはできなかったのだろうか。
日本の法律は児童保護の強制力が弱い。
でもそれを強化するだけでいいのだろうか。
公園があった横の空き地に家が建ちました。
公園が先で、家が後です。
なのに子どもの声がうるさいから騒がないでくださいと市から張り紙がされました。
ボール遊びも禁止になりました。
そしたら子どもたちは公園で何をするのかな?
意味がわかりません。
何に気づいていけば子どもたちがもっと安心して暮らせるのでしょう。
未来を築く子どもたちが健やかでなければ健やかな未来は望めないと思います。
子どもたちが健やかに育つお手伝いをするのは大人である私たちの役目。
余談ですが、
少しも目を離せない月齢の子どもたち、命を預かり心を育てるその責任の重さに反して給料はとても軽かったです。w
同期のみんなが一般就職して初任給18万もらっていた時代に幼稚園の給与は総支給額9万円でした。
多少増えてはいるけど現在も他の仕事よりかなり安いです。
保育士が足りないのって当たり前だと思います。
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