日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第二章 日の陰り 16
日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄
第二章 日の陰り 16
「福岡はすごいことになりましたね。岩村さん」
バー「紅花」には、また大津伊佐治が着て飲んでいた。近藤も一緒であったが、山崎瞳は来ていない。男二人でカウンターの隅の方に座っていた。
「なにが」
「いや、福岡ですよ」
「地下鉄の事故……ですか。」
日本名岩村・紅花のオーナー金日浩は、不満そうに言った。
「事故なのが不満なのですか」
大津の隣にいる若い近藤は、わかりきったことを言う。
テロを行うものは、人を殺すことによって何らかのメッセージを出すということが主眼であり、そもそも人を殺すことなどはあまり関係がない。殺した数を競っている猟奇的殺人者とは異なるのである。そのためにわざわざ「テロ」を行った後に「犯行声明」を出すようなこともあるのである。基本的に、「恐怖」を与えて、政治的メッセージを出し、その要求をのませるまたは、その政治的な目標に到達するというのが彼らのやり方であり、その政治的な欲求そのものが見せられなければ、または相手がテロであると感じ恐怖心を感じなければ、何人殺したとしても、また、どんなに大きな惨事になったとしても、「テロリズム」としては失敗なのである。
金日浩は、そのことをよくわかっていた。「テロ」をやるには、それなりに経費も掛かるし、また、大掛かりなものであれば、その端緒がばれてしまう可能性もあるのだ。政治的なメッセージなどが一般に知られないままに、自分たちの端緒が知られその組織の全貌がばれるというのは、もっともよくないことである。
大津伊佐治は、同じテロリストであり、金からすれば自分よりも経験のあるテロリストであるから、そのことをよくわかっているということになる。しかし、若い近藤はそのことがよくわかっていない。しかし、失敗をしたのは、何もこの人々の、要するに日本人の左翼の連中の失敗ではないのである。ある意味で、「北朝鮮の仲間が完璧にやりすぎた」ということに他ならない。
「近藤、そういうことを言うもんじゃない。犯行声明を出すまでは、金さんのところとは確定しないのが、この世界の決まりだ。同じ組織ならば問題はないが、違う組織がやった時は、成功しても失敗しても変なことを言ってはいけない。それだけでなく、その人がやったというようなことを言ってもいけない。俺も、凄いことになったとしか言ってないだろう」
確かにそうだ。「すごいことになった」というだけならば、横で聞いていても誰がテロリストかはわからない。しかし「事故が不満」と行ってしまえば、何かほかの狙いがあったというようになる。単純に災害を語っているというような内容ではなくなってしまうのである。
「大津さん、いいんですよ。今日は誰もいませんから」
金は少し寂しげに言った。
今回の件は金からすれば、自分たちが計画したわけではない。元々は大津伊佐治がここにきて飲んで日本の天皇を殺すというときの陽動作戦の話をしており、そこに京都をその場所にして、他の地に行かないようにするために、福岡で陽動をするということであった。それを横で聞いていて、金が横から自分から行うということを言い始めたのである。その為に、今回は北朝鮮の人々にとっては、特にテロを行って政治的なメッセージがあるわけでもないし、また、わざわざ犯行声明を出すほどの事でもない。言われたとおりにやったというか、その方法や日時などは金たちが決めたのであるが、しかし、その結果に関しては、大津伊佐治などがうまく使ってくれると思っていた所もあったので、何か言える話ではない。
それにしても「事故」として処理されるとは思わなかった。
「悪いねえ、我々が犯行声明か何かを出しておけばよかったのかな」
「いや、それをすれば、京都で天皇を殺すということはできないでしょう。ここで聞いていた話によれば、日本政府や宮内庁が、福岡を選ばないようにする、つまり、福岡がなんとなく危険になるようにするということが重要ということでしたから、まあ、爆弾などは使わずに事故を起こしたのですが、それが逆に問題でしたかね」
金は、寂しそうに笑った。
「本当に爆弾は使わなかったのかい」
大津は、目の前のグラスを、手の中で回しながら言った。たしかに、爆弾などを使ったとしか思えない内容でしかないのである。いや、爆弾を使わなければ、電車の車両を破壊し、その上の道路を陥没させ、多くの人々に被害を与えることなどはできないのではないか。通常レあれば、小さめのビルを一つ完全に爆破するくらいの爆薬が必要である。それも、そのような爆発を4か所も同時に行ったのである。昼時でありラッシュの時などとは異なったとはいえ、それでも2000人に近い犠牲者を出しているのである。中には道路の上を通っていて、穴に陥没して死んだ人もいるのだ。そのような芸当を、爆弾を使わずにできるなどとは全く思えなかった。
「いや、正確に言えばガス管を気づけておいたということです。ほんの少しガス管を前日のうちに傷つけ、そのガスがたまるように、道路の下に食う度を作っておいたのです。」
「それはどうやって」
「我々在日は、差別されていて仕事がないので、日雇いの工事の作業員になることなどは問題がありません。その者たちやその道路整理の警備員に、あらかじめ指示を出しておけば、多少であればすぐにできます。」
「差別されているのを使ったということか」
「はい」
金は、少し寂しそうに、またいつもの癖でグラスを磨き始めた。
「なるほど」
「そのうえで、地下鉄の整備員にいつもよりオイルを多めにモーターに仕込んでおくということです。そうすれば、過電圧の電流を流せばすぐに引火します。それでも火力が足りないと困るので、モーターの間にもう少し油などを出しておき、なおかつパンタグラフの電線に少し傷をつけておけばよいのです」
「なるほど、そうすれば火花が散るということか」
「はい。」
「差別をしてきた日本人に、その差別を使って逆に復讐するとは、なかなか」
その時であった、外で大きな音がした。誰かが走り去って、何か派手に物を蹴とばしたような音だ。その音を聞いて、近藤が弾かれたように扉を開けて外に出た。大津と金は全く動かずにそのままそこで酒を飲んだままである。近藤が走る音が聞こえたが、扉が完全に閉まるとその音も聞かれなくなった。しばらくして扉が再び開いた・
「逃がしてしまいました」
近藤の後ろから、もう一人入ってきた。
「お父さん、ごめん。その窓の下で盗み聞きしている奴がいたから」
山崎瞳である。ここで福岡の真相を話している最中に、それを盗み聞きしていたものがいるのを、跡から遅れてきた山崎瞳が見つけ、山崎から逃げる人が派手に様々なものを蹴とばしたということのようである。
「まあいい」
大津は笑った。
「何がおかしいのですか」
「何を言っているんだ。わざわざ犯行声明を出さなくても、もともと向こうは今回の内容がテロだとわかっているということではないか。そしてその方法もすべてわかったということは、この後、ここのメンバーが気を付けていれば、相手が出てくるということではないか」
「しかし、大津さん、陽動と言ってしまっていますよ」
近藤がまた口を挟んだ。
「ということは、瞳が会議に出ていて、その中で凶とは危険というような者があったり、福岡でやろうというものがあれば、そいつが裏切り者ということになるだろう、要するに、政府の犬を見つけるのもやりやすいということだ」
「政府の犬を始末するときは、こちらも協力しましょう」
金がにやりと笑った。