【小石川②】小石川安房殿町
2018.02.24 05:14
町名:小石川安房殿町
読み方:こいしかわあわどのまち又はこいしかわあわどのちょう Koishikawa-Awadonomachi or Koishikawa-Awadonochō
区分:俗称
起立:江戸期
廃止:1869(明治2)年
冠称:「小石川」
現町名:文京区小石川五丁目
概要:西に陸奥守山藩松平大学頭家の屋敷、東に松平播磨守の屋敷に挟まれた広大な武家屋敷の俗称。『東都小石川繪圖』には「アハトノ丁」とある。
『御府内備考』の安房町の項に以下のとおりある。「里俗安房殿町と唱ふ。元禄の頃まで北條安房守の屋敷なりしを、組附切支丹与力同心の大縄地となしたきよし願ひ上て組屋鋪となせしゆへ、その地を安房殿町と称すといふ、鷹匠町の北、松平播磨守屋敷脇の武家屋敷辺をすへていへり」。そもそも武家地であるため俗称ではあるが、本来は「殿」を付けなかったのかもしれない。
1869(明治2)年、南側は小石川竹早町、北側は小石川久堅町(一部は小石川大塚窪町)に編入となり消滅。維新を迎えてから1年間はこの名を名乗っていたのかは不明だが、恐らく屋敷の取り壊し等でそれどころではなかったかと思われる。
撮影場所:小石川安房殿町