ともちゃん、やせろ!
ともちゃんは、空の湯の常連です。
空の湯とは、町唯一の駅である芝山千代田駅の近くに何年か前にオープンしたばかりの温泉です。
その名の通り成田空港のすぐ近くにあり、発着する飛行機がよく見えます。「化石海水」の源泉かけ流しのほか様々な温泉があり、ごはんもおいしくスタッフさんたちもみんないい人です。イベントもたくさんあり、何度来ても飽きることは決してありません。
夏のある日、ともちゃんはお風呂あがりに体重計に乗ってみました。
空の湯マークのついた、かわいらしくもとても精密そうな体重計。それが、見たこともない数字を叩き出しました。
「……っ」
信じられなかったともちゃんは、両手に持っていた小さなシャンプーボトルと石けんを置いてきて、再び乗りました。
「………!?」
当然、意味はありません。
家に帰り、ともちゃんは愛車のヴイッツをとぼとぼと降りました。
「ともちゃん、おかえり!」
そこに、しばっこくんが出迎えました。
「ただいま…」
「温泉気持ちよかった?」
一緒にいたタバスキーたちのうち、オレンジのタバスキーが聞きました。
「あ、うん、そりゃ空の湯はいつも…」
「ともちゃん、どうしたの?」
「なんだか元気がないね」
青いタバスキーと、緑のタバスキーが、ともちゃんの顔をのぞきこみました。
「どうしたの?」
しばっこくんも近寄って、ともちゃんを見上げました。
みんなの心配そうな顔を見て、ともちゃんはごまかす気にはなれませんでした。
「ろくじゅう…ろ…きろ」
「えっ?」
しばっこくんが聞き返しました。
「66キロ?法定速度50キロの道だったら、そんなに問題ないんじゃないの?」
ともちゃんの後ろから、ヴィッツが言いました。
「違うよ」
ともちゃんは、ヴィッツのボンネットにどすっともたれかかりました。
「ともちゃん、その落ち込み具合からして…体重のことだね?」
オレンジのタバスキーが言いました。
「え?体重が66キロも!?」
青いタバスキーが、大きな目をさらに見開きました。
「うるさいよもー!」
ともちゃんは、社会人なりたての年に体重を聞かれた時に「還暦です」と答えていたのを懐かしく思い出しました。
「なぜだ…なぜだ…いつの間に……」
「ともちゃん、前に体重を計ったのはいつ?」
しばっこくんが聞きました。
「覚えてない…どこかの温泉で、半年前とかかな」
ともちゃんの家には、体重計がありません。
「見た感じはそんな変わってないんだけどさ…」
「ともちゃん、脂肪は見えないところにつくのよ」
ヴィッツがはっきり言いました。
「太らない車は黙れよ…」
ともちゃんは、振り返ってヴィッツのボンネットに突っ伏しました。
「この町には、おいしい野菜がいっぱいあるのに…」
「なのに、あんまり食べてない?」
オレンジのタバスキーが言いました。
「食べてる!」
ともちゃんは、突っ伏したまま言いました。
「食べてたとしても…」
「主食やお肉やスイーツも、いっぱい食べてる」
緑のタバスキーと青いタバスキーが言いました。
「うるさーい!!」
ともちゃんは叫んだ勢いで起き上がりました。
「だって千葉県は、根っからのグルメ王国なんだもん…」
「太ったのは、芝山町に引っ越してきてから?」
しばっこくんが遠慮なく聞きました。
「そうかも…特に今年度に入ってから…」
ともちゃんはこの春に仕事の内容が変わり、デスクワークが多くなりました。お菓子を食べる頻度も、いくらか増えたかもしれません。
「SNSで“ガツンと食いたいお姉さん”の投稿をやめてみたら?」
青いタバスキーが言いました。“ガツンと食いたいお姉さん”は、ともちゃんが空の湯でご飯を2~3人前食べた時の、ツイッターの投稿にいつしか自然とつくようになったキーワードです。
「だって…空の湯でお金いっぱい使いたいもん…このご時世だから、いっそう応援したいんだ…」
「いっぱい食べる意外にも、レンタサイクルをするとか、ジムに通うとか、空の湯を応援できる道は色々あるよ」
「…」
しばっこくんにつっこまれて、ともちゃんは何も言えなくなりました。
その日から、ともちゃんは体重のこと、食べ方のことをよく考えるようになりました。
いったん体重のことを考え出すと、なかなか頭から離れなくなる…よく言われていることを、ともちゃんは改めて本当に感じました。
一体どこにそんなに脂肪がついてしまったんだろうと、ともちゃんは腕や足やお腹を確認してみました。全体的に少し多めについているような気がしました。顔もより丸っこくなっているように感じます。
食事の時にも、野菜から食べる努力をもう少し多くしてみたり、何かを食べたいと思った時、「これちょっとやばいんじゃないかな…?」と前よりもよく思うようになったりしました。
翌々日、ともちゃんは今度はお友達と一緒に空の湯に来ました。
「一昨日ここで体重計に乗ったらさ~…」
2階のカフェでアクエリアスとリアルゴールドをミックスした「アクエリアル」を飲みながら、ともちゃんはお友達に一昨日のことを話しました。
「そうだったんだ…」
「思えばさ、空の湯にこれだけおいしいごちそうがあるのは、フィットネスやサイクリングでいっぱい体を動かすためだよね」
「あ~、そうかも」
お友達は焼きそばを食べています。とてもおいしそうなにおいが食欲をそそりますが、ともちゃんはこらえました。
「うまいダイエットの方法が見つかるといいな…リバウンドしないように、ゆっくりやり方を考えながら、じっくり実践していきたい。“明日から”って先伸ばしにするのでは決してなくて」
「今日からやるって決めて、計画をしっかり立ててやっていけたらいいよね」
「それにしても、なんでリバウンドってしちゃうんだろう。やせたい気持ちがあるんなら、そんなに食べたりはしないんじゃないかなあ?」
「うーん…やせたい気持ちより、食べたい気持ちの方が強くなっちゃうんじゃないかな」
「そうなのかな………ごめん、やっぱ私も焼きそば食べる!」
ともちゃんは、思いきって席を立ちました。
「そりゃ私も、おいしいものは食べたいよ。千葉県に住んでいる限りはさ」
「やっぱりそうだよね~」
ともちゃんは焼きそばをほおばりながら、お友達に答えました。
「こんなにおいしいものがいっぱいあって、食べない方向でのダイエットは無理だよ。運動するしかないよね」
「食べて、動かないんだよね」
ともちゃんはそう言って、苦笑いしました。
とりとめもない会話を終えて、お友達とともちゃんは3階の温泉に向かいました。
千葉県には野菜からお魚、お肉まで、本当においしいものがたくさんあります。それらを地元で消費する「千産千消」は、もちろん大事です。
千葉県は山も海も平野もあって自然が豊かな分、サイクリングや海水浴、様々なスポーツをしてのびのびと遊べる場所でもあります。
食べるだけじゃなくて、自然の中で思いきり体を動かすこと、両方を駆使すれば、食べるだけより何倍も地域の貢献になって、町おこしにつながるのではないでしょうか。
ともちゃん、また新たな町おこしのアイデアが広がりそうです。
あとがき
お読みいただき、ありがとうございます。
このお話は実は1年前に書いたものです。イラスト描くのを先伸ばしにした結果まる1年伸びました(もっと伸びて寝かせてるものもある…)。
それから私は体重計を買い、YouTubeでありとあらゆるエクササイズ動画を調べ、今は毎日独学でタヒチアンダンスに励んでいます。
野菜から食べる、汗をかくくらい運動をする他、できるだけ湯船につかる、ストレッチやマッサージをするなど体の巡りを良くすることも効果的だと思います(不眠解消にもつながって一石二鳥)。
体重はという一旦3キロくらい減ったのですが、2022年9月現在また66キロです。でもタヒチアンダンスのおかげでウエストや足が少し引き締まっているような気がします。
大学では自転車通学をしていたこと、芝山町に来てからは車生活になったこと、そしてお話にあるように千葉の恵みをたらふくいただいていることで、社会人になってからはずっと右上がりでした。でもこれ以上は増えていないので、今の生活でさらに太る心配はないかと思います。
正確にはスリムにやせるというよりは筋肉をつけて引き締めたいし、千葉県にいながら食べるのを控えるつもりはないので、とにかく運動・ストレッチを少しずつでも増やしていくことだと思います。
つらつらと書きましたが、食べるにしろ動くにしろ、何をするにしても、楽しむこと、町を元気にすることを何より大切にしていきたいですね。