Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

石川県人 心の旅 by 石田寛人

壁掛の人物

2022.09.23 15:00

 一昨年7月本欄でご紹介した前田育徳会所蔵の「アエネアス物語図毛綴壁掛」は、関係の皆様のご支援を頂いていよいよ京都で本格修理が始まった。欧州で製作され、経路は不明ながらもいつしか前田家に伝わった縦3.2メートル、横2.6メートルのこのベルギー名門織物場製大型壁掛は、平成27年北陸新幹線金沢開業の際に石川県立美術館で開催された「加賀前田家百万石の名宝」展で多くの方にご覧頂いた。保存状態は良好ではあるが、何せ400年ほど前の製作のため、やはり修理が必要で、昨年からその調査を行ってきた。調査期間を含め4年にわたる修理が終われば、令和8年に前田育徳会創立百周年を記念して東京国立博物館にて開催を予定している展覧会の呼び物になると期待される。

 一昨年述べたように、この壁掛はトロイア戦争を題材にした5枚連作のうちの一枚で、他の4枚のうちの一枚は焼失、残り3枚は、それぞれの一枚が分割されて、京都の祇園祭や大津や長浜のお祭りで山鉾の懸装品として用いられている。そんな中、前田家伝来の一枚の中央に描かれている男女は誰と誰なのだろうか。物語の流れは次の通りである。

 トロイア戦争は、ギリシャ神話で中心的な役割を担う①ヘラ、②アテナ、③アプロディーテの3女神の悶着が発端である。とある結婚式。神々は全て招待されたが、不和の女神エリスだけは呼ばれなかった。結婚式に不和の女神を呼ばないのは一面自然であるが、エリスは当然これに怒って、式場に「一番美しい女神へ」と「黄金の林檎」を投げ込んだ。上記3女神はいずれもそれは自分のものだと主張。その判定を下すべき神々の王ゼウスは困ってしまって、トロイア王の子供でありながら、いずれ国を滅ぼすとの予言で羊飼いになっていたパリスにそれを押しつけた。ギリシャ神話の神々の振る舞いは、いかにも人間らしい。

 パリスに対して、3女神は、それぞれ自分を選んでくれるようご褒美で誘いをかけた。①神々の女王ヘラは「権力」を、②知恵と戦争の女神アテナは「戦いの勝利」を、③美の女神アプロディーテは「世界一の美女」を提供すると。3女神を前にしてパリスが判定する場面は「パリスの審判」として、西洋画の画題となり、ルーベンス等多くの著名な画家が描いている。林檎を三分割するなどとは凡人の考えか、結局パリスが林檎を差し出したのはアプロディーテ。この女神が彼に与えた世界一の美女とは、ギリシャのスパルタ王メネラオスの妻へレネであった。かくして、パリスはヘレネとともにトロイアに行ったのだが、当然ギリシャ側は怒り心頭。メネラオスの兄ミュケナイ王アガメムノンを総大将に、アキレス腱にその名を残す最強戦士アキレウス達が参戦してトロイア戦争が始まった。トロイア側もパリスの兄ヘクトールの奮戦などで善戦、ヘクトールはアキレウスに敗れて殺され、アキレウスもパリスの矢でアキレス腱を射られて死亡するなど戦いは続いた。挙げ句「トロイの木馬」戦術によって、あっけなくトロイアは陥落。トロイア王族の人物と女神アプロディーテの間の子供であるアエネアスはトロイアを脱出して放浪し、カルタゴに至って、その女王ディドに愛されるが、彼女を振り切って、ローマ方面に向かい、やがてローマ建国の基礎をつくることになる。

 ここで、壁掛の絵は、「アエネアス物語図」というタイトルがついているものの、「パリスとヘレネ」の出会いの場面か、「アエネアスとディド」の邂逅の図か、はっきり決まっていない。パリスとヘレネの話は「トロイのヘレン」で映画化されており、アエネアスとディドの悲恋はイギリスのパーセル作曲のバロックオペラ「ディドとエネアス」で音楽化され、我が国でも歌われている。この壁掛中央部の男女に関する2説をこれから掘り下げて、4年後には、描かれた物語の壮大な広がりを多くの方々に楽しんで頂きたいと思っている。

(2022年9月20日記)