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旅行分野における消費者行動

2018.02.27 06:36

神戸山手大学 現代社会学部 観光文化学科 専任講師
田中祥司氏

<プロフィール> たなか・しょうじ
関西学院大学経済学部卒業。関西学院大学大学院経営戦略研究科修了。
早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程。
株式会社JTB西日本、神戸夙川学院大学を経て現職。


 今日は、旅行分野における消費者行動について、理論的な枠組みを用いて整理したうえで、実務への応用についてもお示ししていきたいと思います。モノやサービスを買う時には、「記憶」が重要な要素になるというお話です。


 私は、この会場へ伺う前に緑茶のペットボトルを買いました。サントリーの「伊右衛門」です。なぜ、「お~いお茶」ではなく「伊右衛門」を購入したのか。そのような他業界のモノやサービスの事例も挙げながら、旅行分野における消費者行動について考えていきたいと思います。

 まずは、私たちがモノやサービスを買う時には、いくつかの段階があるという話です【図A】

 最初の段階が「問題認識」。モノやサービスを買う時の入口が、「問題」という難しい言葉から入ると、直感的に相性が悪いように感じられるかもしれません。ただ、私は、のどが渇いたからお茶を買ったのですが、そこには「問題」があったのです。どういう問題かというと、「のどが渇いたという現実よりも下がった状態を現実の状態に戻したい」という問題です。

 もう少し詳しく説明します。「問題」には、2つあるという話です【図B】。先ほどの例は、現実から下がった状態の話でした。もう1つは、理想の状態になりたいという思いと現実とのギャップです。例えば、可愛い服を買っておしゃれをしたいというようなことです。2つとも、問題を感じている状態といえます。

 それでは、そのこの考え方を実務に結び付けてみたいと思います【図C】。ポイントとなるのは、企業は広告などを通じて、消費者に「問題」を認識させることができるということです。広告をうまく使えば、問題を認識させられます。私には、3歳の娘と0歳の息子がいます。ある日、テレビを見ているとUSJのCMが流れていました。東京ではそれほどかもしれませんが、大阪ではよく流れているんです。そこでは、ファミリーがアトラクションに乗って楽しそうにしているシーンが映るわけです。それを観て、私自身理想とする家族像はあるものの、現実ではなかなか家族をどこかに連れていってあげられていないなぁとか、子どもに思い出を作ってあげたいなぁ、などと「問題」を感じさせられたわけです。刺激を受けて問題を認識したといえます。

 消費者へ問題認識させるための広告…。私自身の話が続きますが、それほど物欲の無い私でも購買意欲が高まって、とても注目しているものが「AIスピーカー」です。今年の秋ごろにGoogleが発売するようです。スピーカーに「部屋の電気を消して」と話しかけたら電気が消えたり、「今日の天気は?」を聞くと音声で答えてくれたりします。このような情報はWEB広告で知ったのですが、音声でいろんなことができる環境に現実とのギャップを感じ、それを解決させるために「AIスピーカー」を欲しいと思っていると説明ができます。

 つまり、広告などによって、自社のモノやサービスを通じて解決できるような問題を認識させることが重要といえます。


 次の段階の話へ移ります。消費者は、問題を認識するとすぐにモノやサービスを買うわけではありません。「情報」を集めます。その情報には、「内部情報」と「外部情報」があると考えられています【図D】

 私たちは、最初に内部情報から探索するとされています。お茶の話に置き換えてみます。のどが渇いたと問題を認識すると、情報を集めはじめます。記憶の中にあるペットボトルのお茶についての情報…。具体的な商品名で思いつくのは、「伊右衛門」・「綾鷹」・「お~いお茶」といったところでしょうか。このように「内部探索」してもらうためには、消費者に記憶してもらって思い出してもらうことが大変大事だといえます。

 今日のために、私は東京で前泊するにあたって宿泊サイトでホテルを探そうとしました。私の「内部情報」にあるのは、「楽天」・「じゃらん」・「るるぶ」です。そんなときに、メールが来ました。「エクスペディア」からでした。「只今セール中です」という内容です。宿泊日がセール対象期間とマッチしていたのでサイトを覗きに行ったら、これが安かったのですね。そのまま予約しました。このように「外部探索」を促すことも大事だということがわかります。

 旅行会社やホテルからすると、まずは消費者に思い浮かべてもらえる候補に入ることが重要です。「内部情報」として。ただ、それだけでは十分ではありません。内部情報だけでは十分ではないと考える場合、友達のクチコミや思い浮かべた旅行先だけではなく、他にいい旅行先はないかなと「外部情報」を探すわけです。

 もう少し観光と情報探索について考えてみたいと思います。例えば、リフレッシュしたいという問題を認識したとすると、それを解決する方法はいくつかあると思います【図E】。エステに行く、美味しい料理を食べる、など過去の経験から記憶していることを思い浮かべます。そんななか、海外旅行に行こうと考える人がいたとします。次に、それではどこへ行こうかと頭の中で情報を探索するわけです。ハワイ、いやバリかグアムか…と。このように「想起」してもらうことが重要です。

 すべての観光地は、ある特定のひとりの消費者にとって、事前に知っていた観光地と知らなかった観光地に分かれるわけですよね。事前に知っていて、思い出すことができれば「想起集合」【図F】。先ほどのハワイ、バリ、グアムは「想起集合」です。想起集合に入れば、自動的に「考慮集合」に入ります。考慮集合に入らなければ選択されることはありません。

 旅行会社に置き換えてみます。事前に知っていて、思い浮かぶ会社は想起集合に入ります。一方、右側にもルートがあります。これを見ると、事前に知らなかった場合でも考慮集合に入る可能性があることを示しています。旅行会社として思い浮かべられなかったとしても、駅の近くにたまたまあった、一緒に行く友達から教えてもらった、検索をしていたら偶然出てきた、そういうことがあれば考慮集合に入る可能性が出てきます。ただ、右のルートから考慮集合に入る確率は少ないです。思い出してもらって入る方がスムーズです。今日、第2部で講演をされる「Relux」さんのビジネスモデルは大変興味深く、お話しをじっくり伺いたいのですが、数多く存在するOTAの中でライバルを蹴散らして多くの消費者の考慮集合に入っておられます。ぜひその秘訣を伺えればと思っています。

 次は記憶する仕組みついてお話しします【図G】。この会場で、心理学を専攻された方がいるかもしれません。こちらのスライドを見て、懐かしい言葉が出てきたと感じておられるでしょうか。認知心理学の教科書に載って内容です。私は、こちらの会場までJRの山手線に乗ってきましたが、その道中、様々な広告に視覚で触れてきました。ただ、どれも「感覚記憶」止まりでほとんど覚えていません。感覚記憶は、一瞬で忘れるものとされています。注意を受けたものは「作業記憶」として残りますが、それも長く続くものではありません。したがって、「長期記憶」に入らねばなりません。そのためには、情報の繰り返しが必要です。歴史を学んだときに、年号の暗記をしたときと同じです。

 人の記憶できる量は、「7±2」と言われます。携帯電話の番号を人に教えてもらったとき、聞いてもなかなか記憶するのは難しかったはずです。7プラス2を超える、11ケタともなると覚えにくいですよね。人に覚えてもらうためには、「7±2」になるその数へとまとめる必要があるのです。図に記載の文字列ですが、通信や航空会社、放送局名を知っているからその情報をまとめられます。ここで言いたいのは、他社との差異など情報を与えたい気持ちはわかりますが、与えすぎはダメだということです。情報量が多すぎると、消費者は処理しきれないのです。パンフレットにメリットをたくさん記載したとしても、記憶には残りません。

 どうやって長期記憶として頭に残っているか、そのイメージをご覧ください【図H】。お茶の「伊右衛門」で記憶の連想について考えてみます。私が記憶する「伊右衛門」に関連する「ノード」は、「本木雅弘」、「宮沢りえ」、「京都」、「福寿園」、「抹茶」、「脂肪分解」というものです。「お~いお茶」でいえば、「素材にこだわっている」、「茶畑を自分たちで持っている」、「すっきり味」です。どちらのお茶をいつも選ぶかというと、伊右衛門が9割です。思い出しやすい「強いイメージ」があり、おいしい・からだにいいとする「好ましいイメージ」を持っています。そこに、「ユニークなイメージ」が結びつけられると、「選ばれるブランド」になります。

 耳の痛い話をしますが、思いつく旅行会社名を学生に聞くと、ほとんどがHISと答えます。安くて、親しみがあるという好ましいイメージがあるようです。先ほど、山手線に乗っていたときに見た広告について、ほとんど記憶にないと話しました。ただ、ひとつだけ覚えているのがあります。それが、このフレーズです。「これはもう、梅酒というより、チョーヤです。」…これを言いきれるというのは、ものすごいブランドですよね。皆さんの企業に置き換えたらどうでしょう。「これはもう、旅行というより、JTBです。」…言いきれればすごいインパクトです。確かに、梅酒といえばチョーヤ。チョーヤといえば梅酒。他には出てきません。言い切ったとして誰にも反感を持たれない。あくまで主観ですが、これは強いブランドだと思います。

 次に、これまでの「情報探索」の段階における実務への応用をいくつか考えたいと思います。最初に、探索をしたものの中止する場合もあるという話です【図I】。モノやサービスを買いたいときには、消費者は不安を感じています。服を買いたいとき、自分は気に入っていたとしても、他の人からダサいと思われないか。知らないブランドのPCを買おうとしたとき、値段は安いけれど壊れた時にサポートしてくれるのだろうか。そういった不安です。それらを「知覚リスク」とする研究があります【図J】

 「知覚リスク」は、モノよりもサービスの方が感じやすいといわれています。モノは、事前に見たり触ったりできます。そしてそれらを通じて、リスクを下げて買うことができるのです。ただ、旅行はそうではありません。消費者は、たいへん不安を感じています。したがって、旅行会社は消費者の「知覚リスク」を下げてあげる必要があります。例えば、こちらのルックJTBのパンフレット【図K】。実際の掲載意図は確かめていませんが、理にかなっているわけです。旅行会社のパンフレットといえば、こんなにいいサービスだよ、ホテルは清潔です、などとメリットを訴求して差別化することを考えるのが普通なのかと思います。ただ、ここにあるように不安を下げるための情報を提供することも大事です。実は、そこで差別化を図れるのですから。

 店舗で申し込むのにも不安があるにも関わらず、OTAならなおさら不安が増すのでは? ということで、どのような不安を感じるのかを明らかにしたものがこちらです【図L】。調査の結果、4つのリスクがあることがわかりました。そこで得られる情報が本当なのか不安を感じる「情報信頼性リスク」、本当に予約できているか不安を感じる「操作性リスク」。そして、興味深いのが、OTAを使う場合に「社会的リスク」を感じているということ。「るるぶトラベル」を使って予約したことに、友達がどう思っているかを気にしているのです。友達がよかったって言ってくれているか、周りのことを気にしています。選んだホテルを評価してくれているかを気にしているわけです。「アフター・サービスリスク」は日本人特有と考えます。以前は、店舗で申し込むのが普通で、お店のスタッフがフォローしてくれるのは当たり前だと思っていました。ただ、OTAにはそのようなサービスがあるのだろうか、というリスクが存在します。OTAでも、アフター・サービスがあるかどうかが重要になっています。

 次に、考慮集合への右ルート、「偶然に出会った」という話に移ります【図M】。ここは、いわゆるリアルエージェントの大きな役割です。知らなかった観光地やホテルだけれど旅行会社のスタッフに教えてもらうことや、知らない国だとしても店舗にパンフレットが並べてあって偶然出会うこともあるわけです。リアル店舗は、消費者が知らなかったことを教えてくれる機能を果たしているわけです。本当は事前に知っていてもらうのが理想ですが、それを補うことができる点では有効です。

 情報探索を実務へ応用する場合の3点目です【図N】。観光地の名前や、観光地の都市名を最大5つあげてください。そして、その観光地にあてはまるイメージがあれば教えてください。これらの質問を関西在住者へ尋ねる調査を行いました。観光地と聞いて最初にあがった「第一想起」はTDRが多かったです。そのイメージは、「好きである」・「親しみを感じる」・「勢いがある」とポジティブなものと結びついています。「勢いがある」はUSJに繋がっています。さらにそこから、「時代を切りひらいている」・「旬である」とさらに複数に分岐しています。企業は、消費者の「第一想起」に入るために何とどんなイメージと結びつけるのかという戦略を立てる必要があると考えます。


 情報探索を経て、モノやサービスを選ぶには2つのやり方があります【図O】。満足できるものか、最適のものかという点です【図P】。満足については、自分の心の中や過去の経験でその基準を各々が知っています。雰囲気や利便性よりも価格を重視することでの満足を求めるならば、3つのうちホテルAを選びます。一方、最適を重視した場合、「価格」「利便性」「雰囲気」のそれぞれを比較しながら慎重に選びます。その結果、ホテルCを選ぶことになります。つまり、意思決定のルールが異なれば選択する結果も異なるということです。

 情報が多すぎると、消費者は負荷を感じます【図Q】。選択肢がある中で、どう選ぶのか。あるスーパーで調査が行われました。ジャムの試食をした人に割引クーポンを渡したときに、どれだけの人が売り場のコーナーへ行って購入したかを表しています。たくさんのものから比較して買えると嬉しいのではと思ってしまいますが、実は違うのです。情報が多すぎると、迷ってしまって結局買いません。選択肢が多いことは消費者を迷わせるのです。

 選択してもらうために販売価格を下げるのは一考ですが、そのようにできないときにはどうすればよいか…。選択基準を変えさせればよいのです【図R】。ベビーカーは、今までは軽くておしゃれなものを消費者が選ぶ傾向にありました。そこで、あるメーカーは「買う理由」をつくるためにベビーカーについての調査を行いました。すると、段差で車輪がつまずくときの衝撃は、自動車の急ブレーキ以上のショックが発生し、赤ちゃんに大変な負担がかかることが判明したのです。そこで、赤ちゃんを守るためには大きいタイヤが大事だ、として消費者の選択基準を変えさせました。今までにはなかった評価基準を付け加えれば、値段が高くても克服できるという例です。実務へも応用できないでしょうか。

 情報が多すぎるのは大変だから、まとめてくれているサイトは重宝するものです【図S】


 モノやサービスを購入・消費した後の「購買後評価」についてです【図T】。図は、旅行前の準備段階の満足が全体の満足に影響を与えていることを示しています【図U】。事前のフォローが大事ということです。私が前泊を申し込んだエクスペディアでは、東京に来る前のタイミングでオプショナルツアーを申し込まないか、というアプローチがありました。旅行を予約してから出発するまでの間、旅行者にはどんな感情が存在し、どのような動きがあるのか。それらを明らかにする研究に現在取り組んでいます。

 先日、地元神戸市の外郭団体で講演をさせていただきました。その際に触れた情報があります【図V】。トラベルブロガーサミットと呼ばれる施策で、1人につき数十万人のフォロワーを抱えるブロガーさんを神戸へ招き、旅行中の経験やサービスについて発信してもらうものです。購買前もそうですが、実際の旅行中に様々な経験をしてもらって、旅行者に満足してもらうのは当然大事なことです。この取り組みは、地方創生の観点からもユニークです。旅行会社が地域へコンサルティングしていますが、この企画は神戸のホテルが中心となっています。観光地のホテルがもっと地方創生に関わっていく余地はあるだろうと考えます。


 AIスピーカーの話をしましたが、これは消費者行動に大きな影響を与えるはずです。これにより一番変わるのが、人の視覚ではなく聴覚が大事になってくる点です。今までは、WEBの下の方に出てくる情報でも、キャッチーなものであれば選択していました。ただ、スピーカーが提案する情報は恐らく3つ程度です。10個示されたところで聞いていられません。その選択に滑り込む必要があるわけですから、売れる旅行会社はより売れる、売れるホテルはより売れる、そういう流れへと移行するのではないかと考えています。ITとは親和性が高いとされる旅行業において、消費者の購買行動を把握するうえではそうした環境変化を先取りし適応していく能力が求められます。