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- 2019年??月??日 - 青年の記憶

2022.09.26 14:35

ざぁっ、と勢いよく伸ばされた腕を、前線の魔法使い達が受け流していく。そのうち、後方にまで飛んで来た悪魔の破片を弾き飛ばした少年が、震えるばかりの僕達を気にかけるように振り返った。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫、です。何とか」

「……前の方で戦っている、彼らの動きを、よく見ておいて下さいね」


戦いの場を初めて目撃するらしい数名が、重たい頭をなんとか頷かせるように動かした。恐怖心に負けないよう、己を鼓舞するように、その場に居る全員が巨大な悪魔を見据える。

あの体を地下から引きずり出す所までは順調だった。元より、僕ら新人の仕事はそれだけで、その後の戦闘は見学、という事になっていたから、一仕事終えた安心感さえあったのだが。……直ぐに終わるとされていた戦闘は、想定以上の長引きを見せ、想像した事もない程の苛烈さに溢れていて。いかに僕たちの考えが甘く浅はかであったかを見せつけるように、重い一撃の破壊音は響いた。

そもそも、近年は悪魔の出現率が低下している、というのもそうだが、数十年前に大学のシステムが確立されて以降は、魔法使いによる調査や見回りが徹底され続けている。よって、現代において一般人が突然戦闘に巻き込まれる事は殆ど無く、即ち戦いを目にする機会だってそうある事ではない。勿論、2012年の異常事態に居合わせたのであれば話は別だが……、おそらく、この場の新人は僕以外も皆、このような大規模の戦いを見るのは初めてなのだと思う。その証拠に、先程からずっと、全員が、声すら出せやしない緊張感の最中だ。だから、後方に居る魔法使いのうち、堂々と立ち回っているのは、例の白髪の少年くらいなものだった。


あの悪魔も、遠目には大きな黒い塊にしか見えないが、その暴れようは噂通りの破壊力を持っている。……もし、あの悪魔が潜伏している事実に強い魔法使い達が気づいていなかったら、と、最悪の事態や被害の大きさを想像したところで、スタッフのうち1人から「そこまでだよ」と声がかかる。

リュカ・ハウエルズと言っただろうか。記憶が正しければ、彼は、学生でありながらスタッフとしても勤務している人物、だったはずだ。比較的歳の近い人間の一言で少しばかり自分を取り戻し、掠れた声ではあるが、何とか返答を音に乗せることができた。


「すみません、つい、悪い想像を」

「いや、仕方ないよ。こんな状況じゃ……」


だけど、と優しげな目元が緊張感を持って語りかけて来る。だけど、前向きにね、と。

……勿論、言いたい事は重々承知している。一般的には、魔法使いの「悪意を持った想像」が悪魔を産み、育てるのだ、と言うけれど、実際には、悪意をもった想像だけではない。恐怖心を含む負の感情、ちょっとした愚痴まで、まるで重箱の隅をつつくかのように、マイナスなものであれば何でもかんでもエネルギーにしてしまう。それが悪魔なのだ。

それと戦っている最中に余計なことを考えるのは、敵にバフをかけているのと同義だろう。


そうこうしているうちにも、大学所属の魔法使いのうち最も強いチームことF班が、勢いよく悪魔を切り付けていく。その様を、僕たちは固唾を飲んで見守る事しか出来ない。

果たして事態は好転しているのだろうか? と、またネガティブな事を考えそうになって首を横に振った。けれど、何か嫌な予感がするのだ。拭えない違和感。悪魔は明らかに弱っているように見えるが、それは油断させるためのブラフではないか、と。そう穿った瞬間、耳障りな音と共に悪魔の額あたりから、手のような物が突き出された。生えた、と言った方が正しいだろうか。殆ど大木と言って差し支えないそれが、ブォン、と勢いよく振られる。

後方にもその振動が届き、ビリビリと空気が悲鳴をあげる。その声に紛れるようにして前線から弾き飛ばされて来た1人の魔法使いを、少年が咄嗟に受け止めた。


「大丈夫!?」

「っ、すまない、大丈夫だ。ありがとう」


青年がお礼を言い終わるのも待たずに、足元がぐわんと揺れた。途端に、先ほど推測から行き着いた結論が正しいのだと本能で察する。普段は出さない大声を喉の奥から搾り出すようにして叫んだ。


「足元から悪魔が来る! あいつ、地下を通って少しずつこちらに移動してたんだ!」


遠目に見える前線の魔法使い達にも、こちらの声が遠隔で届いたらしい。ハッとして、数名が踵を返し後方へと舞い戻って来る。しかし、間に合うだろうか。


「そういう事か! 実態と気配の齟齬、というか……、違和感があったのは、そのせい……」


ふらふらと立ち上がった青年は、もう満身創痍に見える。少年がそれを支えながら言った。


「とにかく皆、逃げて! まずは上空へ!」


そう叫んだ少年が、動くことも出来ず座りこんでいるばかりの後輩達を見て、すぐに数名を上空へ投げ飛ばした。宙へ放り出された者達は、慌てて自力で飛ぶ力を展開させ、更に上へ、そして後ろへと逃げて行く。それを何度も繰り返し、少年が仲間を逃している姿を眺めているうちに、自分の体にも勢いよく重力がかかった。


「そこの君!! リュカをよろしく頼む!」


反射的にすぐ側のスタッフの腕を掴むと、少年は安心したように笑って、最後の1人、青年を上空へと逃した。


「ぐっ……」


先ほどまで大人数が滞在していた場所、その地面が盛り上がり、黒い塊が地下から這い出て来た。少年が、ふっ、と軽く舞い上がりそれを避けた矢先、突如、巨大な本が、開かれた状態で地上へ現れる。少年が腕を振り下ろすと、本は悪魔を挟むようにして勢いよく閉じられた。


「あれは……」

「あれが、コル君の得意な魔法、というか、想像、だね」


リュカは、心配そうに戦いの様子を見つめながら、そう呟いた。

……魔法というものは、結局のところ、想像の具現化だ。人によって想像しやすいものが異なるのは当然で、炎や、何ならビームと言って差し支えのないもので攻撃する者もいれば、刀状のものを飛ばしたり、紐で縛り上げたり。ともかく、攻撃手段は千差万別なのだ。が、大抵は攻撃性をあからさまにしたものが多い。ああいった、戦いとは無縁のものを出して来る魔法使いは、おそらく珍しい部類に入るだろう。

本の隙間からじりじりと悪魔が這い出して来るまでの数秒間に、前線の魔法使い達が戻って来て少年に加勢する。各々が魔法を打ち込み、見るからに悪魔は弱っていった。今度のこれは、ブラフでも何でもない。明らかに魔法使い達が押している。しかし、悪魔側もそのまま簡単にやられる筈はなく、決死の一撃、と、おそらく戦いの場で1番弱いであろう少年に手を伸ばした。


「コル!」


それに気づいた魔法使いの1人が、咄嗟に庇おうと手を伸ばしたが、悪魔の方が一足早く、少年のもとへ辿り着いてしまう。もう駄目か、と、誰もが思った瞬間、少年の目前に、誰かが立ち塞がっているのが見えた。

ーー茶髪の子どもだ。あんな子、居ただろうか。そう思考を巡らせたすぐ隣から、息を飲む音が聞こえた。皆が動向を見守る中、少年を庇い、悪魔へと大岩をぶつけ止めを刺した茶髪の彼は、にこりと笑って、消えた。


「今のは、魔法、か?」


誰かの呟きではっと我に返る。

そうだ、魔法だ。おそらくあの少年は、咄嗟の想像で自身を守り抜いたのだろう。その結果、悪魔は倒れ、傷1つ無く無事に戦いを終えた。一仕事終わったのだ。

……良かった、と肩の力を抜いた自分と対照的に、この戦いの功労者たる少年は、無表情のまま立ち竦んでいる。誰も気づかない程の変化。まっさらに見えるその瞳の中に、恐ろしく暗い影が過ぎるのを見た、と、思う間も無く、彼は顔を上げ、お手本のような笑顔をこちらに向けた。


「何とか倒せたみたいです!」


あまりにも屈託の無い、隙の無い笑顔に、思わずへらりと笑い返す。一瞬見えた絶望と諦めの乗った表情は、己の目の錯覚だったのだと思う事にした。