トップエグゼクティブの美と経営(第8回)「タイのファッション産業の高付加価値化を目指して」『ArayZ』2021年8月号
これまで数多くの著名デザイナーを輩出してきた文化服装学院と、タイの大手財閥サハ・グループの合弁として2005年にバンコクで設立されたBunka Fashion School(以下、Bunka)。ソンポン・スーントムタムロング学長との対談をもとに、タイへの招聘の狙いや今後の展開などを見ていきます。
藤岡: ソンポンさんは、サハ・グループのタイワコールで働かれていました。Bunkaの設立はサハ・グループのブンヤシット会長のアイデアでしょうか。
ソンポン: そうです、彼のアイデアです。私は2005年の設立時から時々、Bunkaの卒業プロジェクトを手伝っていたのですが、定年退職と同時にBunkaの経営に携わるようになりました。当時、タイには本格的なデザイナー養成学校はありませんでした。特に、服の企画はデザインのみではなくパターンもできなければなりませんが、タイの既存プログラムでは後者が弱かったのです。
藤岡: Bunkaの設立はデザインやパターンといった活動を取り込むことで、生産のみではなく高付加価値なサプライチェーンの上流へ参入する意図があったのですね。
ソンポン: 今後のサハのファッション事業を考えた際、与えられた図面通りに生産を下請けするのではなく、そこから一歩上を目指して自分たちでデザイン機能を持つことで競争力を強化しようと試みたのです。サプライチェーンの上流へタイ企業が参入することで、タイのファッション産業全体の底上げにも寄与する取り組みです。
藤岡: 世界中のデザイナーズスクールの中から、なぜ文化服装学院を選ばれたのですか。
ソンポン: アジアの学校だからです。タイと日本の文化は親和性が高く、体のプロポーションが似ているので、日本のパターン作業などはタイ人の体型にも応用がしやすいのです。
藤岡: 近年は、日本の大会でも賞を取得するような学生も輩出するなど成果を挙げつつありますが、日本と比べて異なる点があれば教えてください。
ソンポン: 大学卒が50%超えているという点と、年齢が上は50歳前までというように幅が広い点です。最近は、韓国など日本以外のファッションに憧れる若者が増えてきています。この10年間で、日本のプレゼンスの低下をあらゆるところで感じる機会が多くなってきましたね。タイでは、ファッションのみならずファッションビジネスを学びたいという学生が増えていますので、日本企業との経験が豊富なサハ・グループの知見も伝えていければと思います。
藤岡: アパレル業界は環境負荷や人権、貧困、価値分配の問題などとの関わりが深く、デザインのみではなく、これらを学ぶことの意義も高まっていくでしょう。
アパレル製品は数多くの生産工程を経て生産され、生産地とは遠く離れた場所で消費をされ、やがて廃棄されるという特徴があります。
近年注目を集めているSDGs(持続可能な開発目標)やESG(経済、社会、企業統治)という観点からも、デザイナーが調達先の労働条件や原料の環境負荷などに関心を持ち、サプライチェーン全体のトレーサビリティを担保していくことが重要となります。あらゆる業界において、コストや品質やデザインのみならず、サステナブルな経営が求められる時代になったという認識を持つことが大切です。