旅館・ホテルがさらなる魅力を発信するためのブランディング
株式会社Loco Partners 取締役営業本部長
塩川一樹氏
<プロフィール> しおかわ・かずき
立命館大学経済学部卒業。
(株)ジェイティービーにて法人営業に携わった後、(株)リクルート・旅行カンパニー(じゃらん)にて、首都圏・伊豆・信州エリアの責任者を歴任し約2,000施設以上を担当。
Travelzoo日本法人に転じて、全国の旅館・ホテルなどの営業責任者として従事したのち、現職。一流旅館ホテル予約サイト「Relux」を運営。
私は現在、年間100泊以上宿泊施設にお邪魔しています。そうした経験や、私たち自身がどういう事業をしているかということを踏まえながら、どういう施設様が選ばれてきたのかという話ができればと思います。加えて、SNSを使ったブランディングのことについても、トレンドの背景にも触れながら紹介して参ります。
今日は、4つのことをお話しします。まずは、私たちについての自己紹介。続いて、ある宿泊施設様の事例を紹介します。3つめに、私なりに考察したソーシャルメディア時代におけるブランディングについて。そして最後に「お客様に選ばれ続けるために必要な要素」について、まとめとして述べさせていただきます。
1.私たちについて
まずは、私たちのことについて紹介させていただきます(編集部注:塩川様の自己紹介は【下図】の掲載をもって省略します)。会社の創業者は、現在の代表取締役篠塚孝哉でして、リクルート時代の後輩です。東日本大震災の年、2011年秋に会社を立ち上げました。震災当時、彼が担当していた福島県の施設様は、数多く倒産の憂き目にあう状況でした。傍から見ているだけではダメだと感じ、自分もリスクを負って地域に貢献できる会社をつくりたいと発起して、LocoPartnersを立ち上げました。
現在、会社のメンバーは80名ほどです。私は2012年にジョインしました。宿泊予約サイト「Relux」は、2013年からサービスを始めています。直近ではKDDIグループに参画しました。「Relux」の由来は「relax」と「luxury」の掛け合わせです。ご案内できる旅館様は20社からのスタートでした。
ビジネスモデルはシンプルで、「お客様と宿泊施設様とのマッチングを高める」です。年間100泊もしていると、色々な人からお勧めの宿泊施設について尋ねられます。その都度、これだけ選択肢が溢れているのに選べないって何だろうと考えていました。そうした、私自身の経験をどうやってサービスに昇華できるかを考えてきました。お客様に関しては、全ての方とお付き合いをしようとするのではなく、契約施設様とのマッチングに資するお客様の会員化を図って参りました。その施設様についても、会員様との相性を考慮して厳選しています。知床から宮古島まで、約1,000件の施設とお付き合いしています。なお、メール広告は一切行っていません。広告は便利なところもありますが、余計な情報と考える方もいるからです。また、ブログは、営業的な発想ではなく編集的な思想に則ったうえで発信する情報を精査しています。そして、宿泊施設ごとのプラン数は一定数に制限していて、とてもシンプルです。数多いプランに面食らってしまって選べないお客様のことを考慮した次第です。それに、情報があまり無い画面にしています。背景の色使いや使う写真の点数を制限するなどビジュアルを重視し、お宿様の強みが一目で伝わるシンプルなデザインを心がけています【下図】。一言でいえば、足し算ではなく引き算の思想に基づいたサイト運営を行っています。お客様の獲得についても工夫をしています。どうやって施設様とお客様との間に接点を持たせられるかとして、Facebookのプロフィール欄を活用しています。男女・使用言語・住まい・年齢・お勤め・趣味嗜好など、様々なセグメントを活用しマッチングを図っています。そのFacebookですが、私がジョインした2012年当時、アクティブユーザーは500万人ほどでしたが、今は2,000万人ほどと言われます。旅行とは相性がよいと考え、お客様とのコミュニケーションツールとして力を注いでいます。会員数は80万人に迫ろうかというところ。急激に伸びたというより、2013年から徐々に増加してきました。海外事業は2015年4月から始め、予約の10~15%はアジア圏のお客様となっています。Facebookのファンの数は80万人を超えており、国内のOTAでは数だけでいえば一番多い状況です。それ以外に、LINEやinstagramなどソーシャルメディアは全てやっており、キュレーションマガジンも公開しています。Facebookは1日8投稿。どういう投稿を何時にどういうテーマで配信するとお客様からどんなリアクションがあったか、それを常にプランニングとチェックを繰り返しています。
ここまでご紹介したデジタルな事業に対して、アナログな取り組みも行っています。OTAでは珍しい方だと思います。その一つがコンシュルジュ機能です【下図】。私自身も担当したことがあり、プライベートジェットで海外から来られる方よりどこかいい施設はないかという話や、3世代旅行向けで段差が無く部屋食ができる旅館はないかという相談を受けました。1人旅で10泊したいとか、ヘリコプターを使いたいとか、抽象的な相談もありました。こうしたご要望に対して、コンシュルジュがお客様の目的を絞ったうえで、細かな要望にも対応しています。最近は、MICEのご相談もあります。他には、施設様に協力を要請して、お泊りのお客様全員に私共から手書きの手紙を届けています。筆圧の入った手紙を書かせていただき気持ちをお伝えすることによって、お客様の「タビナカ」にも積極的に関わり合っています。
予約1件あたりの平均単価は77,950円です。OTAの中では高い方かと思います。予約1件につき、平均2.12名様のご利用、泊数は1.1泊となっています。記念日でご利用いただくことが多いですね。今後は、もっと身近に利用してもらえるようにしたいと考えていて、そこに課題感を持っています。
お客様満足度について、半年前からチェックを始めました。外資系ホテル様は既に導入されていると思いますが、NPS(ネット・プロモーター・スコア)を採用しています【下図】。「49.6」がサイトに対するNPSです。この指標をご存知の方にとっては、かなり高いスコアに感じるかと思います(編集部注:NPSは企業への愛着度合いを測る指標。推奨者の割合から批判者の割合を減じた数値を指す。NTTコムが昨年実施した調査で、ホテル業界のNPSトップ企業が12.2ポイントだった)。また、宿泊施設様の評価は4.44点。R社など大きなサイトの平均は4.0点程だと思いますが、我々がお付き合いしている施設様についてはこうした評価を得られています。
2.お客様から選ばれる宿泊施設事例
お話しできるエッセンスがまとまっているお宿として、当該施設様にもご協力いただいたうえでお話しします。伊豆稲取の「食べるお宿浜の湯」様です【下図】。現在、2代目の社長が切り盛りされています。こちらは、従来の団体客向けから個人客向けに思い切ってシフトされ、2名客を中心とした商品造成に変えていかれました。部屋のタイプは画一的なものを止め、料理は一品出しを開始。パーソナルな接客に注力すべく、新卒採用を積極的に始められたのです。全てのお客様のカルテを取り、よくお話をされるタイプの方なのか、どういう観光をしているのか、会話のトーンから再来見込みがあるか、といったことを記録されています。アンケート収集やブログでの情報発信はもちろんのこと、お客様が食べ残した料理を分析して商品設定するなど、お客様の満足度を第一に考えた商品力向上に努めて来られました。
ハード面の経年劣化に対し、短いスパンで設備投資を実施。ソフト面においては、繰り返し来館してもらうたびに満足度をさらにアップするよう努めておられます【下図】。ソフトについてさらにお話しすると、マニュアルに基づく基本的なサービスを上回るサービスは、パーソナルに行うということです。スタッフさんには「自分らしさや自身の存在感を出してください」と伝えておられます。仲居さんそれぞれの意思で如何に満足してもらえるかを工夫しており、メルマガは初めて来館されるお客様と3回目のリピーターとでは内容が違います。第1部の田中先生からもお話があった、「想起してもらえる旅館」を目指しておられるわけです。そのような考えや、日本文化を継承し畳の文化を守っていきたい、あるいは生まれ変わっても旅館をやりたいといった社長の想いに共感したスタッフが、日々お客様に心のこもったサービスを提供しています。
旅館単体としては、Facebookのファン数は多い方だと思います【下図】。宿泊されたお客様が感動して実名で投稿するというのは、相当インパクトのあるコミュニケーションとなっています。また、1つの投稿に対して多くのコメントが寄せられている状況は、他ではあまりみられない特筆すべきものだと捉えています。「自分にとって大切な人に来て欲しい」と書き込まれるというのは、ものすごいブランドだと考えます。
3.ソーシャルメディア時代におけるブランディングとは
1.5人に1人がソーシャルメディアを使う時代です。20代はほとんどの人がSNSを利用し、50代においても2人に1人が利用するとの総務省の調査があります。同じ調査によれば、スマホ利用者がSNSを使う傾向が強いということから、SNSはスマホと相性がよいということだと捉えています。SNSのアクティブユーザー、その数は強烈です【下図】。
その伸びが顕著なのがInstagramです。私自身思い返すと、SNSを1日も見なかった日は無かったはずです。ある意味ツールに縛られているのかなと思いますが、ユーザーの思考が変化してきたのかなと考えると、こんなキーワードを発想しました【下図】。「実名で自らのスタンスを明らかにしている」・「論評ではなく『行動する人の行動』に注目が集まっている」ということです。今まではマス的な情報に受け身だった我々が、友人同士や個人間で情報を発信し合い、「分厚い」情報が飛び回っている。これが当たり前になりつつあります。「スタンス×行動×注目」という世界観が醸成されてきているなか、我々は環境に支配されるのだなということを改めて実感しています。
ソーシャルネットワークが出てきたので、一方向の情報の流通だけではなく、双方向かつ「タテ・ヨコ・ナナメ」で情報を受発信できるようになってきました。それに、手元ですぐ情報が見られる便利な時代です。一方、情報は加速度的に届かなくなっていく時代とも捉えられます。宿泊施設様との話のなかで、「自分たちの宿のことが本当に知られているかが気になる」とよく伺います。ホームページを少し変えただけでは情報が全然伝達しない、かといって何もしないとかなり置いて行かれる…。そうした背景には「情報の爆発」がある。今は、そんな環境だと感じています。
マーケティングのプロセスについても変化を感じます。共感を呼ぶ会社やサービスは情報共有されプラスのスパイラルとして広がるものの、その逆だと悪評が拡散されてしまうことになります。スマホの普及とソーシャルネットワークの環境が整っていることが背景になっているが故の現象ではないでしょうか。その中で購買行動はどういうコミュニケーションから生まれるか。電通が示した概念図を用いてお話しします【下図】。今は、マス情報を1回受け取って購買行動に移るのではなく、SNSから情報を受け取ってフォロワーになることで、まずは「ゆるい参加」から始まるとされます。それから、商品やサービス、企業のポリシーに共感し、誰かの推薦があると「ファン」になり、やがて熱狂的ファンになると「エバンジェリスト」として、何の褒賞も無いのに自分がよいと思ったサービスを広めてくれるわけです。つまり、情報の伝達度を考えると、いきなり強い購買層になってもらうのは難度が高いということです。まずは、ゆるいつながりをどれだけ作っていって、コミュニケーションをどれだけ積み重ねられるかが重要とされています。
その「ゆるい参加」を促す「共感」を得るためには、田中先生のお話同様、旅行の最中だけではなく、「旅マエ」から「旅アト」までトータル的なお客様満足を意識する必要があると考えます【下図】。「旅マエ」には、コンシュルジュチームがメールやチャットで丁寧に対応させていただき、「旅アト」には、お客様のSNSをフォローすることもあります。我々は一括りにすればOTAですが、オンラインとオフラインの垣根はお客様には関係ありません。ご旅行提供者である我々は、一連の流れのなかで宿泊施設様と一体となってお客様の満足度を高めていく。そして、この流れを循環していくことが大事なのだと思います。
「情報が到達しにくい」という話をしましたが、逆にどういう施設の情報が伝わりやすいか【下図】。満足度に繋がる要素は様々かと思いますが、お風呂や接客、料理において常に業界水準を超えながら、「その宿らしさ」や「ここは譲れない」という要素が、お客様へのアテンションへと結びついていきます。購買層が「発見感」を抱いたり、「見つけてよかった」と感じられたりするような、注目を浴びるようなコンテンツを持つことが重要と言えます。
SNS時代において持つべき重要なスタンスについて触れます【下図】。「ジョハリの窓」はご存知ですか。自己分析や他己分析を4パターンに分類したフレームですが、これは企業やサービスにも置き換えられると思います。他者が知らない自分を開示することで、自分が気づかないことをフィードバックされるという図式です。積極的に「自己開示」することで、お客様から「この料理はよかった」、「このアメニティはイマイチだった」等といったフィードバックが入ってきて、強みや弱みを把握できます。とはいえ、どれだけ手間をかけるかに左右されるので、企業によってトライするか否かのスタンスは全然違います。ただ、お客様に選ばれ続けている施設様は、総じてフィードバックを求めているなと感じます。「イノベーション」はできなくても、細かな「リノベーション」を繰り返せる企業さんは強いと思います。
そして、お客様にどうやって情報をお届けするかというところです【下図】。田中先生の言葉を借りると、エバンジェリストが「想起」させてくれる人だと思います。「スポンサード」とあったり「PR」と書かれたりした記事は、クリックされにくいとされます。一方、たくさん情報があるなかで、「この人の情報に関しては信頼性がある」とか、「この方が『いいね』と言ってるのであれば、この商品は良いんじゃないか」って思うことは、結構身近にありませんか。こうした発信力がある人による情報の価値が、流通するほど増している状況です。田中先生のお話で、神戸にブロガーを集めた話はこの例だといえます。いかに、自ら発信してくれる方を大切にして、増やしていくかが大事だと感じています。
次に採用のことについてお話します【下図】。講演テーマからずれていると思われるかもしれませんが…。先ほど、「プレ旅マエ」から「旅アト」の話をしました。ステップは4つありましたが、そこには一気通貫したメッセージングが大事です。自社がどういうメッセージを伝えるか、最後は人です。選ばれ続けている施設様の共通点は、採用に力を入れていることだと感じます。数を多く集めているというのではなくて、深堀した面接のヒアリングが長けていると思います。「なぜ応募に来てくれたのか」や「ここでどういう接客をしたいのか」というビジョンを聞いて、過去はどういう歩みをしてきたかを問うと、未来における理想と現状とのギャップが課題感として見えてきます。それをここの企業で埋めることができるのかどうかということを確かめておられます。また採用後は、「育てる」のではなく、「育つ支援」をされています。その考えが、イキイキした接客になるか否かになるかの大きな差になっていると捉えます。お客様はよく見ています。ハードはよかったが、人はイマイチだった等と。「最後は人」というその根源は、「採用」だと思います。
4.まとめ -お客様に選ばれ続けるためには-
ここまでの話を踏まえ、私が考えるブランディングにおける重要な要素を3点お示ししたいと思います。
1点目は、「相手視点の発想ができる企業やサービスであること」です【下図】。選ばれ続けるというのは難度の高いテーマですが、突き詰めるとこういう発想が必要と思います。例えば、デジタルツールをなぜ使うか。それを使えば集客に繋がるということではなく、お客様がデジタル環境にいらっしゃるので、コミュニケーションしやすい場所にしっかり情報を出しておくということなのだと考えます。また、接客についても、何かおもてなしをして差し上げるというのではなく、お客様が満足するのに共感のスタンスを持てるかどうかということだと思います。「誰々を」ではなく、「相手方が」という視点が、デジタルだろうとアナログであろうと、必要なコミュニケーションだと感じています。
2点目は、「Whyで始められるかどうか」です。ソーシャルメディア時代においては、お客様もコミュニケーションが長けています。どうやってお客様を獲得してやろう、という考えは肯定できません。こちらは、サイモン・シネックのプレゼンの模様です【下図】。「何についてやる」のではなく、「何のためにやる」のかです。何ためにこの会議をやるのか、なぜこのツールを使っているのか、どうしてこういう接客をするのか…。一番根源の部分を発想の起点とすべきです。今のお客様は、「この人が経営するお宿だから行ってみたい」と感じる人もいるのではないかと思います。どんなビジョンや目的を持って、いかなる理念が在るか…。そういう発信は、受け手に伝わってくるものだと思います。
3点目は、「情・理・人が重なりあっている企業かどうか」です【下図】。高級品が「ブランド」という時代がかつてあったと思います。しかし、これからは「情」・「理」・「人」がないとブランドは構築できないと感じています。「情」として、強烈なWillや社会に役立つような大義名分があるとか、企業としての志を持っているかどうか。ここが最初の起点になっています。そこに「理」が入り、「人」が重なりあった状態が求められます。選ばれ続ける企業というのは、お客様もそうですが、スタッフもそう、関係会社もそう、応援者が多いと感じます。応援したくなるサービスこそブランドなのだと捉えています。
2017年6月15日 研修集会講演より