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DOOR BOOK STORE 高橋香苗さん

2016.01.15 13:40

個性や情熱のある作品たちが、人に考える時間を与えてくれる

島根県松江市の緑あふれる閑静な住宅街。本当にこの辺りでいいのだろうか、と何度も住所を確かめながら丘を上っていくと、やがてコンクリートのブロックを組んだモダンな住宅が目に入る。その一区画に、まるで隠れ家のようにひっそりと、「DOOR BOOK STORE」はある。

エントランスの大きな木の扉をゆっくりと開くとすぐ、小さなギャラリースペースが広がる。凛とした、それでいて温かみのある雰囲気。奥の方に進むと、自然光が柔らかく入る空間が広がり、面した中庭にはすっくと伸びた木が葉を揺らし、葉の影が壁に濃淡を作ってゆらゆら遊んでいる。大きなテーブルの上にはアーティスティックな写真集や思想書、哲学書、小説、絵本、雑誌、エッセイ集など様々なジャンルの本が並ぶ。こだわりやメッセージ性の強いもの、または美しい、あるいは力強い、かわいいものなどタイプもいろいろ。さらに、本に交じって繊細な色合いの陶器やガラスの器、燭台、ステーショナリー、アクセサリーなど、センスを感じる個性的なアイテムたちが目を楽しませてくれる。それらは不思議と調和し、訪ねた人の好奇心や創造力を掻き立てる。かっこいいだけじゃない、美しいだけじゃない、思わず立ち止まってちょっと考える時間が生まれる不思議な場所。まるで時間の流れがゆっくりスローダウンしていくような、心地よい錯覚を味わわせてくれる。そんな空間だからこそ、地元の人はもとより、東京など遠くから訪ねる人が絶えない。


この魅力的な空間をプロデュースしているのが、オーナーの高橋香苗さん。2002年ごろから、地元島根で物づくりに関わるクリエイター達とイベントや展覧会など多くの企画を通じて活動を続け、今では現代の島根のクリエイションに欠かせない人と目されている。並んでいる本や作品の選び方、集め方、見せ方などに高橋さん独自の価値観や好奇心がちりばめられ、その選択眼や審美眼を信頼する人が多いのだ。


住んでいる土地で、楽しく生きようとする人が出会う場所

高橋さんは四国の高松市生まれ。父の転勤で引っ越しを重ね、東京の女子美術大学でデザインを専攻し、卒業後は都内の都市計画事務所で働いていたが、結婚を機に島根に移り住んだ。賑やかで華やかで刺激的な東京から、山陰のほの暗い静かな環境へ。そこで一番変わったことは、自分の内面について考える時間がたくさんできたということだった。

子育て中にシュタイナー教育に触れたことをきっかけに、ドイツの哲学や日本の民俗学、小説、聖書など、気になった本を次々と読んだ。外からの情報が減った分、自分の内面や人間、人生などについて考えることが増え、本を読んで観念的ことを考えながら過ごすことが圧倒的に多くなった。静かな読書の時間は、ものごとの表層的な魅力だけではない、もっと深い部分に触れようとする姿勢につながり、今の高橋さんの活動の大きな背骨にもなっている。

ある日、ふとしたことで興味の矛先が変わった。地元の陶芸教室に参加して作品を作ったのをきっかけに、アウトプットの楽しさに目覚めたのだ。5年ほど没頭したのち、2002年2月に松江市内の築100年の美しい建物を借りて、友人と作品展を開いた。天井が高く、ステンドグラスがちりばめられた洒落た空間は、明治時代に建てられた金物屋だったという。3月に取り壊しが決まっていたため、活動は2月の1か月間のみ。「ギャラリーフェブラリー」と名付け、知人から借りたイギリスのアンティーク家具を配して作品を展示しながら、お茶やお菓子を用意して訪ねてくる人をもてなしているうちに、その様子が評判になっていった。地元のメディアも取材に来るようになり、いつしか造形作家や建築家、島根大学の美術学科の学生など、クリエイターとの交流が始まった。


その半年後、市内の別の場所を使って何か面白いことをしませんかと誘われた。今度は2か月間限定。高橋さんはフェブラリーでできたつながりを生かし、イベント内容はさらに充実した。平日は陶芸、工芸などの作品や花を使ったアートワーク、高橋さんが選んだ本などで場をコーディネートして訪ねる人を楽しませ、週末はジャズのライブを開いたり、カラーコーディネートのワークショップを開いたりと、いろんなジャンルの人が集まって活動した。あっという間に、あそこに行けば、いつも誰かが何かをしているという面白い場所になった。

高橋さんにとって、この状況は予想以上だった。なんでも集まる東京の賑やかさとは違う、自然発生的な面白さ。この地で暮らす人が持つ個性や才能を、自分たちで掛け合わせて何か新しいことを生み、それを自分たちがごく自然に楽しむという化学反応に、誰より高橋さん自身が刺激されたのだ。開催した2か月間で学芸員や器作家など参加メンバーはさらに増え、いつしか「プーリー クリエイターズボックス」と名付けられた40人ほどの集まりになっていた。ちなみにプーリーはpulleyと書く。以前借りた築100年の金物屋の建物に残っていた動力滑車のこと。大小のプーリーが集まって大きな力を生み出すので、それにあやかっての命名だった。



突き抜けた個性やアイデアこそが、人を引き付ける

高橋さんはこれらのイベントを始める少し前、一般公募で開かれた街づくりプロジェクトの勉強会にも参加していた。前職の経験もあり、街を元気にするということにはもともと興味があったのだ。自分も長く暮らしている土地だからこそ、何か動いてみたいという気持ちもあった。そして、そこで大事なことに気付いた。

勉強会は、地方都市の活性化がテーマ。参加者がアイデアを出し合い、多くの人が納得しそうな企画にまとめる。どこでも行われる正攻法だ。でも、この一見まっとうな方法が高橋さんにはなんだかしっくりこない。いや、正直に言うとつまらなかった。

町づくりは行政に関わる公的なこと。だから多くの人の意見を広く集めるといった民主的な手続きは不可欠だ。でも、そこから生まれる最大公約数的なアイデアは、実はちっとも面白くない。多くの人の意見を公平に拾って可もなく不可もないものを作っても、誰にも響かないからだ。むしろ、とんでもなく個性の強いものの方がずっと人を魅了する。何かが突出しているからこそ、創造物として魅力を放つ。

だから、町づくりのアイデアも意図して形良くまとめる必要はないのだ。みんなのためのものだからと、なにもかものがフラットで民主的である必要はない。むしろ、とんでもなく個性の強いものが集まる場を地域にいくつも作ることが、住む人や訪れる人を楽しませ、町を面白くする。そんな確信を得たのだ。


DJから学んだ編集の面白さと魅力

ある日、高橋さんはイベントで知り合った島根大の若い学生の友人に誘われて、市内のクラブを訪れた。何もないと思って暮らしてきた島根の町に、自分の全く知らないところがある。それだけでも面白かったが、さらにそこで若者たちは、自分たちの楽しめる場所を作ろうと、音楽を通して人と人とを繋いでいることを知った。そして、そこで初めて見たDJの存在に目が釘付けになった。

音源はすべて、自分が作ったわけではない誰かの曲。メジャーなもの、マイナーなもの、新旧さまざまなジャンルの曲を織り交ぜながら、タイミングや順番を考えつつ、場の雰囲気を掴みながら次々と曲をかける。客は、曲に合わせてDJの方を一斉に向きながら楽しそうに踊っている。この場を盛り上げているのは、何よりDJの曲を選ぶセンスと編集力。そこにピンときた。

私も自分で何かを編集して、人が楽しめる空間を作ろう。心はすぐ決まった。だが、何を柱にしたらいいだろうか。少し迷っていると、クラブに連れて行ってくれた学生の友人に「高橋さんはやっぱり本ですよ」と言われ、はっと気が付いた。自分が内面に向き合って模索を続けていた時期に、自分に一番寄り添ってくれたのは本。そうだ、本を生かした空間を作ろうと決めた。

書店という空間をイメージして真っ先に思いついたのが、当時東京のIDEE内にあった本屋。本が主役だが、そこに並んでいるのは本だけではない。世界各地から見つけてきた生活に関わるアイテムやアートも一緒に並んでいた。独特の世界観があったし、本のセレクトも個性的で魅力を感じた。訪ねるたびに何か印象に残る面白さがあったのだ。早速直接東京のIDEEまで行き、当時プロデュースしていた大熊健郎さん(現在CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター)に、本屋の開き方を教わりに行った。といっても面識はなかったから、ほとんどアポなし取材のようなもの。店に客として現れた高橋さんは、自己紹介もそこそこに大熊さんにいろいろと質問を始めたそう。唐突な出会いや高橋さんの熱心な様子など、大熊さんも当時のことは覚えていて、2人で笑いながら思い出すことがあるという。


目をつぶって、見つめる暮らし

高橋さんの本の選び方には特に決まりがあるわけではない。洋書も和書も、小説も新書も文庫も、写真集や画集もあって、テーマやジャンルも幅広い。地元の人とのつながりから、島根に関わる本や作品もあるけれど、それは自然とそうなっていることが多い。

ただ、本を選ぶときに高橋さんが大事にしている言葉がある。それが「目をつぶって、見つめる暮らし」だ。

「人が何かを探しているときに、必要な答えはすでに自分の中にある、とよく聞きます。だからこそ、その内面の確認作業をするために人には孤独が必要です。目を閉じ、静かなところにいるだけで自分の中にある答え探しのヒントが見つけやすくなる。本は、そんなときに手伝いをしてくれます。とくに、作者自身が内面を探りながら生まれたものには、その力がある。どうしても伝えたいものがある人の作品は、他者の心を揺さぶる力がある。だから、そういった人を引き付ける魅力を強く感じるものを、自然と選んでいます」

目をつぶって自分の内面を見つめる時間を持つことで、暮らしを豊かに過ごしていけたら。そう思う高橋さんの周りには、内面とじっくり向き合うクリエイターたちの、個性あふれる、静かに熱い作品が集まる。そしてそれらが編集された高橋さん独特の空間には、多くの人が引き寄せられている。


写真:公文健太郎 文:馬田草織

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DOOR BOOK STORE

Address. 島根県松江市上乃木1-22-22

Tel. 0852-26-7846

13:00〜18:30 月曜、金曜休み

※ただし一月いっぱいは冬季休業、2月より通常営業