野分のまたの日
Facebook相田 公弘さん投稿記事 枕草子~野分のまたの日~
野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ。
立蔀、透垣などの乱れたるに、前栽どもいと心苦しげなり。
大きなる木どもも倒れ、枝など吹き折られたるが、萩、女郎花などの上によころばひ伏せる、いと思はずなり。
格子の壺などに、木の葉をことさらにしたらむやうにこまごまと吹き入れたるこそ、
荒かりつる風のしわざとはおぼえね。
いと濃き衣のうはぐもりたるに、黄朽葉の織物、薄物などの小袿着て、まことしう清げなる人の、夜は風のさわぎに、寝られざりければ、久しう寝起きたるままに、母屋よりすこしゐざり出でたる、髪は風に吹きまよはされて、すこしうちふくだみたるが肩にかかれるほど、まことにめでたし。
物あはれなるけしきに、見出だして、「むべ山風を」など言ひたるも心あらむと見ゆるに、
十七、八ばかりにやあらむ、小さうはあらねどわざと大人とは見えぬが、生絹の単衣のいみじうほころび絶え、花もかへり、ぬれなどしたる薄色の宿直物を着て、髪、色に、こまごまとうるはしう、末も尾花のやうにてたけばかりなりければ、衣の裾にかくれて袴のそばそばより見ゆるに、童べ、若き人々の、根ごめに吹き折られたる、ここかしこに取りあつめ、起し立てなどするを、うらやましげに押し張りて、簾に添ひたるうしろでもをかし
【現代語訳】
台風の翌日は非常にしみじみとした趣があり面白い。
立蔀や透垣などが乱れていて、庭の植え込みなどもとても気の毒な様子だ。
大きな木なども倒れ、枝なども吹き折られたのが、萩や女郎花などの上に横倒しになっている様子など、とても意外だ。
格子の枠などに、木の葉をわざわざやったかのように細々と吹き入れてあるのは、
荒々しかった風の仕業とは思えない。
とても濃い色の衣の光沢が落ちたのに、黄朽葉色の織物や薄物などの小袿を着て、まじめで綺麗な感じの人が、夜は風の騒がしい音で寝られなかったので、朝遅くまで寝て、起きるとすぐに母屋から(廂の方に)座ったまま膝で進み出たのが、髪は風で吹き乱されて、少しぼさぼさになっているのが肩に掛かっている様子は本当に素晴らしい。
何となくしみじみとした様子で外を見て「むべ山風を」などと言っているのも情趣を解すると見えるが、十七、八歳ほどであろうか、小さくはないが、取り立てて大人とは見えないのが、生絹の単衣がひどく糸が切れてほころび、花色が褪せてている、その上に濡れるなどしている薄色の宿直着を着て、髪は艶があってこまやかに美しく、髪の裾もススキのように広がって背丈ほどの長さだったので、着物の裾に隠れて、袴のひだから見えるのに、女の子や若い女房が、根っこごと吹き折られた草木をあちこちに取り集めたり、起こし立てたりするのを、羨ましそうに簾を外に押し張って、簾に体をぴったり寄せている後ろ姿も風情がある。
Facebook長堀 優さん 投稿記事
ついに木村秋則さんに再会することができました❗️
青森空港での短い時間となりましたが、しっかりとメッセージを受け取ってまいりました。夕方まで1日ご一緒した高野先生からもとても大切なメッセージを頂戴しました。
これまでの偽気象や偽感染症を終わらせるべく、いよいよ天の大きな動きが始まるようです。
量子論に基づいたこの宇宙の創造について、そして大変革の時代における人の在り方について、法華経がしっかりと説いていることが、高野先生のお話を聞いていてよくわかりました。
日蓮上人は、鎌倉時代を思わせる現在の国難について、良きことの前には、大きな試練があるとも伝えているといいます。
おどかすことは私の本意ではありませんが、覚悟をもって日々を過ごす決意を新たにしました。
じつは私の実家の菩提寺も日蓮宗なのですが、高野先生の周りには今、法華経繋がりの人がどんどん集まってきているそうです。
松原照子さんは来年あたり、そして木村さんによれば、ホピ族は24年から25年に最も大きなことが起こると予言しているそうです。
全ては、地球に大調和をもたらすため、この災厄を乗り越えていくその中心には、幾多の大災害を体験してきた日本人がいるはずです。
タイムラインが変わり、大難が小難になるためには自分に何ができるのか、いろいろ考えて行動したいと思います。
繰り返しますが、全てはこの星に大調和をもたらすため、このメッセージを受け取るために、今回青森に来たのかもしれません。
おかげさまで、とても充実した2日間になりました。谷地村さんご夫妻、三木歩さん、橘央子さん、たいへんお世話になりありがとうございました。
高野先生は、モーゼの墓があるとされる宝達山のすぐそばでお生まれです。そのため、このキリストの墓が気になり、十八歳の頃、この場所で1週間テントで寝泊まりされたそうです。
今は、2つの墳墓の間に盛土され、低くなってしまいましたが、その当時は、墳墓はとても高かったそうです。