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【参考】JR只見線・復旧区間 撮影記 2022年 秋

2022.10.02 11:56

昨日(10月1日)、11年2か月振りに全線で運転を再開したJR只見線。運休していた区間を走る列車の姿を撮影しようと、只見町と金山町の橋梁を通過する列車をレンタカーで追った。

*参考:

・福島県:只見線ポータルサイト/「只見線の復旧・復興に関する取組みについて

・福島県・東日本旅客鉄道株式会社 仙台支社:「只見線全線運転再開について」(PDF)(2022年5月18日)

・福島県:平成31年度 包括外部監査報告書「復興事業に係る事務の執行について」(PDF)(令和2年3月) p140 生活環境部 生活交通課 只見線利活用プロジェクト推進事業

・拙著:「次はいつ乗る?只見線」カテゴリ  -只見線の秋-

 

 


 

 

今日の地元紙・福島民報は、昨日の只見線全線再開通の模様を、一面や社会面などで大きく紙面を割いて報じていた。*下掲記事:福島民報 2022年10月2日付け紙面

 

そして、私が乗った会津若松駅発(小出駅行き)の始発列車が、会津坂下町内の駅間で停車した情報も、一面の下段に載っていた。確かに客は多かったが、“約210人”も乗っていたことを知ると、歴史的な列車に乗っていたのだと実感した。


昨夜、この列車の非常停止で後続の列車が遅れてしまい、私が会津若松駅に到着したのは当初の予定から1時間39分遅れた、19時3分だった。

駅からレンタカー店に向かいヴィッツを借り、国道49号線から252号線に入り、三島町に車を走らせた。

 

 

夕食などの買い物を済ませ、21時50分頃に三島町の「美坂高原」の駐車場に到着。車内で遅い食事を摂ってから、高原に向かった。

入口の管理棟の前を通り、高原を見渡せる場所に着くと、数組のキャンパーの焚き火やランタンの灯りが点在する上に、満点の星空が広がっていた。

  

この夜、「美坂高原」では「第2回スターウォッチツアー」が行われた。列車が予定通り運行されていれば、国立天文台の渡部教授の講演会に間に合う予定だった。

 

夜空には、星雲も見られた。綺麗だった。

 

雲一つない星空の下で行われた天体観測は、大いに盛り上がったであろうと思った。

 

 


 

今朝、強い朝陽が車内を照らし、目が覚めた。太陽は、「明神ヶ岳」(1,074m)に続く会津盆地の西部山地の稜線に上っていた。

 

車を降りて、車中泊での体のコリをほぐしてから、駐車場から高原の様子を見に行った。“美坂高原”と標された木板は、彫刻家・三坂制(1949-2013)氏による石像「歓」(作品群「山のはなし」)に立てかけられていた。

 

「美坂高原」を訪れるのは4度目となるが、改めて良いロケーションだと思った。

   

「美坂高原」は、只見線沿線では突出したロケーションと景観、広さを持った高原で、最寄りの会津宮下駅と会津西方駅から6.3km離れてはいるが、トレッキング感覚で訪れれば“徒歩圏内”とも言える。

「美坂高原」南北には「会津百名山」が二座(黒男山、美坂山)があり、逆瀬川の清流もあることなどから、“観光鉄道「山の只見線」”屈指のアクティビティー拠点となる可能性を秘めている。高原ということで、今回の「スターウォッチツアー」や2014~2016年の「奥会津ロックフェスティバル」などのイベント会場としても利用されている。*奥会津ロックフェスティバル:2012・2013年は只見町、2017年は柳津町、2018・2019年は昭和村で開催

 

しかしながら、キャンプ場としての公式な案内はされておらず、高原内に設けられたバーベキューハウスや釣り場などの数多くの施設を活かすような利用はされていないようだ。*下図出処:三島町観光施設「美坂高原」URL:http://www.town.mishima.fukushima.jp/wp-content/uploads/2016/09/m_sitei_g.pdf

 

三島町の町議会議事録(2022年6月定例会)を見ると、町も「美坂高原」の利活用は十分でないと認識しているようだった。ただ、今後に向けて町長は『(美坂高原での)事業実施のため実行委員会を立ち上げ』ると表明していることから、町は「美坂高原」を廃止する考えはないようで、今後新たな利活用計画が出されるかもしれない。

*以下出処:福島県大沼郡三島町「令和4年第2回三島町議会6月定例会会議録」p20-21 町長答弁より引用 (URL:http://www.town.mishima.fukushima.jp/wp-content/uploads/2022/08/d496531777c0df0516c8eb6b55b172f9.pdf)
▶令和3年度の美坂高原収支についてですが、収入では農園料と して1万8,000円、支出では土地賃借料として120万6,000円、施設管理等委託料で568万 9,000円、消耗品修繕備品購入等で189万5,000円の合計879万円となっております。 
▶支出が増え始めたのは平成26年度からで、指定管理者による運営から町直営施設となってから、支出が増加してございます。 
▶令和4年度美坂高原事業についてですが、まずは利活用計画により、土地利用に関しては、本年度も花による誘客に向け、メイン農地にヒマワリとコスモスを播種いたします。ヒマワリについては、発芽後に雑草の管理ができるよう、間隔を空け播種いたしました。また高原内奥の農地については、今年度もニンニク栽培企業へ貸出しと、ヤマブドウ栽培地として活用します。百年杉周辺については、養蜂家への貸出しと、施設につい てはヤマブドウ皮の乾燥場として活用します。釣り場については治山ダムに土砂が満杯となっているため活用は難しく、通路の草刈り管理のみといたします。次に、施設を活用した事業展開ですが、県サポート事業による美坂高原「日本一の星空」 事業により、国立天文台上席教授の渡部潤一先生をお招きして、星空観察会を8月15日と10月1日に実施いたします。あわせて、この機会に美坂高原を活用した催事についても実施を検討していきます。運営も、役場主導でなく、実行委員会形式による運営を目指してまいります。 
▶施設老朽化の対応と今後の方向性についてですが、施設に関しましては、さきにお示ししました三島町公共施設個別計画に準じ改修解体を進めてまいりますが、今年の豪雪による倒壊など予期せぬ事態もあり、やむなく解体ということもあります。 
美坂高原の利活用の方向ですが、今後も利活用計画により事業を進めてまいりますが、 これまでも運営組織がないのが課題でございました。
美坂高原は一見不便でありますが、 逆にその不便さと自然環境が魅力的であるというご意見もいただいておりますので、今年度は事業実施のため実行委員会を立ち上げ、この場で活用と運営についても検討してまいりたいと考えております。

 

「美坂高原」の立地を考えると、音楽フェスやキャンプ場としての適性があり、2泊以上の滞在で利用客が快適に過ごせる施設、さらに降雪期にアクセス路の除雪をし通年利用が可能となる環境整備をすれば集客を見込めるのではないか、と私は思っている。 

私は「美坂高原」の良さが広く周知されれば、施設の有効活用ができる指定管理者の出現や民間から投資が得られると思う。まずは、只見線の全線再開通によって衆目が集まっているこの機を逃さず、三島町と「美坂高原」の魅力のPR法を研究し、情報が“その方々”に届くようにして欲しいと思う。

 

 

駐車場に戻り、準備をして「美坂高原」を出発し「平成23年7月新潟・福島豪雨」被害で11年2か月運休していた、只見線の区間(会津川口~只見)を走る列車の“撮影行軍”を開始。

「美坂高原」から国道に通じる町道沿いの所々には、「スターウォッチツアー」の会場案内立て看板があった。

  

今回の“撮影行軍”は、運転再開区間を走行する上下一番列車が主要橋梁を通過する際の姿を撮る計画にした。まずは、上り1番列車を撮影しに、只見町の「叶津川橋梁」(会津蒲生~只見)に向かった。

 

国道252号線を進むが、橋梁を中心に只見線が見える場所には多くの自動車が停まっていた。列車を撮影する方のようだった。“撮る人”を惹きつける只見線の魅力の高さを、実感しながらレンタカーを走らせた。

 

 

 

7:10、レンタカーを国道289号線の広い路肩に停めて、「叶津川橋梁」を見渡せる国道252号線の堅盤橋に到着。叶津川上流方向に見えるはずの会津百名山「浅草岳」は、雲に隠れていた。

 

撮影場所を探っていると、「叶津川橋梁ビューポイント」に7人の姿が見えた。3人は“撮る人”だったが、4人は只見線再開通を祝う方々のようで、うち2人が横断幕を持ち、2人が手にきらびやかにデコレーションされた団扇を持っていた。

この他、「叶津川橋梁」が見える場所には10名ほどの“撮る人”が点在し、カメラを構え、また三脚に置いたカメラを覗いていた。私は、撮影場所を堅盤橋左岸方に決めた。

 

7:15、微かにレールを駆る音が聞こえ、列車の汽笛が聞こえると、まもなく会津若松行きのキハ110形2両編成が「叶津川橋梁」を渡り始めた。ビューポイントの“歓迎隊”は横断幕を張り、『お・か・え・り』と一文字ずつ記された団扇を列車に向かって振っていた。

 

列車は、思いのほかゆっくりと「叶津川橋梁」を渡った。運休中に何度も目にした只見線最長(372m)で、曲線半径(r)250m の優雅な橋は列車が通る事で全く別物に見え、その光景と構図に感動してしまった。*以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館デジタルアーカイブス歴史的鋼橋集覧1873-1960

ちなみに「叶津川橋梁」は豪雨で大きな被害は受けておらず、両岸の複数箇所に法面崩落などが発生した。 

  

次の撮影地は金山町にある「第七只見川橋梁」。急ぎレンタカーに戻り、国道252号線を北東に走らせた。


7:34、「第七只見川橋梁」のそばに延びる町道田沢上横田線に着くと、多くの車両が停まっていた。大半が県外ナンバーだった。私は、熊野神社の大権現清水前の広いスペースが1台分空いていたので、レンタカーを停めて急ぎ撮影ポイントに向かった。

 

只見川の右岸となる、下路式トラスと上路式ブレードガーダーという組み合わせの「第七只見川橋梁」の特徴が捉えられる撮影ポイントには、10名を超える“撮る人”が居た。私は、この方々の後方から撮る事にした。

 

7:36、会津大塩駅を出発した列車が、「第七只見川橋梁」の新しく架けられた下路式トラスを抜け、旧橋から転用された上路式ブレードガーダーに載った。ここでシャッターを切ると、想定通りの構図の一枚が撮れた。列車内は、かなりの数の立ち客が居て混雑していた。

 

旧「第七只見川橋梁」は、只見川の河岸の狭隘部にあったため、豪雨で嵩を増した激流で上路式トラス橋がごっそりと流出した。復旧工事では、新たな災害時水位に対応するため上路式から下路式に変更され、かつ川床の橋脚も30mほど幅が広がった。

  

 

次の撮影地は、約12km離れた「第五只見川橋梁」。駆け足でレンタカーに戻り、移動。途中、先ほど撮影した列車を追い抜いたため、「伊南川発電所橋梁」が見える場所で停車し、列車を撮る事にした。

7:43、まもなく上り列車が東北電力㈱伊南川発電所の建屋から姿を現し、3本の水圧鉄管を跨ぐ「伊南川発電所橋梁」を渡った。想定していなかった一枚が撮れ、良かったと思った。

  

 

7:55、「第五只見川橋梁」そばの広い路側帯に到着。空いているスペースにレンタカーを停め、駆け足で撮影場所に向かった。

 

「第五只見川橋梁」を正面に見る事ができるポイントには15名ほどの“撮る人”がいて、列車を待ち構えていた。

 

7:58、山間に汽笛が静かに響いてまもなく、上り列車が木立から現れ、「第五只見川橋梁」を渡った。橋桁を通過するガタゴトという心地よい音が、只見川の幅広い渓谷にこだました。

 

旧「第五只見川橋梁」は、只見川右岸(会津川口方)の護岸が豪雨で洗堀され、橋桁一間が流出した。復旧工事では、流出区間に橋桁二脚と橋桁二間が新設された。


 

次の撮影地は「第六只見川橋梁」。列車通過まで少し時間があるので、歩いてレンタカーに戻り、国道252号線を只見町方面に引き返した。


8:12、「第五只見川橋梁」から2㎞ほど離れた、「第六只見川橋梁」を見上げられる田んぼに到着。

 

ここは“撮る人”は少なく、車は他4台で、7人の姿を確認した。このポイントは、橋梁の背後に東北電力㈱本名発電所(ダム式水力発電所)が控え、しかも今日はゲートを1門開放し激しく放流していて、順光を浴びた列車が撮れるためもっと“撮る人”が多いと思っていた。おそらく、下路式トラスで鋼材に列車が被ってしまうので、避けられたのだろうと考えた。

 

8:22、国道252号線に架かる本名架道橋を渡る音がしてまもなく、会津川口駅で上りとすれ違いを行った小出行きの下り列車が「第六只見川橋梁」を渡った。キハ110形+キハE120形の2両編成だった。

 

旧「第六只見川橋梁」は、豪雨による貯水量の急激な増加で本名ダムが緊急放流し、激流で左岸が洗堀され、橋脚と上路式トラス全体と前後の上路式プレートガーター橋桁が破壊された。復旧工事は狭隘部ということもあり難航し、犠牲者も出てしまった。また、ケーブルエレクション工法の左岸アンカー設置予定地の岩盤軟弱が判明したため、1年程延長されることになり、只見線全線再開通も1年程遅れた。新「第六只見川橋梁」は、只見線全線再開通の象徴で、復旧工事の全般を後世に語り継いで欲しい建設物である、と私は思っている。


 

次は、最後の撮影地となる只見町にある「第八只見川橋梁」。

国道252号線を進むと頭上に、金山町の公式キャラクター「かぼまる」が描かれた只見線全線運転再開を祝う横断幕があり、朝陽を浴びて浮き上がって見えた。

  

 

再び只見町に入り、目的地付近に到着。「第八只見川橋梁」のそばにある駐車スペースが、“撮る人”の車でいっぱいだと思ったので、開館前だった「河井継之助記念」の駐車場を拝借させていただき、レンタカーを停めて700m先の目的地に駆け足で向かった。

 

8:50、満車と思っていた駐車スペースに到着するが、3台しか停まっておらず、ガラガラだった。

 

そのまま国道252号線を進み寄岩橋を渡り前方を見ると、4人しか“撮る人”は居なかった。順光の午前中に、これしか撮影者が居ない事に、拍子抜けした。車両がキハ110形+キハE120形の混成編成のため、“絵にならない”と考えた方が多かったのだろうかと思った。

 

8:52、寄岩橋の30cmほどの路側帯に立ち只見川の上流に目を向けていると、まもなく小出行きの列車が「第八只見川橋梁」を渡り始めた。只見四名山であり会津百名山「蒲生岳」(828m)を背後に、滝ダム湖の水鏡は冴え「第八只見川橋梁」を渡る列車は見ごたえがあった。 *滝ダムは電源開発㈱滝発電所のもの

 

旧国鉄飯田線の天竜川橋梁(静岡県)を転用され、今年で供用開始から86年を迎えた下路式曲弦トラス橋を列車が駆け抜けて行く。

 

「第八只見川橋梁」自体は371mだが不渡河橋で、一体化した深沢橋梁を含め左岸沿いを800mあまり進むので、この良い景色の中で列車を長く見る事ができた。

 

「平成23年7月新潟・福島豪雨」で、「第八只見川橋梁」は橋桁・橋脚などの主要部分の破壊は無かったが、深沢橋梁部分を含め盛土崩壊や橋桁洗堀などが発生し、構造強化を含め復旧費用は最大となる約25億円とされた。

 

 

駐車場に戻る途中、「第八只見川橋梁」最寄りの会津塩沢駅に立ち寄った。

 

駅舎に近づくと、舗装場とホームの間に戸板が置かれていた。設置具合から、JRではなく地元の方によるものだろうと思った。

 

ホームに上らせてもらった。昨日、列車に乗ってここを通ったが、再開した駅のホームに立つと、包み込む風景は一緒でも、趣きが違うような気がした。

 

待合室に入り、運賃表と時刻表を見た。次、列車がこの駅にやってくるのは約6時間後だ。この不便さが地元住民の只見線利用を遠ざけている理由の一つでもあるが、“観光鉄道”としても長大すぎる待ち時間だと思う。あと3増やし上下6便になるよう、この区間(会津川口~只見間)を保有する福島県には頑張ってもらいたい。

 

駅前の田んぼには、只見線全線運転再開を歓迎する幟旗などが残り、昨日列車内から見られなかった『きしゃ キタ、きた よがった ヨガッタ』と記された墨書もあった。

 

 

 

 

只見線の列車の“撮影行軍”を終え、「河井継之助記念」駐車場に戻り、只見川の景色を見ながら朝食を摂った。

会津塩沢駅を「河井継之助記念」の前に移設すれば、この景色を見ながら列車を待つことができる。駅新設には巨額の費用が掛かるが単線で擁壁に直付けしたホームで、待合室は観光施設として補助金が受けられるものとすれば、行政が負担する費用は抑えられるのではないだろうか。只見町の「議会だより」を見ると“会津塩沢駅移設”の文言は見られたが、町は移設の調査費用からクラウドファンディングで募り、実現に向けた動きをしてみてはどうだろうか、と私は思っている。

 

 

 

9:50、朝食後、次の目的地である磐越西線の「濁川橋梁」(喜多方市)に向かった。

国道252号線から国道49号線に入り、塔寺駅入口交差点から県道43号を進み、「金塔寺 恵隆寺」への案内看板の立つ交差点を左折。町道塔寺宇内線を進み、右カーブに続く左カーブの先には、会津盆地に広がる田園越しに、会津百名山「猫魔ヶ岳」(1,403.6m)、「厩岳山」(1,261m)、「磐梯山」(1,816.2m)の稜線が見えた。


 

11:13、喜多方市の豊川町米室の濁川沿いに到着。レンタカーを道の端に寄せ、堤防のサイクリングロードを歩いた。すると、前方に橋桁が一間が崩れ落ちた鉄道橋が見えた。

 

今年8月3日から4日にかけて発生した豪雨で、崩落した磐越西線の「濁川橋梁」(喜多方~山都間)だ。

 

この豪雨で、磐越西線は盛土(道床)流出4箇所、土砂流入(斜面崩壊)7箇所、そしてこの「濁川橋梁」の一部崩落の計12箇所の経害を受け、現在喜多方~野澤間(25km)の区間運休が続いている。*下掲記事:福島民報 2022年8月5日付け一面

 

破断・崩落した「濁川橋梁」を間近で見ると、橋脚1本の傾きと橋桁1間の崩落と1間のズレ・傾きのようだったが、レールは宙に浮き、一部は破断しているようだった。川の増水の威力は只見線の運休で学んだつもりだったが、実際に見ると、とてつもないだと改めて思った。

 

磐越西線は、福島県郡山市(郡山駅)と新潟県新潟市秋葉区(新津駅)を結ぶ幹線だが、今年7月28日にJR東日本が公表した「ご利用の少ない線区の経営情報を開示します」で、喜多方~野澤を含む会津若松~五泉間(101.1km)は平均通過人員(2019年実績)が2,000人/日未満と公表され、“持続可能な交通体系について建設的な議論”が今後地元と交わされる可能性が示された。このJR東日本の報道発表について、翌日の地元紙(福島民友新聞、福島民報)のみならず河北新報(仙台市)で一面と社会面で大きく報じられた。*参考:東日本旅客鉄道株式会社「ご利用の少ない線区の経営情報を開示します」(2022年7月28日) URL: https://www.jreast.co.jp/press/2022/20220728_ho01.pdf / 下掲出処:福島民友新聞、福島民報、河北新報のそれぞれ2022年7月29日付け一面

 

「濁川橋梁」を含む磐越西線の大雨による被害はこの報道後に発生したため、復旧までに時間が掛かるかと懸念していたが、3日前に『(復旧は)2023年春頃を見込んでいます』とJR東日本から発表された。*下掲出処:東日本旅客鉄道株式会社「磐越西線 復旧の見通しについて」(2022年9月29日) URL: https://www.jreast.co.jp/press/2022/sendai/20220929_s02.pdf

 

この発表を受けて、翌日の地元紙は“見通し立ち安堵”などと伝えていた。*下掲出処:福島民報、福島民友新聞 ともに2022年9月30日付け紙面


今回のJR東日本の素早い決定は、福島県と新潟県の主要都市を結ぶ幹線であり、東日本大震災でう回路として活用された磐越西線の特性などを考慮したと思われるが、“持続可能な交通体系について建設的な議論”は避けては通れない時代になった。

高校生が利用中心の赤字路線を、車を利用した生活をしながら“廃止は困る”と政治に訴えるだけで済む時代ではなくなった。磐越西線のような都市間を結ぶ鉄道路線は、国土形成という国家的見地から政治に左右されない議論が必要だが、盲腸線で地元利用が中心の鉄路は、“鉄道を利用しよう”と一時的なキャンペーンで終わるのではなく、車を利用する地域住民が毎月一人当たり5,000円分は乗車するなどの具体的な目標を設定し、3年程度の観察期間を設け達成できなければ廃止するなど、具体的な取り組みが欠かせないと思う。また、人口減少で住民利用ではおぼつかない場合、観光客を呼び込む施策を行い、観察期間終了後にその経済効果や地域にもたらしている効果(活性化や移住者増加等)を評価する等の仕組みも考えられる。さらに、沿線住民と行政が『どうしても残したい!』と強く願うのであれば、只見線で取り入れた「上下分離(官有民営)方式」で地元が鉄路を保有し経営に関わる方法もある。いずれにせよ、旧国鉄路線だからお国がなんとかしてくれる、という発想は捨て、自分たちが鉄道を利用しまたは利用してもらう努力を50年100年続ける覚悟持ち行動することが必要で、その上にJRは地域のために役割を果たし、行政はサポートするという流れになるのだろうと私は考えている。

 

 

 

“撮影行軍”の全ての予定を終え、「濁川橋梁」から実家のある二本松市に移動した。猪苗代町に入り県道から国道49号線を左折し少し進むと、右(南)側の猪苗代湖の先には山並みの稜線が見えた。今日も会津地方の天気は良く、只見線の乗客は車窓から見える景色を楽しめているだろうと思った。



(了)

 

 

・  ・  ・  ・  ・

*参考: 

・福島県 :只見線管理事務所(会津若松駅構内)

・NHK:新日本風土記「動画で見るニッポンみちしる~JR只見線」 

・産経新聞:「【美しきにっぽん】幾山河 川霧を越えてゆく JR只見線」(2019年7月3日) 

・東日本旅客鉄道株式会社:「只見線について」(PDF)(2013年5月22日)/「只見線(会津川口~只見間)の鉄道復旧に関する基本合意書及び覚書」の締結について(PDF)(2017年6月19日) 

・(公社)新潟県観光協会:にいがた観光ナビ「JR只見線

・(一社) 魚沼市観光協会:秘境を行く! JR只見線

・魚沼市 だんだんど~も只見線沿線元気会議:Facebook (URL: https://www.facebook.com/dandandomotadamisen )

・BSN新潟放送公式チャンネル:【そらなび ~にいがたドローン紀行~】「第73回「只見線(魚沼市)」2020年2月29日放送」

 

【只見線への寄付案内】

福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。

①福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法 *現在は只見線ポータルサイト「只見線応援団」URL:https://tadami-line.jp/support/

 

②福島県:企業版ふるさと納税

URL:https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16005g/kigyou-furusato-zei.html

[寄付金の使途]

(引用)寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 沿線地域における日本一の秘境路線と言われる観光資源を活用し、更なる利用者の拡大と認知度向上を図ります。

 

以上、宜しくお願い申し上げます。