うかぶLLC 三宅航太郎さん
自分の感覚や直観を大事にできる生活が、自由な何かを創る
「鳥取の『たみ』って知ってる?」。山陰地方で物づくりなどの創作活動に関わる人から、最近よくその名前を耳にする。山陰初のゲストハウスらしいけれど、どうやらそれだけではないらしい。どんなところだろう。
まずはウェブで検索。ホームページを開くと、スイカの皮を被った謎の男が出てくる。(2015年12月当時)
なんか普通じゃない。鳥取県湯梨浜町というところにあるらしい。
さらに検索してみても、なかなか目ぼしい情報が出てこない。ゲストハウス内の写真なども一切見当たらない。本当にあるのだろうか。
調べていると、やがて気が付く。「たみ」は写真撮影が禁止らしい。
訪ねた人はみんなルールを守っているから、ウェブ上に写真情報がない。現地に行かないと、どんなところかわからないという仕組み。ますます気になる。みんなが口にする「たみ」はどんな人が運営しているのだろう……。
縁もゆかりも予備知識もなし。まっさらな新天地でゼロから考える
運営しているのは合同会社うかぶLLC。代表の三宅航太郎さんは岡山県出身で、以前はアーティスト活動もしていた。同じく代表の蛇谷りえさんは生粋の大阪人でグラフィックデザイナーであり、以前はアートプロジェクトの企画などの仕事もしていた。
2人とも、現在「たみ」のある鳥取県湯梨浜町とは縁もゆかりもなかった。全く知らない土地だから、ここに決めたのだ。人があまりいなくて、名前を聞いてもイメージが沸かない町。自分にとって、余白がたくさんある場所が良かったのだ。
最初からイメージが付いているものは、どうしても先入観や予備知識にとらわれてしまう。まっさらで余白の多い場ほど、自分の考えやひらめきを大切にできるし、「たみ」を訪れる人も、新鮮な気持ちで来てくれるはずだと思った。だから、静かで小さな温泉街である鳥取県湯梨浜町は望み通りの新天地だった。
2011年2月に移り、最初は活動拠点を作り始めた。三宅さん曰く、それは小屋のような家。東郷池の湖畔にある元漁師小屋を借りて一部を解体し、その廃材などを使って基礎から建てた。生活しながら建てた家に「うかぶ」と名付け、社名はここに由来する。さらに地元の祭りや畑の手伝いをしながら周囲の住人たちと少しずつ知り合って関係を築き、翌年元旅館の空き物件に巡り合い、いよいよ「たみ」設立の準備をスタートした。
「生きる」のひとコマである「生活する」ことの面白さ
それにしても、どうしてゲストハウスだったのだろうか。三宅さん達には、そもそもビフォー「たみ」、つまり「たみ」を始める以前の経験があった。
2人が出会ったのは2009年のあるアートイベント。当時お互いにゲストハウスに興味を持っていたことがきっかけで、2010年に開かれた瀬戸内国際芸術祭の開催期間中に、岡山県岡山市出石町の古民家を借り、3か月間限定で宿を開くことにした。名前は「かじこ」。「舵取り」を意味する航海用語から取ったもので、行き交う人の拠点となる場所というイメージを重ねた。
作家を招くアーティストインレジデンスの機能はもちろん、普通の人が泊まれる宿であり、また宿泊者なら誰でもイベントが開けるという仕組みの滞在型アートスペースだった。しかも、宿でイベントを開くと2600円の宿代が1000円安くなる。その結果、2日に1回は誰かのイベントが開かれることになった。イベントの内容は、アート活動じゃなくてもいい。その人が得意な何かを披露する、あるいはアイデアやスキルを提供する。折り紙だったり、そうめんだったり、自分が関わったアートプロジェクト紹介だったり、恋愛遍歴についての告白だったり、バンド演奏だったり。ゲストだけど、イベントではホストになるという面白さが噂になり、いろいろな人が訪ねてきた。
人が集まり、暮らし、関わり、何かが生まれる3か月の時間と空間は、三宅さんの何かを刺激した。ほんの一瞬だけれど、そこでは人が「生きる」ひとコマである「生活」の側面が垣間見える。食べる、しゃべる、夜になったら寝る、朝が来たら起きる。考える、創る。色々な人たちのそれぞれの生活そのものが面白い。そう思ったとき、今度は期間を設けずに腰を据えて、長く活動ができるゲストハウスを作りたいと思ったのだ。それも自分が全く知らない土地で。
鳥取が梨とゲゲゲだけではないことを、自分がまず知るために
岡山人の三宅さんも大阪人の蛇谷さんも、鳥取県について最初は何も知らなかった。でも、暮らしながら周囲の人と関わっていくうちに「鳥取は梨とゲゲゲだけじゃない」ことを感じるようになった。まだそれほど詳しくはないが、工芸品、風景、人、モノなど、鳥取には昔から培われてきた豊かなあれこれがあることを、徐々に知るようになった。
「たみ」に来る人はよく「この辺で面白いものって何ですか?」と旅人目線で鳥取のことを質問してくる。当初、三宅さんは聞かれるたびに自分が知識として覚えたことを答えていたが、一方でだんだんもどかしさも募っていった。もっと自分自身で、土地のものが作られる現場や、背景にある歴史を実感を持って知りたい。その思いが強くなり、いくつかの活動が始まった。
その一つがOUR TOTTORI TRAVEL(アワートットリトラベル、以下OTT)だ。
鳥取県倉吉の手作り工芸品店「COCOROSTORE」の田中信宏さんと共同で、山陰の素敵そうなものを訪問取材し、展示やイベントを通じて発信したり、自分達で取材・編集するフリーペーパーで紹介するなどの活動を続けている。
例えばOTT第3号の「はじめての因州和紙」。
三宅さんはOTTスタッフとともに因州和紙作りの現場である製紙工場を訪ね、職人の仕事現場を伺って作業風景を見せていただき、話を伺う。
また、和紙作りが盛んだった地域にある山根和紙資料館を訪ね、かつて日本各地で古来より使われていた様々な和紙を使った生活用品、祭りのお面や凧、襖に屏風、雨合羽などを実際に見て、和紙が素材として幅広く活躍していたことに驚き、その驚きや感想を素直に文章に綴っている。
どこのお店で何が買えるとか、どこの何がおいしいといった観光客向けのガイドとは違う、鳥取独自の何かを探す旅人が興味を持ちそうなトピックを、OTTは旅人と同じ「はじめて」の目線で追いかけている。
捨てられるものや価値づけられていないものに、新しい価値を生み出したい
ある日、取材が縁で因州和紙のB品を使って何か作れないだろうかという相談が来た。
因州和紙は千年以上の歴史を持つ伝統工芸品。だから品質検査が非常に厳しい。検品から漏れたB品は、素人目には何が悪いのか全くわからないほどで、捨てられるのがあまりに惜しいのだ。またこれは、和紙の違った魅力を引き出すチャンスでもある。試行錯誤の末に生まれたのが、ピアスキットだった。
丸く抜いた12ピースの因州和紙を、重ねたり、くしゅっと丸めてしわを寄せたりして、購入者がオリジナルのピアスを作れるというもの。自分で考えて形を決められる遊び心があり、ちょっと珍しい。捨てられてしまうものや、一般にあまり価値を見出されないものから新しい価値を生み出すということは、三宅さんたちがやりたかった仕事でもあった。
ちょっとひねくれた目線は、別の仕事にも生かされる。たとえば、鳥取の山の景色を集めた写真集兼カレンダー。鳥取は山が多い土地だが、有名なのは大山ぐらい。でも、ほかにも絵になる山は、自分達が知らないだけできっとたくさんあるはず。そんな視点から、以前から仕事をしたいと思っていた写真家パトリック・ツァイさんに声をかけ、月に数日東京から鳥取に来てもらい、一緒に登山をしながらロケハンを重ね、1年かけて12か月分の様々山の表情を撮影し、カレンダーに編集した。
出来上がりは大判の写真集のようで迫力がある。鳥取の様々な山の表情や、知らなかった場所の魅力も伝わってくる。ピアスにしてもカレンダーにしても、三宅さん達の作るものには、この素材にはこんな魅力がありますよ、と背中をぽんぽんとたたかれるような、不意を突かれる意外さがある。そこが楽しい。
鳥取の素材をもとに新しいものを生む「ジャム屋」のような存在
鳥取でゼロから初めてそろそろ4年が経つ。最近は、県からの依頼でアーティストの移住先としてのアトリエ兼住居を探して紹介したり、さらに2016年には、駅前に新しい宿「Y PUB & HOSTEL」も立ち上げる予定だ。
三宅さんは、そんな自分達の会社を「ジャム屋」のような存在にたとえる。
「レモンやりんごのような素材を渡されたら、においをかいだり、ちょっとかじったり、皮をむいて、切って、煮て、味付けして、パッケージを考えて。最終的にはいただいた素材を生かして、新しいものに作り変える役割を担っているのかなと思います。方法はこちらに委ねてもらうことが多いので、作る立場からするとその自由さが楽しい。渡された素材をよくよく調べてから、自分の興味をベースにアイデアを考えます。まだまだ知らないことが多くて対象との距離も程よく保てるので、新鮮さもある。だから、自分たちと対象との中で出てくる考えを大事にしています」
とはいえ、仕事の現場を少し伺うと、そこにはジャム屋さんのような甘い感じはない様子。うかぶLLCとして受けた仕事は、トップの三宅さんと蛇谷さんで何度も意見をブラッシュアップする。それが毎度毎度、家族げんかのように言いたい放題でもみ合い、たたき合いのダメ出し合戦らしい。なんとかアイデアが固まったら、さらに2名のスタッフも一緒にもんでいく。試作品を作って、味見しては捨ててのやり取りを何度も経て、意外性のあるおいしいジャムはできている様子。そんなに簡単に物は作れないものだ。
それでも続けていけるのは「僕も蛇谷も、うまく見せたり、かっこよく見せたり、演出されすぎているものが苦手でお約束のゴールも苦手。そういうところは共通している」からなのかもしれない。
ところで、先ほどから何度も出ている「たみ」だが、どんなところか気になる人も多いと思う。しかし残念ながらここでは一切紹介できない。訪ねた人だけが知ることのできる場所にしておきたいからだ。三宅さんいわく「訪ねる前から情報をたくさん持つと、旅自体が確認作業のようになる。自分の感覚を大事にすると、旅はもっと自由になるはず」だからだ。まとわりつく情報や先入観から離れ、自分の感覚や直観を信じて何かを創ると、きっと私たちは、もっと自由になれる。ということだろうか。
写真:公文健太郎 文:馬田草織
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