1/1御神火・大和国一之宮は三輪明神
“三輪明神(みわみょうじん)”と呼ばれた大神神社(おおみわじんじゃ)は大和盆地の南東、秀麗な姿の神奈備である三輪山をご神体とする神社。古来より本殿は無く拝殿の奥、神明鳥居を連ねた三ツ鳥居を通して御山を拝する我が国最古の社である。三ツ鳥居から奥は禁足地である。祀神は、神世の昔大国主(おおくにぬし)が自ら幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)である和魂(にぎみたま)を三輪山に祀られ大物主神(おおものぬしのかみ)と唱え併せて大己貴神(おおなむち)・少彦名神(すくなひこ)を祀られた三神である。三柱の神が我が国国土を開拓し国家を造り上げ農・工・商すべての産業開発を図り、国利民福の神・人間生活の守護神の神徳広大無辺の神となっている。
繞道祭(にょうどうさい)の御神火(ごじんか):新春にで神から頂いた浄火が御神火である。その火を大松明に移して氏子・大美和青年会(昭和45年結成発足・平均年齢30歳半ば)が大松明を担ぎ、神職と闇夜の足元を照らして5㎞の一山19摂社・末社を繞り巡拝し祝詞を上げる行事が繞道祭である。年明け午前零時に大太鼓が打ち鳴らされ、斎庭の参拝者にどよめきが起こるや一斉に賽銭の大雨が降りかかる。禁足地では宮司により御神火が舞錐で火種が切り出される。忌詞の後松明に移され、二人の神職によって拝殿前へと持ち出され白丁の氏子に継がれる。長さ約3m直径約0.3m・重さ約60㎏の「先入道・後入道・神饌松明」三本の大松明へと移される。数人で担ぎ上げ太鼓を打ち鳴らして、「ヨイサー・ヨイサー」(今は「ワッショイ・ワッショイ」)の掛け声を発しながら一番「神寶社」へと走り出す。参拝者は斎庭の拝戴所の御神火を我先にと竹筒入りの火縄に移して大和の家庭に持ち帰ったことも遠い昔の事となった(竹筒火縄は社務所で多く頂だけたものだが30年前の私が最後であった)。氏地のお年寄りは、今でも蝋燭(提灯)に移して御燈明の火種として頂いて帰る方も稀に居られる。廻る順は、神寶社→天皇社→日向社→大行事社→活日社→磐座社→狭井社→貴船社→檜原社→豊鋤入姫宮→富士社→厳島社→神御前社→綱越社→大直禰子社→久延彦社→琴平社→御誕生所社→祓戸社である。大松明の流れは人の間を抜け、生活路・山辺道を進み・鉄道線路を渡り、山麓を駆け巡って、二の鳥居参道から階段を一気に駆け上り境内巳の神杉を3周りして3時頃幕を閉じる。こうして浄火で清めた“大和の人と土地”は新たな一年を刻み始めるのである。
【freelance鵤書林6 いっこう記】