日本一美しい“大和棟住宅”が消える~ブルーノ・タウト絶賛民家・富の表象“高塀造・囲造屋敷”~抜粋
危機:かつて大和(奈良県)の独特の景観を醸し出していた、農村の庶民家屋(民家)代表形式「大和棟」が消滅の危機にある。1960年代には6割に当たる575集落中3830棟が草葺で大和棟民家であったという記録がある。半世紀を経て数棟の茅葺以外はトタン覆い・瓦屋根に改変されたものも含めても1/20以下に減少し消滅する日も近い。すべて18~19世紀前半の江戸期の造作で、明治期以後二階構造・桟瓦の普及と共に急勾配の二等辺三角形の茅葺母屋は作られていない。大和民俗公園には一棟も移築されずに頓挫している。以前建築界では、土壁と白壁・草葺と瓦葺・急勾配の本屋根と櫓を乗せた緩やかな落棟の微妙なコントラスト、整然と配された空間から際立った雅趣と清楚さを示すとして、日本で最も美しい対照構成美の民家と評価、大和の誇りとされ「大和の建て倒れ」という俗謡も生んだ。
構造:大和棟は、居住空間茅葺母屋と釜屋土間の瓦葺落棟切妻の漆喰で塗り込められた妻両側に数列の本瓦棟降り「卯建(高塀)」を取り付け、頂点には火伏の鳩鳥衾を飾る。成立当初より母屋と釜屋を結合し、卯建・明取り軒屋根を付け、外壁は町屋格子、武家住居様式を取り入れた押入れ・床の間を持つ田の字型四間取民家として発生し、全国に先駆けてこれらを採用するなど、今日の我が国民家の基本形を大和棟に求めることができる。閉鎖的屋敷空間も全国で例を見ない有り様だ。
成立:大和農民が旱魃の悪条件を逆手にとって換金作物栽培に大成し、経済的に富を得た時期の表象でもある。その分布は、大和盆地東西を核心地にして周辺部に大和棟形式の波及と住居様式模倣現象は、南都社寺詣での往来の結果としての歴史的記念物としても追うこともできる。
展望:ドイツ人建築デザイナーのカール・ベンクス氏は、古民家が次々に取り壊される風潮に〝日本人は宝石を捨てて砂利を買っている〟と言い放ち警鐘を鳴らす(新潟・十日町市松代竹所集落での古民家再生で地域づくりに貢献・村復活活動が認められ、平成28年度のふるさとづくり大賞「内閣総理大臣賞」をクリスティーナ夫人と受賞)。
大和棟が今日誇りを失って家相景観が変質する中、現状の把握と詳細調査を官民挙げて実施し、大和の村々の美しい姿を伝えて行きたいと願うものである。今や地域創生は、国策であると同時に地域にとっての大きな課題であるが、地域史の掘り起し・価値の再確認構築は創生と無関係ではない。行政も含めた大和(奈良県)住人自身が地域史を学び、大和の誇りを取り戻し認識する事が重要であろう。
掲載論文:たなかいっこう(2015/7/1)「日本一美しい民家“大和棟”が消える-富の表象“高塀造”“囲造屋敷-”」『明日への文化財』№73 72-79p 文化財保存全国協議会刊 (奈良県立図書情報館・斑鳩町立図書館にて閲覧可能)
【freelance鵤書林12 いっこう記】