V.初めて知った感情
「明日から暫く帰って来れなくなる。あ、危険な事は一切無いから心配ないよ」
1か月前に、パートナーであるガウラにそう言われた。
一応、生存確認程度に朝と夜にチャットで「おはよう」「おやすみ」の短いやり取りだけはさせて貰っている。
彼女が何処に行き、何をしているか分からないまま1か月。
ヴァルは、いつガウラが帰ってきてもいいように家に留まっていた。
だが、1人で食べる食事は味気無く、いつも美味しそうに食べる笑顔が無いだけでこんなにも味の感じ方が変わるのかと驚いた。
自分は可笑しくなってしまったのだろうか?
そんな風に思ってしまう。
これが通常の感じ方なのか確かめたくなり、意を決してアリスに連絡をとった。
『ヴァルさん?珍しいですね、俺に連絡くれるなんて、何かあったんですか?』
「少し聞きたい事があってな」
ヴァルはアリスに状況を説明すると、アリスはヴァルの状況に同調した。
『あー、分かります!いつも一緒にいる分、逢えない期間が長くなると寂しくなるんですよね』
「寂しい?これが、寂しいって気持ちなのか?」
『今、義姉さんに逢いたい、顔を見たい、声を聞きたいって思ってませんか?』
図星だった。
まさにそんな気持ちになっていた。
『義姉さんと連絡は取ってるんですか?』
「一応、生存確認程度に朝と夜の挨拶だけ、チャットてやり取りしてる」
『毎日少しでもやり取りしてるなら良いじゃないですか。俺なんて、ほとんど連絡なんてないですもん』
あはは!と脳天気な笑いが返ってくる。
それを聞いて、“こいつ、何気に不憫な奴だ“と同情心すら湧いてしまった。
『それで、ヴァルさんが義姉さんを探しに行ったり、気持ちを伝えたりしないのは、邪魔をしたくないからって気持ちもあるんでしょう?』
「…あぁ。なんか、そこまでお前に理解されるのムカつくな」
『えー!なんですかそれ!』
通話口で拗ねた様子が伝わる。
正直、なんかアリスに理解されるのが癪なのだから仕方ない。
「お前も、こんな気持ちになったりするのか?」
『そりゃそうですよ!大好きな人とは一緒にいたいですし、だからパートナーになったんですから』
そう言われて、確かにと納得してしまう。
だが、束縛したい訳でもない。
この気持ちをどうしたらいいのかが分からない。
それを素直に伝えると、アリスはキッパリと言った。
『その気持ちをちゃんと伝えれば良いんですよ』
「だから、邪魔をしたくないんだって!」
『でも、伝えなければ相手だって“これでいいんだ“って思って、毎回同じになるんですよ?伝える事で、今後の行動の仕方が変わってくるんです。それに、ヘリオもそうだけど、義姉さんも恋愛感情とか疎そうだし』
「……それは言えてるな」
“恋を知らない私でも構わないかい?“
告白の返事を貰った時に言われた言葉を思い出す。
知らないなら、これから知っていけばいい。
気が付かないなら、教えていけばいい。
アリスの言葉で、そう気付かされた。
伝える手段があるのに、それをせずに察して欲しいなんて、コミュニケーションの怠慢だと。
ヴァルはそう考え、アリスに言った。
「そうだな。手始めに、きちんと面と向かって話してみる。だが、何処にいるのか分からん」
『義姉さんが出かけたのって1か月前でしたっけ?』
「あぁ」
『1ヶ月前………あ!もしかしたら』
心当たりがあるようなアリスの反応。
その心当たりを聞き出すと、それは当たりだった。
すぐさま、その情報を元に行動し、その日のうちにガウラの居場所を突き止めた。
シェルダレー諸島にある無人島。
船の上から見えた島には、風車や灯台などが見えた。
島に到着し、島に上がる一本道を進むと、そこには3件の建物が建っており、周りを見渡すと更に上の方にも建物がある様だった。
「……1ヶ月でここまで発展させたのか?1人で?」
唖然とするが、よく周りを見ると魔法人形達が忙しなく動き回っている。
その中でも、一際目に止まった猫耳フードの魔法人形に話しかけてみた。
「すまない。ここの主は何処にいる?」
そう訪ねると、人形は言葉を発した。
『いらっしゃいませお客様!ガウラさんは畑の方にいらっしゃいますニャ!』
「畑?」
『はい!あちらの道を進むと、分かれ道がありますニャ!そこを左に進んで上に上がると牧場と畑がございますニャ!』
「そうか。丁寧に説明してくれて感謝する」
説明を聞き、ヴァルは案内された通りに足を進めると、目の前には牧場があった。
その中にいたのは、小型から大型までの様々なサイズの動物…、いやモンスターが放牧されている。
その光景に一瞬全身に緊張が走ったが、大人しい様子に拍子抜けする。
そして、牧場の反対側を見ると、段々畑があった。
そこで水を撒いている彼女の姿を見つけた。
流行る気持ちを抑えつつ、ゆっくりと彼女に近づくと、足音に気が付いて振り向いたその顔は、驚きを浮かべていた。
「ヴァル?!どうしてここに?」
驚きながらも小走りで近づいてくる。
そんな彼女を、ヴァルは無言で抱きしめた。
「!?ヴァ、ヴァル?!今土まみれだから汚れるぞ?!」
軽くパニックを起こす彼女に、ヴァルは言った。
「いきなり来てすまない…、どうやらオレは、かなり寂しがりみたいだ…」
「ふぇ???」
唐突な発言に、声がひっくり返るガウラ。
「おかしいんだ。この1ヶ月、お前が居ないだけで食事も味気なくて…」
「………」
「お前の邪魔をしたくないし、束縛をしたいわけでもない。でも、初めて感じるこの感情をどうしたらいいか分からなくて…」
「……ヴァル」
弱々しく話すヴァルに、ガウラは彼の背中に手を回し、撫でた。
「その…、すまないね。寂しい思いをさせて…。アリスの事を例に上げれば、思い付いた事なのに…」
ガウラは申し訳なさそうに謝罪する。
「無人島開拓してたら、夢中になってしまって…。そうか、もう1ヶ月も経ってたのか」
その言葉を聞き、ヴァルは彼女から体を離した。
「そういえば、エウレカの時もそうだったな」
「し、知ってたのかい?!」
「俺がお前を見つけ出したのはイシュガルドがゴタゴタしてた時だからな。それからはずっと影から見守ってた」
ヴァルがそう言うと、少しバツが悪そうに耳の後ろを掻くガウラ。
「でも、まぁ。昨日の夜に開拓で出来ることは全部終わって、風脈を読めるようになってさ!マウントで飛べるようになったんだ!」
「そうか」
「だから、今日は空から行ける所を探索して、そしたら帰るつもりだったんだ」
先程とは打って変わって嬉々として語る彼女に、小さく笑いがこぼれた。
「良かったら、一緒に行こう!」
「じゃあ、お言葉に甘えようか」
すると、ガウラはアストロペを呼び出し、ヴァルを乗せて飛び立った。
「どの辺に向かうんだ?」
「あそこの山のてっぺんさ!」
どんどん高度を上昇させ、あっという間に頂上へと辿り着く。
そこは、島全体を一望出来る場所だった。
「こんなに広かったんだなぁ」
「凄い景色だ」
2人同時に呟く。
そして、ガウラが指をさしながら説明を始めた。
「あそこがさっきまでいた畑と牧場。あれが灯台で、あれが風車。あそこにあるのが温泉で、あっちがツリーハウスだよ」
「あれだけの数の建物を1人で建てたのか?」
「いや、まさか!私がしたのは島から素材を取ってきて道具を作ることだけ。あとは魔法人形達がやってくれたのさ!」
「なるほど」
それでも、1ヶ月でここまで開拓してしまう事に感心する。
そして、ガウラは地図を開いた。
「あと行けてない場所は、此処と此処かな」
「じゃあ、そこも周ろう」
他の場所も周り、拠点に帰ってくる頃には陽が傾いていた。
ヴァルはガウラに手を引かれ、拠点の西側に来た。
そこは、陽が沈む様子が綺麗に見える場所だった。
「良い場所だな」
「だろ?ここにいる間は、戦いの事を忘れられてさ。気がついたらって感じだった」
そう言って、ガウラはヴァルに顔を向けた。
「長い間留守にしてすまなかったね」
「いいさ。少しでも落ち着けたのなら。オレの方こそ、何も言わずに突然来てすまなかった」
2人は同時に小さく笑い合った。
その後、島の温泉に入り、リムサ・ロミンサで夕食を摂って帰宅した。
自宅に入ると、ガウラは体を大きく伸ばした。
「やっぱ、我が家は良いねぇ」
「1ヶ月も忘れてたのにか?」
「それは言わない約束だろ」
顔を見合せ笑い合う。
今回のことでヴァルの意外な一面がお互いに分かった。
それが、なんだか嬉しい気がしたのは気のせいでは無いと思うガウラだった。