日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第二章 日の陰り 19
日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄
第二章 日の陰り 19
樋口が東京に戻ってきた。
「ご苦労さん」
嵯峨朝彦が、久しぶりに四谷に来ていた。
「殿下、ただいま戻りました。やはり北朝鮮の人ばかりで、そのすべてが関わって売るかどうかはわかりませんが、福岡の事故は、北朝鮮の作業員がガス管を壊し、ガスが充満しているところに、過電圧を与えられた旧型の車両が、車両点検の時に塗られた大量の油やグリースに引火し、それがガス管から出たガスに引火して大爆発を起こしたものと思われます。しかしエビデンスは全くなく・・・・・・。」
「我々にエビデンスなんてものはいらない。奴らを逮捕して有罪にするのは他の人の役目だ。我々がやらなければならないのは、天皇陛下を守ること。だからエビデンスなんかなしで、真実にたどり着けばよい。樋口君。それでいいかな」
「はい」
嵯峨朝彦は、そのように言って、不機嫌そうにしていた。
「青田の調べも同じか」
「はい、警察の調べも大体同じような感じになっています。ただし、殿下の指示通り、事故で処理していますので、北朝鮮の関係の人々は、自分たちがやった努力が見えないようになっています。残念ながら、福岡の地下鉄の責任者は辞任する運びとなっております」
青田は、事務的に言った。
「これは京都で依頼したのだろうか」
「多分京都よ」
菊池綾子がそんなことを言った。
「青山優子と話をしていましたが、福岡の事故のことは全く話をしていませんでしたから」
菊池は、あのとき以降青山優子と、たまに話をしているようで、何か事故があるたびに、青山が知っているかどうかを菊池は聞いていたのである。そしてその内容に大沢三郎もそれを知っているかということを話すようになっていたのである。
まさに、その内容こそが、「どこから指令が出ているか」ということが見えてくる話なのである。そして、その内容の中で、菊池は、今回の福岡の地下鉄事故が大沢や陳が発信元ではないということを突き止めていたのである。そのうえ、松原も動いていないのである。
「大沢や陳ではないということか」
ため息をつきながら目の前の水割りを飲んだ。飲んだというよりは口に含んだということであろうか。それだけ頭を使い、口の中が乾いてしまったということなのではないか。
「殿下、要するに、この内容は京都発であるということでしょう」
荒川が口を開いた。荒川は現地に言って情報を撮ることもするが、多くの人々の情報を集めて解析する「分析官」的な役割がこの中では得意であったことが、このメンバーの中で出てきたのである。
「どう分析する」
「要するに、殿下と今田陽子が行った京都の会議で、何かあったのではないでしょうか」
「なるほど」
「京都で天皇陛下をお前記するのは、古都の街並みの研究であったと思います。そのうえで、中国と日本の街並みの共通点ということになると思いますが、その場合、大宰府などがある福岡も同様の話になります。その福岡が危険というように印象付ければ、政府も福岡を止めて確実に京都に天皇陛下をお招きするということになるでしょう。そのことを確実化するために、福岡をより大きく爆破したのではないでしょうか」
「では大友佳彦は」
「要するに、全く自分の指揮命令系統ではないところがテロを起こすにあたり、どんな手段を使うのか、そしてどんな実力なのかを見に来たのでしょう。要するに、樋口さんの言う通り、北朝鮮の今回指示したテロリストと、松原の団体は同盟関係にあるが、しかしお互いの実力をほとんど知らないということになるのではないかと思います。その為にどんなことをやるのか、そしてどんな手段をとるのか、そしてその規模や手段を大友は見に来たのでしょう。しかし、北朝鮮の団体は、それを知られないように、そこにあるものを使い、事故のように見せかけたのではないかと思います。その為に、すぐにわからなかった大友が現場に長い時間いたのではないでしょうか。逆に言えば、松原と北朝鮮の関係がやったので、大沢や陳は知らないということになるのではないかと思います。」
そこにいる人々はみな黙った。そのような感じもする。しかし、そのためにこれだけの人を殺してしまったのか。なんと残酷なことなのであろうか。
犠牲者は1000人を超えていた。けが人も多く出ている。その状態でなおかつ道路も地下鉄も、要するに自動車も公共交通機関もすべてが普通になっている状態では、天皇陛下を招くことはできない。しかし、その為の犠牲にしては多すぎるのではないか。まだ、その被害の大きさが全く見えていない。当然に道路も復帰していなければ、犠牲になったご遺体もすべてが発見されたわけでもないのだ。
荒川の分析は、正しいのかもしれないが、しかし、その為にこれだけの規模の事故が発生するというのはさすがにおかしな話である。身近なところには様々な危険が潜んでいるが、その危険を最大限に行い、なおかつ「整備不良」などの言葉で、片付けられてしまうミスを犯せば、このようになってしまうということなのであろう。
「本当に松原なのでしょうか」
菊池はそういった。
「なぜ」
「松原ならば、松原から陳や大沢が知っていておかしくないということになります。大沢が知らないのは、松原ではないということではないでしょうか」
菊池の言うことも一理ある。大沢が知っていれば、または大沢と松原が組んでやっているのであれば、半分こちらに裏切り情報を出してきている青山優子が知っているはずである。その青山優子が全く知らずに驚いていたということは、もしかしたら松原も知らないのかもしれない。
「ということは、松原以外の左翼団体が天皇陛下を狙っているということか」
「そうです」
嵯峨朝彦が叫ぶように言ったときに、扉が開き今田陽子が入ってきた。今田陽子は、書類の入った封筒を置き、その中にあるUSBメモリを青田に渡した。青田はさっそくUSBメモリをコンピューターに差し込んで、その内容を示した。
「大津伊佐治ですか」
荒川はためいきまじりにいった。
「殿下、私たちを京都で付け狙っていたのは、この男です。」
「大津伊佐治、関西の左翼暴力集団の大物ですね。」
「そう、そしてその娘が、古代京都環境研究会発起委員会の事務局、石田清教授の秘書をしている山崎瞳よ。大津が離婚してというか、子供だけを作らせて全く籍を入れなかったから、苗字も育ち方も違うけど、血のつながった親子であることはほぼ間違いがないと、京都府警から連絡が入りました。」
「なるほど」
嵯峨は、自分が叫ぼうとしたのに、その機先を削がれてしまい、なんとなく落ち着いた声を出している。このような時の今田陽子の迫力は、さすがに官邸の中で仕事をしているだけあってかなりすごい。
「そう思って平木さんに話を聞いたところ、京都は地上の紅花というバーのオーナー金日浩に大津伊佐治が頼んででいたということのようよ。そこには、山崎瞳も来ていたらしい。」
「まあ、親子だからなあ」
「何だか悔しいじゃない。目の前でずっと話していた小娘が、こんなことを企画していて、そのうえでこれだけの犠牲を出したにもかかわらず、それを止めることもできなかった何で、何て悔しいんでしょう」
今田はそれだけ言うと「また、次の仕事があるから」と言って出て行ってしまった。
「平木に無理をしないように伝えてくれ。いや、東御堂信仁に言って、平木にそのようにしてほしいと伝えてくれ」
嵯峨は、何か悪い予感でもしたのか、それだけ言うと、腕を組んで考え込んでしまった。