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Bonds with a soul

2022年10月11日

2022.10.11 00:00

真剣さとか本気というものは、それを計るものがありません。

定規で「今の真剣さは10センチ分です」と計る事ができないから、自分がどの程度真剣なのか、本気なのかが自分では判りません。

今の日本で、真剣さとか本気と言っても、比較的安定した社会ですから、どこか泥臭い、かっこ悪いものに思われるかもしれませんね。

しかし、時にその真剣さ、本気というものでなければどうしようもならない事があるのです。

会社で、仕事で、家庭内で、学校で、クラブ活動で、様々な場面で真剣に、本気にならなければならない事があります。

グッと一気に真剣モード、本気モードに入れる人、その感覚は宝物ですね。

しかし、そうそう一気に真剣になれるものではありません。

(意識しなくても)いろいろと考え過ぎたり、手を抜いたり、どこか隙があるものです。

真剣さとか本気というものは、日々自分が意識し、結果と照らし合わせながら、「今日の真剣さはまだまだだった」とか「今日の真剣さはいい線だった」と自分の中で定規を作るしかないのです。

不思議なもので、自分の真剣さや本気の程度を自分は判りませんが、人は敏感に察知している場合があります。

相手がいる場合には、その相手に自分の真剣さや本気の程度が伝わるのです。

「おっ、この人は本気だ」と感じた事がある方は意味が判るかと思います。

日常の中での真剣さや本気も大切ですが、特に生命に関わるような状況に陥った場合には、この真剣さや本気というものがより大きな鍵となります。

病気になり、これからどうなるのか、死んでしまうのか、と不安になりますよね。

自分ができる事は何でもするから助かりたい、という気持ちが湧き上がったとして、本当に「何でもできる」自分になれますか。

本当に自分の生命と真剣に、本気で向き合う自分になれますか。

これが意外になれないものなのですよ。

「死ぬかもしれない」という思いはあっても、「それは今日ではない」という気持ちがどこかにあるのです。

それでは助かるものも助からなくなります。

病気になった時、不都合が生じた時、その時に「真剣さ」とか「本気とは」と言ってももう遅いのです。

そんな事を聞く余裕がないのです。

また聞く耳があったとして、進行するような病気であれば、真剣さや本気というものを身につけるのが早いのか、生命が尽きるのが早いのか、時間という枠ができてしまいます。

だからこそ、何も生じていない時から、真剣さや本気というものを身につけて欲しいのです。

それが、必ず自分のためになるのですから。

真剣さとか本気と言っても、何のことだか判らないかもしれません。

判らなければ判らないなりに、試していくしかありません。

たとえば、綺麗な場所(自分の部屋でもいいですが綺麗に掃除して空気を入替える)で正座をしてください。

そして一点を見つめ、「真剣になる」という気持ちで静かに座り続けてみてください。(寝てしまってはダメですよ)

一週間掛かるか、一年掛かるか、それはあなた次第ですが、ある瞬間を感じてきます。

体が軽く、脚の痺れを感じない、そんな瞬間があると思います。

その感覚を覚えておくのです。

真剣になれば、時間の感覚、体の感覚が薄れていきますから、この例でその感覚を体が覚えていくかと思います。

これは一例ですから、自分なりの方法で真剣さとか本気というものを自分の染み込ませていってください。

最低でも一生に一度は、あなたの真剣さでしか太刀打ちできないものに出会うはずです。

その時に、いつでも自分を真剣モードに切り替えられるように、練習できる間にしておく事が最良かと思います。