日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第二章 日の陰り 20
日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄
第二章 日の陰り 20
「いいか、あまり派手に動くな」
東御堂信仁は、平木に慌てて電話をした。
「しかし、北朝鮮なんですよね」
「ああ、まあ、お前に何を言っても無駄だと思うがな」
「はい、既に相手にか思われていますし、バーにも最近怪しいのが来ています。」
平木は、少し寂しそうに言った。
「過ぎに店を閉めてはどうか」
「まさか、拠点が無くなります。ただ、緊急の場合は施設を全て爆破しますのでご安心を。殿下に迷惑はかけません」
そんなことを言っているのではない。東御堂は、そう受話器に向かって叫んだが、しかし、その前に、平木の電話は切れていた。
「おい、誰か、すぐに嵯峨に電話をつなげ」
東御堂は、老身体をかなりつらそうに起こすと、大声を出した。実際に東御堂信仁は、最近あまり体調が良くなかった。自分自身はそろそろ自分の寿命が近づいているのではないかという気がしていた。何よりも足が悪く、なかなか前に勧めることができなかった。しかし、まだ車椅子を使うほどではない。
その東御堂が立ち上がり、出かける準備を始めた。自分自身で京都に行くつもりであろうか。
「嵯峨朝彦殿です」
「朝彦か」
「おう、信さん、どうした」
「平木の様子を見に行ってくれ」
「平木さんですか。」
意外そうな声を出したのは嵯峨である。嵯峨は、平木はずっと東御堂の側近を京都で勤めていたベテランであり、何でもできると思っていたのである。しかし、そんなことはないということを東御堂入っているのだ。
「ああ、店に怪しいのが来ているといっていた。つまり、北朝鮮の奴が既に平木に目を付けたに違いない。関西は、左翼に同和、在日外国人と厄介なのが多い、そのうえ、関西は平木一人だ。何とかしなければ。」
「しかし、信さん。今までも平木さんはやってきたのではないか」
今まで平木が一人であったということは、関西は平木一人に任せていた方が良い。訳が分からない人が行く方がかえって危険な場合が少なくないのである。そのように考えれば、今までと同じ夫人の方が良いに決まっている。
「あいつの周りには今まで何人も仲間がいたんだよ。しかし、徐々にみんないなくなってしまってな。今ではあいつ一人になっている。何とかしないと」
東御堂は心配そうな声を出した。嵯峨も、やっと事態が呑み込めたようだ。
「わかりました。荒川か樋口を向かわせましょう」
「そうでなければ私自身が行こうと思っていた」
「信さんが、帰かえって足手纏いでしょう」
「うるさい」
「明日、向かわせます」
東御堂は、頷くと、そのまままた足を折り、ソファーに身を沈めた。
「お客さん、最近よくいらっしゃいますね」
平木は、カウンターの中にいた。
「いい店だからね」
カウンター越しの客は、いつものように水割りを飲んでいる。既に一週間くらい毎日ここにきているので、さすがに顔なじみだ。しかし、声をかけるのは初めてである。
「ありがとうございます」
特に東御堂から連絡が入っているわけでもないし、また、秘密の暗号も何もない。つまり一般の客である。しかし、一般の客がこんなに何もない店に毎日足を運ぶというのはおかしい。今までも常連客というのは何人もいた。だからバーとして成立していた。アルバイトも使っているので、その関係の人も来ている。しかし、いくら常連と言っても、老人などの明らかに暇人それも、かなり金を持っているという人以外、毎日来るということはほとんどない。実際に、働き盛りと思われる年齢の人物が、このように毎日足を運ぶというのは、過去に一度アルバイトの女の事を目当てにストーカーまがいの事で毎日通っていた人がいたが、しかし、それも、アルバイトが辞めてからは来なくなっている。今ではアルバイトと言っても男性しかいない。
「何か世俗と切り離されているから、ゆっくり酒を味わうのにいいよね」
「そうですか。お客さん、世俗と切り離されたいような何かがあるのですか」
平木は、特に探るというような物ではなく、なんとなく話の流れで聞いた。いや、普段の癖で、相手の話の真相をなんとなく聞いてしまうという無意識の感覚があったのかもしれない。しかし、本当に聞き出すのであれば、このような直接的な聞き方はしない。もう少しわからないような言い方をするのである。しかし、特に意識をしていないので、ついつい直接的な聞き方をした。
「いや、せっかく仕掛けて爆破したのに、事故で片付けられてしまってね」
まずい、平木はそう思った。東御堂と昼話した怪しい男というのは、嵯峨と今田が来た時に、二人を付け回していた若い男の事である。確かにここのところたまにこの店に寄っていた。しかし、その頃から、カウンターの男も来ているのである。しかし、なぜか、こちらの男にはあまり注意が向かなかった。いや、若い男の方に注意を向けてしまって、このカウンターの男には注意がなかった。
普段であれば、このような聞き方はしない。しかし、この日は若い男が来ていなかったので、油断をしたのであろうか。平木はカウンターの横にあるボタンを押した。奥にある機械の電源をすべて落とし、そして秘密の部屋に通じる扉をすべて施錠するボタンである。この男こそ、本丸なのであろう。
「そんなことがありましたか」
平木は何事もなく、そのように言った。
「マスターはどこまで知ってる」
相手も直接的なことを言った。ほかに客はいない。しかし、このカウンターの男も、何事もなかったように、普通に酒を飲んでいるだけだ。
平木は逡巡した。どうこたえるか。しかし、子尾まで来てしまっていては、何も知らないでは通るはずがない。
「あなたが京都人ではないということでしょうか」
「なぜ」
「言葉のイントネーションですかね。古くからの京都言葉じゃない」
「言葉か。じゃあ、どこの人に見える」
「外国の方でしょうか。半島あたりの」
二人の間に、一気に緊張感が高まった。
「御明察」
「なぜこの店に」
「あんたが、爆破の翌日にわざわざ店の前まで来てくれたから、お礼に。こっちは悪いことしているわけじゃないから、ちゃんと店の中に入って、酒を飲ませてもらい、金も払っている。」
男は、何事もないようにそう言うと、グラスを飲み干した。
「もう一杯頂けるかな」
「はい」
何事もなかったように平木はグラスを受け取ると、氷を入れ、目の前でウイスキーを注いだ。ロックである。
「爆破の目的は。事故ではないのでしょう。」
もう隠しても仕方がない。この「爆破」という言葉が福岡の地下鉄の事故の事であるということがよくわかっている。お互いの間に、何気ない会話の割にはかなりの緊張感があった。
「福岡を安全な場所ではないというように印象付けるためさ。うちの店の常連さんが」
「紅花ですね」
この時点で、店の名前も、カウンターの男が金日浩であることも、平木はわかっている。わかっていながら、カウンター越しにバーのマスターと客という線は越えなかった。
「ああ、わかっているんだろ。その店の常連さんが、京都で一仕事するというのでね。その前の景気づけと、まあ、我々もちゃんと仕事するということを忘れられないようにね」
「ほう、一仕事ですか」
「なんでも大きな仕掛けで人を殺すらしい」
「物騒な話ですな」
平木は、その瞬間、自分の腹に鈍い痛みを感じた。
「こんな感じでね」
金は、先ほど平木が二敗目のロックを作っている間に自分の袖に隠していたナイフを、平木の腹から引き抜いた。
「こんなにうまくゆくでしょうか」
平木は明らかに苦しそうな声で言った。抑えた手からは血液があふれている。それでも動揺せずに言えるのは、さすが平木である。
「政府の今田の後ろを聞きたかったが、マスターじゃ口を割りそうにないからな。」
金はそういうと、そのままナイフをかなり手慣れた技で平木の首を襲った。頸動脈を切られた平木は、そのままそこに倒れた。
金は、既にこの店に、カメラなどがないことを確認していたので、そのまま外に出た。さすがにプロである、返り血は全く浴びていなかった。