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のらくらり。

末っ子、初めてのないしょとひみつ

2022.10.16 08:50

転生現パロ年の差三兄弟、べびルがウィリアムからもらったお菓子を内緒と秘密にするお話。

べびルを甘やかすウィリアムとそれを嗜める兄様の図がだいすき。



今世では間違いなくモリアーティ家の次男として生まれ落ちたウィリアムは、以前と変わらず優れた頭脳と穏やかな性質を持ち合わせた、礼儀正しく心優しい少年である。

平和な世界では悪魔のような辛辣な決断が顔を出すこともなく、間違いだと理解しながら心を押し殺して残虐な行為をする必要もない。

けれどやはり持つべき性分は変わらないようで、間違いだと理解しながらも己の欲を優先してしまうところが、ウィリアムの悪癖でもあった。


「ルイス、これすきだったろう?」

「バームクヘン!」


今のウィリアムにとって、少しばかり年が離れて生まれてきた弟のルイスの成長を見守ることは日々の最優先事項だ。

すくすくと朗らかに成長しているルイスの手元には、アルバートから与えられた猫のぬいぐるみが握りしめられている。

可愛い弟と一緒に遊んで歌を聞かせていたウィリアムは、小さなその手に弟の好物であるお菓子を乗せてあげた。

今は決しておやつの時間ではない。

けれどウィリアムはルイスにお菓子を与えてしまう。

まだ幼いルイスに甘いお菓子を与えることがどれだけ罪深いことかを知りながら、ウィリアムはお菓子を手にして喜ぶルイスを見たいという欲を抑えることが出来ないのだ。


「これ、おいちいの。ルイ、バームクヘンすち」

「良かった。喜んでくれて僕も嬉しいよ」

「にぃに、ありあと」


大事に握りしめていたぬいぐるみを手放し、両手でバウムクーヘンを持ってにっこり笑うルイスはとても可愛い。

わぁい、と小さな個包装のお菓子を持ち上げて大きな瞳を煌めかせている。

これが見たかったのだと、ウィリアムは脳裏で顔を顰めるアルバートと母と乳母から目を背けた。

ルイスは毎日の歯磨きを嫌がらないし、仕上げ磨きはきちんとウィリアムがやっている。

この間の検診でも虫歯の気配ゼロだったのだから、少しくらい良いだろう。

夜ご飯はルイスが残した分をこっそり食べてしまえば証拠隠滅になる。

自らの欲に負けて完全犯罪を目論むウィリアムを知らず、ルイスははしゃいだようにバウムクーヘンを上下に振っていた。

ウィリアムはふわふわ流れるルイスの髪を撫で、額をくすぐるように指でなぞってからその人差し指を己の口元に持っていき、歌うように言い聞かせる。


「ルイス、これを貰ったことは誰にも内緒だよ」

「ないしょ?」

「そう。僕とルイスだけの秘密」

「ひみちゅ…」


ルイスは賢い子だ。

ウィリアムとアルバートとそうであるように、以前のルイスと今のルイスは全く同じ人間ではないだろうが、それでも幼いながらに見せる知能の高さは否定しようもない。

内緒と秘密という言葉の意味をきちんと理解しているし、それを実行するのはきっと容易いはずだ。

ルイスはいつだってウィリアムとの約束を破らない、素直な良い子である。

ウィリアム自慢の弟は持ち上げていたバウムクーヘンを胸の高さにまで下ろしてから、じっと手元のそれを見つめていた。


「ないしょ…ひみちゅ…」

「バウムクーヘンはルイス一人で食べてね。誰にも分けてはいけないよ」

「ひとりで?にぃには?」

「僕はこれから勉強があるんだ」

「アルにぃは?」

「アルバート兄さんにも内緒」

「…ねこさんは?」


ウィリアムはもう勉強の時間だから遊んでくれないのだと理解したルイスは少しだけ表情を曇らせる。

ならばアルバートと分けて食べるのはどうかと尋ねても、それも駄目だと言われてしまった。

だいすきな兄達と分けられないお菓子はとても悲しい。

けれどウィリアムが内緒だというのならルイスは内緒にしたいし、秘密だというのなら秘密にしなければならないのだ。

せめて唯一の友達であるぬいぐるみはどうだろうかと、ルイスは放っておいたその子を拾い上げてはウィリアムに掲げて見せる。

ウィリアムもアルバートも駄目なのならばこの子は良いかと、ルイスの懸命な様子に胸をときめかせたウィリアムは笑みを浮かべて声を出す。


「ねこさんは良いよ。ねこさんと一緒にバウムクーヘンを食べておいで」

「!あい!」


ぬいぐるみごとルイスを抱きしめて許可を出したウィリアムは、腕の中から元気の良い返事が聞こえてくるのを堪らなく愛おしく思った。

本当ならばこのままずっと遊んでいたいけれど、学業を疎かにするわけにはいかないのだ。

試験の結果だけで全てが決まるのならば余裕でクリアできるとはいえ、世の中そうもいかないのである。

提出する課題において手を抜くのは生来の真面目な性分が許さないし、せっかくの学びの機会を無碍にするのも申し訳ない。

ゆえに、そろそろ同じグループのクラスメイトと連絡を取りつつ課題を仕上げなければならなかった。

ウィリアムは断腸の思いでお菓子とぬいぐるみを抱えたルイスを見送り、重いため息を吐いてからタブレットとノートパソコンを手に取った。


「ルイスなら内緒にも秘密にも出来るだろうけど、兄さんにバレないといいなぁ…」


ウィリアムはルイスを信用しているが、それでもアルバートの鋭い勘は油断出来ない。

ルイスを甘やかしたのがバレて怒られるのは慣れているとはいえ、敬愛する兄の何とも言えない生ぬるい視線は中々刺さるのだ。

その度に「もう己の欲に負けてルイスを甘やかすのはやめよう」と誓うのだが、平和な世の中で制限なくルイスに美味しいものを食べさせてあげられる環境というのは、想像以上に誘惑が強かった。

以前はどれだけ求めても手に入れるのが困難だった環境にいるのだから、前世の分を上乗せしているようなものだ。

バレなければ良いのだと、あまりにも善人からかけ離れたことを考えたウィリアムは、クラスメイトに連絡を取るためアプリのアイコンをタップした。




お気に入りのぬいぐるみとともに部屋を出てきたルイスは、ウィリアムに貰ったバウムクーヘンを大事に抱えて真剣な顔で広い廊下を歩いていた。

とてとて、と軽い足音とは対照的な重苦しい顔だ。

短い眉が目一杯に吊っており、その真剣な様子が伺える。


「アルにぃにもないしょ…ひみちゅ…ひとりでバームクヘンたべる…」


ウィリアムと交わした約束を繰り返し呟き、さてどうしたものだろうと首を傾げる。

だいすきな兄はお菓子を貰ったことを内緒で秘密にするよう言った。

バウムクーヘンは誰にも分けず、ルイス一人で食べるようにも言った。

本当はアルバートと分けて食べたいが、ウィリアムが言うのならその通りにすべきだろう。

約束は守るものである。

ルイスは小さな頭を力強く上下させ、決心したようにぬいぐるみを抱え直した。




「アルにぃ」

「おやルイス。ウィリアムと遊んでいたんじゃなかったのかい?」


モリアーティ家の屋敷において、ルイスが頻繁に行き来するアルバートとウィリアムの部屋は基本的に扉が締め切らないよう僅かに隙間が開いている。

軽く押せば開く仕様になっているのだ。

ルイスは広い屋敷の中、迷うことなくやってきたアルバートの部屋の扉をいとも簡単に開けてみせた。

突然やってきた弟に驚く様子もなく、アルバートは棚から選んでいた本を机に置いてルイスの元へと向かっていく。


「ウィルにぃにはおべんきょうなの」

「そうだったのか」


目線を合わせるように腰を下げ、訪ねてきた理由を述べるルイスの頭を軽く撫でる。

その腕の中にはいつものように白いぬいぐるみが抱えられており、アルバートの胸を温かくさせた。

ルイスを思って用意したぬいぐるみを大事にしている様子は何度見ても新鮮に嬉しくなるのだ。

けれどぬいぐるみと一緒に見慣れない、いや正しくは見慣れているがルイスが持っているはずのないものを見かけ、アルバートは思わず眉間に皺を寄せた。

個包装になっているそれは、ルイスが特に気に入っているバウムクーヘンのお菓子ではないだろうか。

ルイスは良い子だから勝手に持ち出したりするはずがない。

ならば何故、とアルバートが疑問に思っていることなど知らないまま、ルイスはアルバートの足を押してソファに座るよう促した。


「ルイス?」

「にぃ、ここすわって」

「あ、あぁ」


ルイスでも座りやすいよう低い高さのソファに腰を下ろしたアルバートは、もう一度その手元にあるお菓子を見る。

隠すわけでもないそれを持ったルイスはアルバートの隣に己ではなく、持っていたぬいぐるみを座らせていた。

もふもふしたぬいぐるみとともに並んで座ることになったアルバートだが、それを見て満足そうにするルイスがいるのだからどうにも出来ない。

ぬいぐるみをどかしてルイスを座らせようかと考えていると、そのルイスは腕を伸ばしてアルバートの足に登り出した。

持っているお菓子を手放すことなく、よじよじと登ってくる温もりのある重みに思わず手を伸ばす。

抱えたりせず落ちないよう支えるのみにすれば、登ってきたルイスが膝の上に座り込んだ。

しばらくもぞもぞ動いていたかと思えば落ち着きの良い場所を見つけたのか、小さな頭が胸元に押し当てられる。

反射的にそのお腹に腕を回してやれば、モリアーティ家では見慣れているアルバートがルイスを膝に乗せて抱っこしている姿の完成だ。


「ルイス?」

「しー」

「…しー…」


アルバートが名前を呼べば笑って振り向いてくれるはずのルイスが、今は何故か短い人差し指を口に当てて静かにするようアピールしてくる。

その仕草がウィリアムによく似ているものだから、何故かルイスの向こうにウィリアムが静かにするよう言い聞かせてくるようにも見えた。


「ないしょ、ないしょ」

「内緒?」


おそらくはアルバートに向けられた言葉ではないのだろう、ルイスは小さな声で何度も内緒だと呟いていた。

言いながらその手元は持っていたバウムクーヘンの袋を開けようとしている。

モリアーティ家御用達の店で買ったそれは包装がしっかりしており、ルイスは開けるのに手こずっている。

だがここで手を出せばルイスのプライドを刺激してしまうことは、これまでの経験でよくよく理解しているのだ。

そのためアルバートが静かに見守っていると、ルイスはようやくその包装を開けられたらしい。

喜ぶ声が聞こえてきた。


「あいた!」

「良かったな、ルイス。偉いじゃないか」

「あ、アルにぃ、め!しー!」


喜ぶルイスを習慣のように褒めれば、いつもとは違って慌てて静かにするようルイスが振り返ってきた。

普段なら褒められてますます喜ぶというのにどうしたのだろうか。

アルバートは様子の違うルイスに戸惑いつつ、けれどルイスはアルバートを座椅子にしつつ持ってきたバウムクーヘンに意識を向けていた。


「ひみちゅ、ひみちゅ…」

「秘密…?」

「にぃ、しー。ひみちゅなの」

「……」


ルイスは頑固なまでにアルバートを静かにさせようとしてくる。

この頑なな様子にアルバートの脳裏に過ぎった顔があるけれど、おそらくその通りなのだろう。

思わず遠い目をしたけれど、嬉しそうにバウムクーヘンを手に取ったルイスの可愛らしさについ絆されそうになった。


「ん、おいちぃ」

「……」

「んむあむ。んー」

「…………」

「ないしょ、ひみちゅ」


だいすきなバウムクーヘンを食べながら、内緒やら秘密やら言っている可愛い末弟。

ふっくらした頬がますます丸く、かつ薄桃色に染まっていて幼さが際立っている。

小さな口でゆっくり味わうようにしていても、個包装で食べきりサイズのバウムクーヘンはあっという間になくなってしまう。

アルバートに抱かれながらモグモグと食べていたルイスは、包装紙の中のバウムクーヘンが無くなったのを確認してから膝の上をぴょんと飛び降りた。

高さのないソファの上からであれば、ルイスの足に怪我をさせることもない。


「ごちそうさま、でした」

「……」

「ないしょ、ひみちゅ」

「…………」

「アルにぃ、いっしょあそぶ?」

「あ、あぁ…すまないな、本を選んでしまいたいから少しだけ待っていてくれるかい?」


どうやら内緒と秘密の時間は終わったらしい。

発言を許されたアルバートはルイスの提案を条件付きで受け入れると、上目で見上げていたルイスは嬉しそうに笑ってくれた。


「すこし、どのくらい?ねこさんたいそうとおなじ?」

「そうだな、体操の時間と同じくらいだよ」

「わかった!」


アルバートが考案しウィリアムが手を加えた、ルイスの体力を付けるために作ったねこさん体操はおよそ10分にも渡る全身運動である。

幼児の集中力など10分も保たないと母や乳母に言われていたがその心配も虚しく、ルイスは兄達が作ってくれた体操をいたく気に入ったのだ。

10分の中で第一から第三に分けて作った体操を毎日楽しそうに全てこなしていた。

おかげで体力もついたし体幹もしっかりしており、体の使い方も上手くなっている。

そんなねこさん体操と同じ時間を待てばアルバートが遊んでくれると理解したルイスは、彼の隣に置いたぬいぐるみを手に取り抱きしめた。


「じゃあ、ルイまたくる」

「どこへ行くんだい?」

「にゅーにゅーのむの。ないしょのバームクヘン、のどかわいたから」

「あぁ…ではナニーに頼んでおいで。ここで待っているから」

「あぃ。あとであそんでね、にぃ」


いつもルイスがバウムクーヘンを食べるときはホットミルクを用意している。

けれど今は何も飲まずにバウムクーヘンを食べて喉が乾いたのだと、ルイスは牛乳を求めて部屋を出て行った。

バイバイ、と手を振って去るルイスに釣られて手を振ってから、アルバートはその手を己の額に当てて深く息を吐く。

内緒かつ秘密にしたい粗方の事情が分かってしまった。

おそらくはウィリアムがこっそりルイスにお菓子を分け与え、それを誰にも内緒かつ秘密だと言い聞かせたに違いない。

あれほどルイス可愛いさにお菓子を与えてはいけないと言っていたのに、彼はまたも己の欲求に負けたのだろう。


「…ウィリアムの奴…」


だがアルバートとて、最初から牛乳とともに食べれば良かっただろうバウムクーヘンを、わざわざアルバートのそばを選んで食べていたルイスを思うとつい絆されそうになる。

ルイスは誰からバウムクーヘンを貰ったのか話さなかったのだから、本人なりに約束を守っていたつもりなのだろう。

まさか食べている姿を見られることが秘密の暴露になるとは思っていなかったはずだ。

アルバートは膝の上からいなくなってしまった温もりを思い浮かべつつ、注意したところで結局は繰り返すだろう戦犯たるもう一人の弟を思い浮かべた。




(にぃに、ないしょとひみちゅできた!)

(本当かい?偉いね、ルイス)

(えへへ)


(ウィリアム)

(何ですか、アルバート兄さん)

(昼間、ルイスが私の元へ来て「秘密、内緒」と言いながらバウムクーヘンを食べて去っていったのだが)

(え)

(何か、言うことは?)

(…ルイスの、喜ぶ顔が見たくて)

(気持ちは分かる。ルイスとて内緒かつ秘密にしているつもりだったんだろうが、詰めが甘くて可愛らしかった)

(まさかそんなことをしていたなんて。僕も見たかったですね)

(それはそれとして、ウィリアム。ルイスにお菓子を与えるのはほどほどにしなさいとあれほど言っているだろう)

(…すみません、もうしません)

(その発言を、私はもう23回は聞いた気がするよ)

(……)