帝国の時代33-二重帝国のエリザベート
2022.10.19 11:19
1867年オーストリア帝国は「オーストリア=ハンガリー帝国」と改組された。普墺戦争に敗れたオーストリアは、イタリアで領土を失い、ドイツに対する地位を喪失した。残る方向は東方だけだった。帝国内ではドイツ人は24%にすぎず、今後も力を維持するために伝統的なマジャール人の力を借りることにした。
この帝国は、墺皇帝と洪国王が内政は別で、財政、軍事、外交のみ統一したので「二重帝国」と呼ばれる。オーストリアはチェコやポーランドの一部が入り、ハンガリーにはバルカンのボスニアやクロアチアが入っていた。しかしスラブ人が多くなかなか安定とはいいがたい。
この成立に尽力したのは、当時ヨーロッパ1の美人といわれた有名な皇妃エリザベートである。彼女はバイエルンで自由きままに育ち、自由主義に共鳴する女性だった。そして窮屈な宮廷の鬱屈を美と各国の放浪旅行に過ごした。家庭教師がハンガリー人だったことから大のハンガリー贔屓となった。
シシイと呼ばれて愛されて皇妃は、私生活に引きこもり、詩作にふけり、ついには孤独に逃げ込む気ままな人生を過ごし、皇帝もそれを許していた。彼女は1898年にスイスのレマン湖畔で刺殺されるが、ハンガリー人作曲家とプラハ生まれの劇作家のタッグのミュージカルが大当たりをとって現代に蘇ったのも奇縁といえる。