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Oimachi Act./おい街アクト

令和食文化問答『昭和の喫茶店・小倉篇』 暗い店内はカップルに好まれた。BGMはクラシック。

2022.10.28 03:00

「音楽喫茶」という言葉があった。今は死語。

 

音楽もジャンルはさま様。この北九州には「音楽」聞かせる、売りモノにする店が地方にしては多かった。

 

今回はクラシック。

喫茶店の店名は覚えやすい、解かりやすい、そしてイメージが良い、これが鉄則であった。

昔あった喫茶店の店名は、「黄昏(たそがれ)」。「美国(みくに)」「田園」「月光」「コロンビア」「ブラジル」「折紅(おりべに)」「ポプラ」「ONO(オー・エヌ・オー)」「街角(まちかど)」「ピノキオ」「スイス」「銀影(ぎんえい)」「風月」などなど。何十年経っても忘れにくい店名だ。

 

で、今回は「田園」。平和通りにあった喫茶店。

1階はやや明るい、2階、3階は店内が暗い。

「田園」はベートーヴェンの交響曲のタイトル。

もちろんクラシックがBGMで流れている。

3階は特に暗かった、という印象が残っている。

 

来店していたのは、カップルがとても多かった。

カップルは長居する。2時間なんてザラ。

 

告白やら、口説きのための喫茶店だったのだろう。

学生服では、高校生は入れないのが、その当時の常識。

高校生の男の子は坊主頭の時代。

 

長髪が許されていた10代というと、浪人生、大学生、高校生。

女子高校生を連れて、高専生がその当時、私服を着て、18才未満お断りの喫茶店やらパチンコ屋に堂々と出入り出来た。

 

「田園」のメニュー。カレーが人気があった。この時代、ちょっとした食事なら喫茶店で。

カレーライス、焼メシ、ハム・ライス(焼メシと味は変わらないが、何故かあった)、スパゲッティー、オム・ライス。これだけメニューが揃っていれば、大丈夫の時代。

 

当時、喫茶店のアルバイトの自給が70円~80円の時代。

コーヒーは100円。カレーが180円。

だから喫茶店は儲けた時代だ。

時給が今、900円前後!?

だったらカフェの一品が1000円以上でないと経営は厳しい。だからセルフ・サービスなのだ。