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ショートショート『椅子』【難波麻人】

2018.03.13 10:00

その店は住宅街にひっそりと佇んでいた。


小さなログハウスのような建物には、大きなアーチ型の磨り硝子の窓がついていて、中から淡いオレンジ色の灯りが漏れている。


どっしりと重みのあるドアをゆっくり開けると、様々な小物がショーケースの中や、天井から吊り下げられ並んでいるのが見えた。


「いらっしゃい、年寄りが趣味で集めたガラクタばかりだけど、よかったら見ていっておくれ」


眼鏡を鼻まで下げた初老の主人が、奥のカウンターから顔を出した。


僕は軽く会釈をしたが、主人は読みかけの小説に視線を落とし気づいてはいなかった。


「この懐中時計は・・」


深みのある金色の外装に気品を感じ、僕は尋ねた。


「ナポレオン・ボナパルト・・、、それは彼が愛用していた懐中時計さ」


「えっ、すごい物じゃないですか!?」


「彼は戦場で、常にその時計を頼りに作戦を遂行していたんだよ」


主人の声には懐中時計と同じような深みがあり、僕を妙に納得させた。


「じゃあ、この眼鏡は?」


「それはアドルフ・ヒトラーのかけていた眼鏡さ」


「えっ、ヒトラーって眼鏡かけてましたっけ?」


「彼は只の独裁者というだけでなく、優秀な演説家かでもあったんだ。彼は重要な演説の時その眼鏡をかけ、厳格さと知性を民衆の前で演出していたんだよ」


「へ〜、え、じゃあこの椅子は?」


そこには、古いが綺麗に磨き上げられたロッキングチェアが置かれていた。


「それは・・、、喋る椅子さ・・」


「喋る椅子!?」


すでに僕に疑うという思考はなく、この椅子にはどんなドラマが隠されているのかという興味だけが頭の中を支配していた。


「勿論喋ると言っても誰にでもじゃない、この椅子が主と認めた者にだけそっと語りかけるのさ」


僕は主人が、また小説を読み始めるのを待ち、小さな声で椅子に喋りかけてみた。


「・・こんにちわ」


「・・・コンニチワ」


安いロボットから発せられるような甲高い声が、カウンターの主人の方から聞こえた。


・・まさかそんな筈はない。


「こんにちわ」


「コンニチワ」


またカウンターから声が聞こえた。


「あのご主人?」


「どうしたんだい?」


「今喋りましたよね」


「私が喋るわけないだろう」


店の雰囲気、主人の佇まい、確かに喋るわけがない。


「今日はいい天気ですね」


「ソウデスネ」


横目でずっと見ていたが、主人の口は、小さくはっきりと動いていた。


「めっちゃ口動いてますよ」


「しかし、この椅子に認められるとは珍しい」


主人は僕の言葉を遮るように喋り出した。


「この椅子が主と認めた者は一つの例外もなく、皆時代にその名を刻み、富と名誉を手中にしている」


「オイ、オレハコイツヲ、アタラシイアイボウニスルゼ」


「そうは言っても彼が君を購入するとは限らないだろう?」


「ダッタラ、ネビキシテヤレヨ」


「ネビキトイッテ・・、値引きと言ってもいくらにするんだい」


間違えたようだ。


「ハンガクダヨ、ハンガク、」


「分かった!お前がそこまで言うのなら、そうしよう」 


主人は立ち上がり、ゆっくりと僕の前に立つと、


「今日は特別に半額の8万円で大丈夫だよ」


「買わないですよ、高いし」


「ナンダヨ、ヒヤカシカヨー!」


主人は顔を横に背け叫んだ。


「いや、客に何言うてるんですか」


「すまないね、口が悪くて」


「だからあなたが喋ってますよね!」


「ウルセー、カワナイナラ、トットトカエレヨバカヤロー!」


主人は甲高い声で、僕に顔をぐっと近づけて言い放った。


「もう完全にお前が言うてるやんけ!そもそも喋る椅子なんてあるわけないねん!」


僕が主人の肩を突き飛ばすと、驚いたのか主人は黙ってそこから動かなくなった。


店の奥から声が聞こえる・・


「いらっしゃい。あぁそれは、選ばれた者にのみ語りかけると言われている、喋る人形なんだよ」