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九条 顕彰・台本置き場

『LostSummer,run away』

2022.10.29 14:53

台本『LostSummer,run away』


作:九条顕彰


△はじめに…

こちらは声劇台本となっております。

この作品は著作権を放棄しておりません。

台本ご使用の際は、作品名・作者名・台本URLを分かるところに記載してください。

コピー・ペースト等での無断転載、自作発言、二次創作はおやめ下さい。

ネット上での生放送での声劇(ツイキャス等)のご使用に関しては自由です。

※YouTube等での録音した音声投稿(シチュエーションボイスや、ボイスドラマとしての音声投稿)や有償での発表(舞台での使用等)に関しては、作者の方に相談してください。

ネット上での上演の際、台本の使用報告はなしでも構いませんが、なにか一言あるととても励みになります。飛んで喜びます。

物語の内容にそっていれば、セリフアレンジ・アドリブは自由です。

ただし、大幅なセリフ改変・余計なアドリブを多く入れることはおやめ下さい。

↓↓↓下記ページでも台本載せております。

こちらでもよろしくお願いします。

https://9454996806.amebaownd.com/



この物語はフィクションです。

実在の人物・地名は一切関係ありません。




比率

男:1、女:1



上演時間:40〜45分




STORY

父親を殺した少女と、事故で娘を失った男の、決して許されない恋と、死への旅のお話。




登場人物

小阪夏希(こさか なつき)

18歳。父親を殺した少女。


冬野雄也(とうの ゆうや)

33歳。事故で妻と娘を失った男。



役表

小阪夏希:

冬野雄也:






〇本編セリフ〇





雄也(M):ある日、帰り道に猫を拾った…あれは酷い雨の夜だった…路地の片隅で、小さくうずくまっていて、雨に濡れた毛並みがキラキラ光っていた…金髪の綺麗な猫だった




──降りしきる雨の中、1人の少女が路地でうずくまっている




雄也:…あの…きみ…こんなところで何してるの?


夏希:…は?


雄也:いやっ…その…こんなオッサンが急に話しかけてきてごめんな?…ただ…なんというか……傘はないの?


夏希:…ない


雄也:そ、そう…友達は?


夏希:…いない


雄也:そ、そうか……お、親御さんは?お母さんとか、お父さん、迎えにこないの?


夏希:……。


雄也:…何があったのか分からないけど…雨も酷いし、夜も遅いし…親御さんもきっと心配してるだろうから、もう家に帰った方が…


夏希:しつこいな!帰らないって言ってんのがわかんないわけ!?いいからもうほっといてよ!!


雄也:…ごめん…けど、それは出来ない


夏希:は?


雄也:その制服…見た所、君、高校生だろう?理由はなんであれ、女子高生がこんなところで1人、雨に濡れてうずくまって、しかも家に帰らないなんて…余程のことがあったんでしょ?


夏希:……。


雄也:君にとっては、僕の言動はお節介かもしれないけど…でもここは暗いし、それに雨も降ってる、女の子1人じゃ危険だ…他にどこか…泊めてくれる人とかいないの?


夏希:…いないよ、そんな人……それに私、もうあの家には帰れないから


雄也:え?それ、どういう意味?


夏希:…別に、なんでもいいでしょ…あんたには関係ないのに、なんでそんなにしつこいの?…あんた、もしかして、警察の人かなんか?


雄也:まあ、そうだな…そこの駅前の交番で、警察官として働いてるよ


夏希:ふーん…そうなんだ…


雄也:そんな事より、どうする気なんだ?俺から親御さんに連絡してもいいんだが…


夏希:今は家に誰もいないから、電話しても出ないよ……それよりさ、オジサンの家に泊めてくれる?


雄也:え?


夏希:いや…初対面だけどさ…なんだろう…オジサンなら信用出来そうな気がして…私、今お金もってないから、ホテルとか泊まれないし…ダメ?


雄也:……今日、一晩だけだぞ





雄也(M):あの酷い雨の日の夜、猫を拾った…金髪の、酷く毛並みが良い、綺麗な猫だった…これが、あの子と俺の、ひと夏の旅の始まりだった




夏希(タイトルコール):『LostSummer,run away(ロストサマー、ランナウェイ)』





──次の日





雄也:…ん…?…あぁ…もう朝か……いくら非番とはいえ、早めに起きなきゃな……あれ?俺、なんでソファーで寝てるんだっけ…?


夏希:あ、オジサン、おはよぉ


雄也:…!(あぁ、そうだった…思い出した…昨日この子をうちで保護して…それで…)


夏希:オジサン、昨日は泊めてくれてありがとね!お礼と言っちゃなんだけど…朝ごはん作ったんだ、簡単だけど


雄也:…ふーん、意外と気が利くね


夏希:何その言い方


雄也:いや、なんか…さ


夏希:…?…あー、なるほど?夜遅くにあんなところに居て、家出してて、しかもこんな金髪だから、私の事、どっかの不良少女だと思ったわけだ


雄也:うっ…ごめんね


夏希:ううん、いいよ、別に、気にしてない!それに、そういう目で見られるのは、もう慣れてる


雄也:…ねえ、これから、どうするの?


夏希:え?


雄也:昨日、言ってたじゃないか、「あの家には帰れない」って…家庭の方で何かあったんだろ?他にどこか行く宛てとか、あるの?


夏希:……


雄也:…まあ、細かいことは、朝ごはん食べてからにしようか、せっかく作ってもらったのに冷めたらもったいないからね


夏希:…うん…そうだね





雄也(M):そう言いながら、テレビの電源をつける、いつも見ているニュース番組にチャンネルを切り替えたその手が、ぴたりと止まってしまった…とあるニュースが目に付いて離れなかった…あまりにも衝撃的な事実に、俺は一瞬、その事件を受け入れる事を拒んだ…





雄也:…政治家の、小坂議員が、何者かに殺害された…?


夏希:…!?


雄也:なんで…いきなり……あの男が…(小声)


夏希:消して!!


雄也:!?


夏希:お願い消して!テレビ!見たくない!!


雄也:お、おい、どうしたんだ?


夏希:いいから!!


雄也:わ、わかったから落ち着いて!なんでそんな慌てて…





雄也(M):消そうとテレビにもう一度、目を向けたその時、とある写真が目に入った…未だ行方不明、と書かれた文字と共に映し出されたそれは、目の前にいる、金髪の少女と瓜二つだった





雄也:え…?…これ…もしかして…きみ…?


夏希:っ…!


雄也:きみ、まさか…小坂議員の娘…


夏希:やめて!それ以上言わないで!!


雄也:っ!


夏希:……っ…なんで…なんでなの…もう、消してよぉ……私の事なんか、もう、ほっといてよお…




雄也(M):嗚咽しながらしゃがみこむ少女の姿に、俺はなんて声をかけたらいいのか、分からなかった





──数時間後





雄也:…どう?あれから、少しは落ち着いた?


夏希:…うん…


雄也:そう、なら良かった


夏希:…ごめんなさい


雄也:謝らなくていいんだよ


夏希:……わたし…


雄也:ん?


夏希:…もう、出ていくね…


雄也:え?


夏希:これ以上ここにいたら、きっとオジサンに迷惑かけちゃうから…さっきの…ニュース見たでしょ?ここにいるのがバレたらきっと、報道の人とか…ケーサツとか、いっぱい来る


雄也:い、いや、でも…


夏希:オジサン!色々ありがとうね!


雄也:…っ!


夏希:…私、人にはあんまり恵まれなかったけど…オジサンみたいな優しい人もまだ居るんだって、知れただけでもよかった!


雄也:…




雄也(M):その無理をしたような笑顔に、俺はなぜか惹き付けられてしまった




夏希:…じゃあ、バイバイ


雄也:…!なぁ、待ってくれ…!


夏希:…なに?


雄也:…何があったのか…教えてくれないか?


夏希:え…?


雄也:え、って…だって、君のお父さんが殺されたんだぞ…俺だって警察だ…警官として、放っておけないよ…それに、お父さんの死について、君は何か知ってるんだろ?


夏希:……


雄也:それと…ほら、昨日言ってたじゃないか、俺なら信用できるって……絶対誰にも言わないって約束する、だから、何があったのか、教えて欲しいんだ


夏希:…ほんとに?


雄也:え?


夏希:ほんとに…絶対、誰にも言わない?


雄也:…ああ、言わない、墓場まで持っていく、約束だ


夏希:……わかった…じゃあ、話すけど…びっくりすると思うよ…多分


雄也:それは聞かなきゃ分からないでしょ?


夏希:…うん…あのね…


雄也:うん


夏希:…私…人を、殺したの


雄也:…え?




雄也(M):その言葉を理解するのに、時間がかかった…『人を殺した』?…冗談だろうか、からかわれているのか、それとも…




雄也:ま、まさか…冗談じゃ…


夏希:冗談でも、嘘でもないよ


雄也:え…


夏希:本当のこと…私、殺したの…あの男……お父さんを…


雄也:お、お父さんを!?…じゃあ、さっきのニュースは…君が?


夏希:…うん


雄也:…なんで…?


夏希:…え?


雄也:どうしてお父さんを…殺したりしたんだ?なにか理由があったんだろ?じゃなきゃ、君みたいな女の子が、お父さんを殺す…なんて出来るわけない…


夏希:…別に…なんでもいいじゃん…理由なんて……あいつが気に入らなかったから殺した、それだけ


雄也:気に入らなかったって…


夏希:オジサンさ、家族は?


雄也:え、なに、急に?


夏希:家族だよ、奥さんとか、いないの?


雄也:…見ての通りだよ、今は一人暮らしだ


夏希:今はってことは、昔はいたんだ


雄也:…!……まあ、ね


夏希:そっか…奥さん、どんな人だった?オジサンのこと、大切にしてくれた?…愛してくれた?


雄也:……ああ、そうだな…優しくて、少し気が強くて…俺にはもったいないくらい、素敵な奥さんだったよ


夏希:そうなんだ……私さ、分からないんだ


雄也:?


夏希:なんだろ…そういう…家族の愛?とか、優しさってやつ?よく分からないんだ…あの人が優しい人だって、思えなかった…だって…


雄也:…だって?


夏希:…なんでもない…それで、その…奥さんは出てっちゃったの?


雄也:…いや…亡くなったよ


夏希:…え…?


雄也:去年の夏、交通事故でね…その時、まだ幼かった娘と一緒に…


夏希:去年の…夏…


雄也:ああ……どうした?


夏希:…ごめん…そうだったんだね…ごめんね


雄也:…?なんで君が謝るんだ?


夏希:何となく…聞いて、ごめんね


雄也:いいんだ、もう過ぎたことだからさ、だから謝らないでくれ


夏希:…うん


雄也:あの……君は…これからどうするの?


夏希:これから?


雄也:あんなところにいたって事は…自首するつもりはなかったんだろ?


夏希:…オジサン、心の中でも読めるの?


雄也:別に、そうじゃないけど…でも当たってるんだろ?


夏希:…うん…どっか…誰にも知られないようなところで…1人で死のうと思ってた…


雄也:…


夏希:オジサン、警察官なんだよね…捕まえてもいいんだよ、私の事


雄也:え?


夏希:だって私、殺人の犯人でしょ…ならさ…ほら、警察官の務めってやつ?果たしてよ、私の事、警察まで連れてってよ


雄也:…




雄也(M):素直な言葉とは裏腹に、彼女の目は涙で潤んで、キラキラとしていた…




雄也:…そうか…


夏希:…オジサン?


雄也:じゃあ…


夏希:っ…


雄也:一緒に、行くか…死にに…


夏希:…え?


雄也:俺も連れてってよ、君の、死出(しで)の旅に


夏希:な、なんで…そんなこと…


雄也:俺は…なんというか…君を、助けたい…たとえその選択肢が死ぬ事だったとしても…それで君の心が救われるのなら、そうしたいと思った、それだけだ…それに…今、君を署に連行していったら…きっと一生、後悔する…


夏希:…い、いの?


雄也:何が?


夏希:だって…そんな事言ったら…オジサンまで、巻き込んじゃうんだよ?…死んじゃうんだよ…?


雄也:ああ…いいんだ…もう……俺も、家族をなくして、ずっと1人でこの家にいるのは辛かったから…ここには、あのころの思い出が詰まりすぎてる


夏希:オジサン…


雄也:だからさ…俺も連れてってよ…


夏希:……




雄也(M):もちろん、それは本心ではなかった…彼女には死んで欲しくない…出来れば、生きていて欲しいと、そう思っていた…しかし、あの日の事故から、ずっと心にぽっかり空いていた黒い穴から、もう二度と埋まることの無い感情が溢れ出して…気づいたら、その言葉を口に出していた…




雄也:…何もかも、全部ぶっ壊して…一緒に行こう…




雄也(M):たとえそれが、妻と娘をひき逃げした、殺人犯の娘であっても…





──数日後(間)





夏希:…はあ…


雄也:…ん?夏希、どうした?


夏希:…んーん、なんでもない


雄也:…?


夏希:なんでもないって!ほら、早く行こう!




雄也(M):あれから数日がたったある日……俺は、口座からおろせるだけ金を引き落とし、夏希と共に、あの家を出た。その気になれば海外にだって行けた…だが、彼女は海外は嫌だと言い、ただ一言「最期に、綺麗な海がみたい」とそれだけ言った。





夏希:…それにしても…雄也さんが私と一緒に来るって言うなんて、思ってもなかったなあ


雄也:え?


夏希:だって、これじゃさ、まるで心中(しんじゅう)旅行だよ?私たち、この間、出会ったばっかりなのに、いきなり心中しようとか…なんか…不謹慎(ふきんしん)だけど、笑えてきてさ…


雄也:ま、まあ…確かにな…というか、ほんとに不謹慎だぞ、それ…


夏希:ふふ、ごめんね!…でも…なんか、幸せだなあって思う


雄也:何が?


夏希:私さ…本当は1人で、誰にも知られずに死のうって思ってた…でも、あの時、雄也さんが、一緒に行こうって、死のうって、言ってくれて…なんかね…私、幸せ者だなって


雄也:…?…死ぬことがそんなに幸せなのか?


夏希:いや…そういう事じゃないけど……雄也さんって、まじめすぎ


雄也:へ?


夏希:あはは!変な顔!おもしろ!!


雄也:な、なんなんだよ…調子狂うな…というか、今の話の何が面白いんだ?


夏希:あははっ!…はぁ〜、も〜、雄也さん、いいオトナでしょ?自分で考えてください〜


雄也:…オトナだって、コドモでいたい時もあるんですぅ〜


夏希:あはははは!何それ!(笑)


雄也:…ったく…(笑)


夏希:はぁ〜、久しぶりにこんな笑ったぁ……ところで、さ、この近くに本当に綺麗な海ってあるの?というか私たち、どこに向かってるの?


雄也:ああ、伊豆(いず)だよ…なんでも、秘境って呼ばれてる場所があるみたいなんだ、俺も行ったことは無いんだけどさ…多分、もう少しで着くはずだよ


夏希:ふーん、秘境かあ…きっと、素敵で、綺麗なところなんだろうね…


雄也:そうだな…




雄也(M):言いながら悲しそうに笑い、俯(うつむ)く彼女の姿を見て、今にもどこかに消えてしまいそうで、何故か、とても怖くなった…




雄也:…夏希


夏希:ん?なに?


雄也:ん…は、早く行こう…(手を差し伸べ)


夏希:!


雄也:…や、やっぱり、こんなオジサンと手を繋ぐのは嫌だよな…ごめん、忘れて…


夏希:ううん!そんな事ない!(手を繋ぎ)


雄也:っ!


夏希:ふふ!行こう、雄也さん


雄也:…おう


夏希:ふへへ


雄也:な、なんだよ?


夏希:…いや…お父さん…あの人とも、こうやって手、繋いで歩いた事、なかったからさ


雄也:…!


夏希:…雄也さんみたいな人が…お父さんだったら良かったのにな…


雄也:…そんなに、その…冷たいお父さんだったのか?


夏希:冷たいというか…なんというか…あれを「愛」って呼ぶんなら…多分、あの人は相当歪んでたんだろうなって、思う


雄也:…それ、どういう事…




雄也(M):その時、タイミングがいいというか、悪いというか…突然、俺のスマホが音を立て、鳴りだした




雄也:!?


夏希:…?電話?出ないの?


雄也:い、いや…


夏希:私、ここで待ってるからさ、出なよ、大事な電話じゃないの?


雄也:…わ、わかった…ちょっとまってて



雄也(M):なるべく彼女から距離をとり、スマホを手に取る…見たことの無い電話番号からだった…



雄也:…もしもし…?…え、い、石塚さん…?はい、覚えております、お久しぶりです




雄也(M):電話の主は、警視庁の『石塚真琴』という人物だった…以前、妻と娘の事故の件で色々とお世話になった、若いエリート刑事だ…どうやら、小阪議員の殺人事件の資料が警視庁に回ったらしく、今回は、夏希の件で、俺に電話をかけてきたという…刑事の勘と言うやつなのか、今回の小阪議員殺人事件で、いの一番に俺の事を思い出したらしい





雄也:な、夏希さん…?さあ……俺もあの男に娘がいたなんて知らなくて…ええ、はい……分かりました、なにかわかり次第、またご連絡します…はい、では…




雄也(M):ピッ…と電話を切る音が、何故か物悲しく聞こえた…それはまるで、7日目の蝉の声のようだった…



夏希:あ、おかえり!


雄也:お、おう…おまたせ、夏希


夏希:…どうかした?


雄也:いや、なんでもないよ


夏希:そか、さっきの電話、誰からだったの?


雄也:ああ…職場の人からだ…旅行から早く帰ってこいよってさ…無理な話だよな?


夏希:…そっか…そうだね


雄也:さ、あともう少しで着くよ…夏希が来たがってた、綺麗な海に


夏希:…うん




雄也(M):俺を見上げ、悲しげに微笑む夏希の顔が、頭から離れない…このまま本当に、彼女と死んでいいのか…俺の気持ちはぐらついていた




雄也:はぁ、はぁ…しかし暑いな…夏希、この坂を登りきれば、もうすぐ見えるぞ


夏希:…うん


雄也:………夏希?


夏希:……雄也さん、もう1回だけ聞くよ


雄也:ん?


夏希:…本当に、私と一緒に…死ぬ覚悟、ある?


雄也:……当たり前だろ…じゃなきゃ、ここまで来ないよ


夏希:…うん、そうだね……雄也さんがいてくれて良かった


雄也:…


夏希:さあ!早く行こう!この向こうなんでしょ、海!


雄也:…なあ、なんで、海なんだ?


夏希:え?


雄也:最期の場所…どうして、海なんだ?


夏希:…私さ、テレビでしか、見たことないんだ、海…だから、最期に目に焼き付けておきたくて…あの飲み込まれそうなくらい…惹き込まれそうになるくらい…二度と戻って来れないくらい深くて…綺麗な海を


雄也:…夏希


夏希:さ、行こう!

(夏希、雄也の手を引いて)


雄也:…!……あ、ああ




雄也(M):グッと引かれた夏希の手が、少しだけ冷たくて、少しだけ、震えてるように感じた…




夏希:…っはあ…は………あ……


雄也:は、はぁ…夏希?なんで止まって……ぁ……


夏希:……綺麗…


雄也:…やっと、着いたな…


夏希:うん………綺麗だね、海…


雄也:……あぁ…




雄也(M):半分、夕焼け色に染まった空色の水を…登りきった坂の上から、ただ2人で眺めていた…その時間がまるで永遠のように感じて……俺は夏希の手を、強くぎゅっと握りしめた




夏希:雄也さん、このまま、近くに行ってみたい


雄也:え?でも、もう暗くなるぞ?


夏希:…いいじゃん…どうせもう、私たち…終わりなんだから


雄也:…っ…夏希…


夏希:行こう、雄也さん


雄也:っ…まって!

(グッと夏希の手を掴み引っ張り)


夏希:っ!?…雄也さん?


雄也:…待ってくれ、夏希


夏希:なんで止めるの?


雄也:……っ…


夏希:…なんで止めるの!?


雄也:…っ!…いや、だって…夜の海は危ないから…


夏希:は?危ない?何言ってるの、これから死ぬって言うのに……雄也さん、今更、怖気付いた?


雄也:…ち、ちが……


夏希:私はもう、終わる場所を見つけたの…最期の場所に着いたんだよ………さっき聞いたよね、雄也さんに…私と、死ぬ覚悟、あるんだよねって


雄也:…夏希


夏希:死ぬんだよ、雄也さん


雄也:……


夏希:行こう

(繋いだ手を強く引いて)


雄也:…っ……あぁ…




雄也(M):夏希に力強く手を引かれながら…自分の震える手を見つめて、言葉が出なくなった……怖くなったわけじゃない…そう自分に言い聞かせた…ただ、夏希の顔が…態度が…急に変わった事に…寒気を覚えた




(夜の浜辺にいる夏希)



夏希:……


雄也:…いつまでそんな暗いところにいるんだ


夏希:…見てたいの


雄也:……はぁ…(夏希の横に座り)


夏希:……ねぇ、雄也さん


雄也:ん?


夏希:…出会った時にさ、聞いてきたよね……なんで、お父さんを殺したのかって


雄也:…うん


夏希:……お父さん…お前なんか生まれてこなきゃ良かったって…


雄也:……は?


夏希:…お前みたいな、家族の恥さらしは…この家にはいらないって…いきなり私の事、階段からつき飛ばそうとして……酔っ払ってたのもあったのかもしれないけど…でも、限度ってあるよね…それで私…殺されるって、思って、怖くなって……お父さんと揉み合いになって…逆に階段から突き飛ばして…


雄也:……それは…正当防衛じゃないか…


夏希:…でも、殺意はあったの……ずっと、ずっと…殺してやりたいって思ってたから…この手で…


雄也:…お前はよく頑張ったよ…


夏希:……頑張るって、なんだろうね


雄也:…え


夏希:私ね…学校でも、家でも、ずっと孤独だったんだ……雄也さんも知ってるでしょ?……お父さんが、交通事故を起こした事……それから私、友達からも、「人殺しの娘」ってずっと言われ続けて…お父さんも、お母さんも、それでいつも喧嘩して、家族はバラバラ……お父さんはずっと家でお酒飲んでるし…お母さんは、夜になれば不倫相手に会いに行って……私はずっと、独りだった


雄也:…夏希


夏希:……私も、また昔みたいに戻りたかった……学校でも、家でも…みんなみんな、笑顔で…笑って居られる場所を取り戻したかった………でも、いくら頑張っても頑張っても…ほつれた糸は元に戻らなかった………ねぇ、雄也さん…頑張るってなんなのかな…


雄也:……


夏希:…お父さんのせいで……雄也さんの家族も…もう戻ってこない…


雄也:…っ!?


夏希:ごめんね…本当にごめんね




雄也(M):いつの間に気づいていたのか…それとも、初めからわかっていたのだろうか…最後まで秘密にしておこう、そう思っていたことが知られていたことに…俺は戸惑いを隠せずにいた




夏希:…ねえ…私の事…殺したい?


雄也:……え?


夏希:だって…自分の家族を殺した男の…娘だよ?殺したいって思わないの?


雄也:…思うわけ、ない


夏希:なんで?


雄也:君は君で、お父さんはお父さんだからだよ……お父さんの罪なのに、それを君が償うのはおかしいだろ……お父さんの罪を、君が背負うのは…お父さんの罪で君が苦しむのは、間違ってる


夏希:…雄也、さん…


雄也:だから、夏希を恨むなんて絶対しないし、夏希を殺すなんて出来ない…初めに言ったろ?俺は、夏希のことを救いたいって


夏希:……そんなこと…初めていわれた…(泣)


雄也:…君は何も悪くない、悪くないんだ


夏希:…っ……(泣)


雄也:…夏希…まだ、死にたいって思う?


夏希:……わかんない……わかんないよ……(泣)


雄也:…そうか…


夏希:…………私…まだ…生きてても、いいのかな……


雄也:…!……当たり前だ、そんなの…いいに決まってるだろ……俺は君にまだ、生きていて欲しい…確かに生きていればこれから先、苦しい事も辛いこともあるかもしれない……それでも、命があるだけで…生きてるだけで偉いんだ……生きていいんだよ、夏希


夏希:……っ…(泣)


雄也:……考える時間は必要だよな…俺はちょっと散歩してくるから……その間にどうするか、自分で答えを出してな?

(立ち上がり)


夏希:……


雄也:夏希?


夏希:……わかった……もう少しだけ、考えさせて…




雄也(M):…夏希は、悲しい瞳で夜の海を見つめながら静かに言葉を口にした…今思えば、それが、いけなかったのかもしれない…彼女を1人にさせてしまったことを、俺は今でも後悔してる




夏希:……生きてて、いい…か……




(間)




雄也:ん…もうすぐ朝か……夏希、まだ帰ってこないな……どうしたんだ………行ってみるか




(朝日が昇る前の浜辺)




雄也:夏希ー!おーい!…どこいった?夏希ぃ!どこだ!?なつ……!?




雄也(M):その光景を見て、俺は一瞬、目を疑った…夏希はもう既に、体の半分まで、海に浸かっていたのだ




雄也:っ!?夏希ぃ!!なんで!?どうして!?


夏希:……雄也、さん


雄也:夏希、行くな!戻ってこい!!


夏希:……


雄也:っ……早く、こっちに来るんだ!!

(駆け寄ろうと海へ入る雄也)


夏希:…っ!来ないで!!

(ナイフを自分の首に突きつける)


雄也:…!?


夏希:…それ以上近づいたら、ナイフで首を切るから…それに…もう、決めたの……やっぱり、わたしは…ここで…死のうって


雄也:な…な、に言って…それに、そのナイフ…どこから持ってきた…?


夏希:初めから持ってたよ…雄也さんには内緒 にしてた…いざって時のために


雄也:っ…お願いだ、夏希……戻ってきてくれ、考え直してくれ!俺はお前に、死んで欲しくない、生きていて欲しいんだ!!


夏希:そんな勝手なエゴで私を縛りつけないでよ!!!


雄也:……っ…………夏希…


夏希:……大人って、みんなそう…子供の意見を、言葉を……最後まで聞こうとしないんだ…見たものしか信じない、聞いたものしか信じない…そのくせ、同情ばっかり上手くて……みんな…みんな……(←泣き始める)


雄也:俺は…ちがう……本気でお前を救いたい……一緒に、生きて欲しいんだよ


夏希:っ…


雄也:……好きだから


夏希:……え


雄也:お前の事が、好きだから…愛してるんだ…大事なんだ!だから…お願いだ……俺のためにも、戻ってきてくれ……自分のために、生きてくれ…


夏希:……っ…ずるいよ、それ……そんなこと、言われたら…


雄也:…夏希…さぁ…

(その場で手を伸ばして)


夏希:……

(雄也の手を取ろうと近づき伸ばすがやめて)


雄也:…?夏希?


夏希:…だめだよ…雄也さん…私…その手は取れない……だって、雄也さんの手は…まだ綺麗だ……(泣きながら)


雄也:な、つき…


夏希:私の手は…こんなにも、真っ赤に汚れてるのに…


雄也:何言ってるんだ!夏希は綺麗だよ!


夏希:……嬉しい…そう思ってくれるのが、雄也さんで…良かった…

(泣きながらナイフを首に突き立て)


雄也:夏希!?


夏希:雄也さんだけでいい…私の事、綺麗だって、人殺しじゃないって…そう思ってくれるのは…雄也さんだけ、真実を知ってくれてれば、私はそれでいい…


雄也:は、早まるな!夏希!


夏希:……死ぬのは、わたし1人でいい

(泣きながら微笑んで)


雄也:なつ…


夏希:さよなら、ありがとう、私の大好きな人





雄也(M):次の瞬間、夏希は自分の首を切った…赤い閃光が、首から迸った(ほとばしった)……まるで何かの映画のラストシーンを見ているようだった……俺は、夏希を止めることが出来なかった…動くことが出来なかった……ただ、力なくその場に座り込み……血を流しながら、朝日が昇る海に沈みゆく、彼女の姿を見つめることしか……出来なかった…




──それから、数年後(間)




雄也:……ふぅ、今日も暑いな…まるで、あの日みたいだ…



雄也(M):夏希がこの世から居なくなってから、3年ほどの月日が流れた…残暑が続く9月上旬…俺は毎年この月になると、夏希のことを思い出す…あの日拾った、雨で濡れた綺麗な毛並みの、金色の猫……笑ったり、怒ったり、すねたり、喜んだり、泣いたり…コロコロと変わるその顔が、とても愛おしくて……けど、もうどこを探したって…君の笑顔は見えない…君の姿は見つからない



夏希(M):雄也さん…ありがとう…さよなら…



雄也:…最期の夏の…愛の逃避行…か…はは……夏希、そっちでもちゃんと笑ってるか?…俺も早く、お前に会いたいよ…夏希…





※エピローグ・プロローグ※


雄也:…ああ、石塚刑事…お久しぶりです…あの時はありがとうございました……あれからもう3年も経ったんですね…ところで、知ってますか?最近噂になってる、未解決事件の犯人を探し出して殺してるって言う、殺人鬼…あれ、実は俺なんですよ…嘘じゃないです、証拠も、ここに……なぜ俺に話したか、ですか……そうですね……俺も、もう、疲れてしまったんですよ…だからあなたに、この役目をお願いしたくて…なぜ俺に?って……わかってるじゃないですか…俺達、「大事なものを失ったもの同士」だからです…分かりますよね?…人を殺しても、平気でのうのうと生きてるヤツらが蔓延ってる…そんなクソみたいな世界…俺達の手でリセットしましょう………それじゃあ、後は任せました…さよなら、石塚真琴刑事…



雄也(M):さあ、終わりの始まりだ




─終わり─