「江戸無血開城とぶれない男たち」山岡鉄舟③
山岡は、官軍(新政府軍)の大総督府の置かれている駿府へ向かう前に幕府の重職の者を何人か訪問して相談するが、大厄難に遭遇して狼狽しているだけで役に立たない。こう切り捨てている。
「愚物、以て語るに足らず」
赤坂氷川町に向かう。勝の屋敷である。面識はない。当時勝は、徹底抗戦を主張する主戦派の連中から命を狙われていたので、勝家の人々は不安がって取り次ごうとしない。山岡は厳しく要求。ようやく会うことができる。勝はその時の印象を日記にこう書いている。
「一見、その人となりに感ず」
しかし、山岡の人物を見極めようとする。山岡は、慶喜から命じられて、慶喜の恭順が誠心誠意のものであることを大総督府に伝えるために使者として向かうことを言うが、勝は信用しない様子で、煮え切らない態度をとる。
(山岡)「この危急の場にあたって、何を狐疑していなさる!」
(勝) 「貴殿、どんな具合にやりなさるつもりだ。官軍はもう六郷川の向うまで来ていると申しま
すぞ。どんな工夫をして、それをくぐりぬけて行きなさる?」
(山岡)「官軍は拙者を縛ろうとするか、斬ろうとするか、いずれかでござろう。拙者は両刀を渡し
て、縛ろうとするなら縛られましょう。斬ろうとするなら、趣意を一言総督宮へ言上させて
くれよ、その上なら、斬ろうと、どうしようと、まかせると申すつもりです。狂人出ないか
ぎり、是も非もなく、人を殺せる道理はありません。なんでもないことです。きっとやりと
げます」
(勝) 「先ほどから貴殿を信用いたさなんだのは、まことに申訳なく存ずる。実は前々からいろい
ろな人に、貴殿のことを、山岡という人物は乱暴不平の徒で、叛逆ばかり企てようとしてい
る男だと申されていましたのでね。大久保(一翁)すら、内々、拙者に、山岡には近づきな
さるな、あんたを殺しますぞ、と忠告したくらいですからね、ハハハハ。今となっては大笑
いです。今は心から信用します。ご決心をうけたまわって安心しました。貴殿はきっと仕遂
げなさるお人です。それでは頼みます。」
人間の至誠は人を動かせると信じる男たち。相手の中に至誠一貫を見出した時、身分も地位も過去のいきさつもすっ飛ばしてストレートにお互いに惚れ込む男たち。こんな男たちが日本の歴史を動かしてきたのだ。
(山岡鉄舟)
(「江戸城開城の帰途(勝海舟江戸開城図)」)