『棄てられし者の幻想庭園』第7章
シルバ 「プロジェクト『闇の業(ラビリンス)』……」
ギルド4階、シルバの私室兼執務室。
昼間の日当たりこそ良いものの、防犯上厚いカーテンがされていることに加えて近年稀なシリアス話題が始まったために、打ちっぱなしの室内と緊急会議の空気は全体的に薄暗かった。
シルバ 「またとんでもないのが出て来たねぇ……」
お気に入りの高級革貼りマスター椅子に背を預けながら、プリントアウトされた資料を苦々しく机に放り出す。
ソナタ 「感謝するが良いぞ?儂の驚異的な勘の良さと単独潜入スキルの高さにの。まーったく、儂の3日掛かりの華麗なミッションインポッシブルをダイジェストでいいからお届けしたかったわい」
他人の侵入を防ぐようにドアへ寄り掛かりドヤ顔で腕を組んで語るソナタの目には、若干の隈が出来ていた。
ハヤト 「身内の恥を晒させるか。いや、身から出た錆ではあるが……」
眉間に最大限の皺を寄せ、執務机に腰掛ける某大臣。取っている格好はソナタと似ているがこちらの纏う重々しい空気はそれの比ではない。 と言うのも、
ミコト 「いくらハヤト様管理の機関と言えど、ギルドの仕組みを知らなければ研究データの謎の消失に慌てるのは当然でしょう。失態としては下の下ですからね」
シルバの横で同じく資料に目を通していたミコトの言うように、自分の管轄である組織の不正が自分の直属の部下により暴かれてしまったのである。しかもチート能力者相手とは言え、そこそこ自信のある警備体制を敷いていた施設のセキュリティを突破しての事であるため、特殊技巧防衛大臣のハヤトとしては体裁としても正義より嘆息の感情の方が遥かに勝っていた。
だが、実の所それに関しては大した問題では(あるけどそうでも)無く。
ミコト 「しかもそれが、父親から大量殺人の遺伝子を引き継いだ人間のものともなれば、内々に処理したくもなります。ある意味、所員には同情を禁じ得ませんね」
ソナタが直感と気分に従って潜入した、内閣特殊技巧防衛大臣直轄国立犯罪行動心理学研究所。そこでは数日前から、ある人間に関する国家機密レベルの研究データが忽然と消失すると言う一大事に混沌を極めていた。
世界でも一部の人間にしか理解出来ないその原因は、対象が人知を超えた現象によってこの世界から切り離されたため。即ち、ギルドに加わった事。
ソナタ 「となると、娘を色々な意味で案じて探し回った挙句精神疲労でぶっ倒れたあの母親は、意図せずファインプレーじゃったのー」
研究所はかつてないその失態を(責任の所在も充分な言い分も不明なせいで)隠蔽していたが、その研究の協力者の存在がその発覚の一端となった。
研究名は、「プロジェクト『闇の業』」。国内に限らず全世界において希少かつ凶悪な遺伝子を対象とした犯罪心理研究。その詳細は、
ハヤト 「『闇の業』、時限式の殺戮衝動遺伝子か……」
ミコト 「その特性が、希少保存の本能と星の因果律による自殺の拒絶」
科学では未だ解析不明の、その『現象』とも言うべき仕組みを解析する事。
だった。
シルバ 「そしてそこに、あらゆる外傷を防ぐスキル『精霊の盾』のコンビ……」
ソナタ 「……ほんにあの娘、ハデスやプルートの加護を一身に浴びとるようじゃの」
それすら解明される前に凶改悪されてしまった、その世界滅亡の可能性を秘める事態への対処へと今やその研究は知らず内容の変更を余儀無くされていた。その事こそがハヤトを初め、この場にいる全員に不可視の重圧を課している要因である。
「プロジェクト『闇の業』」。その検体名は、×× ×××。
現在は便宜上、アカネと称する19歳の少女だった。
アカネ 「18年前。当時20歳だった私の父親は、お母さんと私を初め、50人近くの人間を殺害・重傷を負わせる事件を起こしました」
ギルド3階、アカネの自室。
ベッドに俯いて座るアカネを囲んで、フタバ、メグミ、シグレ、コヨミの4人が同じ資料を片手にアカネの解説を受けていた。
アカネ 「父親は、アパートの室内で私達をナイフで切りつけた後、付近の住民を通り魔的に次々と殺傷して行ったと。その様子は、薬物中毒かつ血の快楽を覚えた獣のようだった、らしいです……」
シグレ 「成程、ねぇ……」
一つの記憶の背景が判明し、シグレは眉を顰めて納得する。ままある事だったが、その手や胸に身に覚えの無い感触が沸き上がっているような気がした。
アカネ 「私は2歳で、事件のショックか当時の記憶は無く、父親がいた事すら忘れていました。思い出したのはつい先日……、偶然お母さんが隠していた資料と事件に使われたナイフを見た時。思い出したというよりは知ったと言うべきですね。そこには父親が現在収容されている研究施設と、
その内容のやり取りが載っていたんです」
そう重々しく俯いて語るアカネにはこれまでの平凡じみた少女の空気は毛程も無く、完全な悲劇のヒロインめいた様相を醸し出していた。たった3日間で、人はここまで変わるものなのだろうか。
無論、何も無ければそんな事にはならないのではあるが。
フタバ 「自分が大量無差別殺人事件の犯人の娘で、更に母親が自分の監視と観察を条件に報酬を受け取り『闇の業』とやらの研究に協力していた。と……」
メグミ 「13日の生まれが原因の1つとなる複数の特定遺伝子と限定的な血液型の塩基配列を条件とし、20歳を機に発症するこの細胞異常現象を『闇の業』と名付ける~」
聞きも聞かれもしなかったため、ひた隠しになっていたアカネの背景。ありがちなようで、その詳細は全く新しく前例が無い。
そしてそれは、そんなねじ曲がり過ぎた世界とは無縁に生きて来た少女が抱えるには、重いなんて物では無く。
シグレ 「そりゃそんな事実見せられたら、資料をズタズタにした挙句家を飛び出し彷徨った末に自殺したくもなるな」
コヨミ 「アカネちゃん……、辛かったね」
ギルドに保護された日。泣き顔を塗り潰す程の雨に濡れたこの少女は、こんな風に思わず抱き締めてしまわざるを得ない程に儚い存在だったに違いない。きっと何も言わずともここのマスターはそれを見抜いて保護したのだろう。たぶん。
隣に座るコヨミにまた優しく抱きしめられ、しかし今度は自身を蔑んだ笑みを浮かべてしまいながらアカネはその腕にそっと手を添えた。
アカネ 「……お母さんは、私に平凡だけど不自由無い生活をさせてくれていました。でもどことなく態度に壁があって、あまり仲が良いとは言えなかったです。思えばそれも、私の正確なデータを取るための振る舞いだったんですね」
ハヤト 「アカネの記録は消えたが、父親に関しては幼少からそれなりに素行も悪く、発症後は即座に殺人衝動に駆られたそうだ。『闇の業』は大昔の猟奇殺人者も持っていたとかいう仮説もあるようだが、検体が少なすぎて何とも言えんらしい」
大臣命令で即座に研究所から徴収した資料に記載されている研究データ。そこには不自然に抜け落ちている検体名の他に数名、世界の凶悪犯罪者の名前も載っていた。分析出来るだけの個人データと類推論文と共に。
ソナタ 「じゃが少なくとも所員の証言からも、アカネは父親から受け継いだ『闇の業』の所持者とほぼ断定されておった。なればこその関係者の慌てっぷりという訳じゃ」
『覚醒』による個人情報の抹消はデジタルデータに関しては一瞬かつ全てに及ぶ。しかし人体に保存されたデータ関してはラグが存在し、所謂物忘れの数倍~数百倍の速度で徐々に塗り潰されて行く。だが縁や関わりの深い者程そのラグは緩やかになり完全に抹消されるまでは数ヶ月以上要する事もあるため、まだアカネに関してはその存在や資料の記憶を保持している者は多かったのだ(しかし名前等の個人を特定する要素に関しては抹消される段階が早いため、本名を記憶している者はほぼ皆無だった)。
そしてアカネとは違い、その父親個人の研究データに関しては資料にも残されていた。人相、風体、都所有の離島研究所で収監中である事、更には20年に及ぶ臨床実験の過程まで。
当然そこには『闇の業』への対応策も記載されている事が期待されていた。
ミコト 「ギルドに加わり、失踪に気付いたのが、発症のリミット1週間前の6月6日。そして今日が12日。研究所からしたら洒落になりませんね」
ハヤト 「更に洒落にならんのは、現状『闇の業』は物理的に拘束する以外根本的な対処法が存在せず、スキルも弾く『精霊の盾』との相性はこちらからしたら最悪という事だ」
アカネ自身から聴取した生年月日は、今から20年前の6月13日。アカネは今この時間からおよそ16時間後に20歳の誕生日を迎えることになる。それは即ち研究通りであるならば、アカネが『闇の業』を発症するまで残り16時間。
更にはこの「プロジェクト『闇の業』」が始まって以来数十年、確立された対策は「拘束」。つまるところ被害者を出さない場所に対象を隔離するというもので、『闇の業』そのものをどうにかする方法の解明というものは全く進んでいなかった。
そしてそこにあらゆる外的要因を否定する『精霊の盾』というスキルが上乗せされ、その唯一策さえも無効化されてしまっている状況。しかもその状況にしてしまったのは他でもない自分達という言い訳の利かないマッチポンプ。
シルバ 「んー、困っちゃったねぇ」
呑気そうに椅子の背にもたれて背伸びをするシルバに、
ハヤト 「本当にそう思ってんなら責任持ってどうにかしてみせろっ!あの少女を、人類史上最悪最後の快楽殺人者として世に放つ訳にはいかない」
ハヤトは表の世界からの対象法を可能な限り探すため、扉を塞ぐ魔女をむんずとどかして出て行った。最後に一言だけ「頼むぞ……」と言い残して。
シルバ 「ああ、そうだな……」
人類全てが対象となる殺戮衝動を持った、人類社会から外れた世界所縁の絶対的な護りの力を持つ少女。
世界を変える、救おうとする事を目的としたギルドにとって、この史上最凶の理不尽を消し去る事は最早避けられないオペレーションであった。
フタバ 「けどアカネ、喜んで良い事がお前にはまだ一つ残ってるぞ」
アカネ 「……何ですか」
事情をおおよそ聞き終えて、それでもそう言うギルドの立場が理解出来なくてアカネは微かにふてくされと苛立ちをミックスした聞き方をしてしまう。
そんなアカネに返って来た解はとてもシンプルで、それでいて情の込もったものだった。
メグミ 「お母さん、探してくれてました~」
アカネ 「……あ」
その事実は、抱える事情が何であれ素直に嬉しく思えてしまった。
コヨミ 「記録が消えても記憶が消えるわけじゃない。理由はどうあれ、いなくなった娘を心配して探し回るのは母親としては当然だよね」
シグレ 「うわ言でもお前に謝っていた。少なくとも、お前は愛されていた筈だ」
アカネ 「……本当に、そうなんでしょうか」
母親のその行動原理が、ただの愛情だけでは決してない事はアカネも知っている。悪気があった訳ではない、どうしようもなかったのかもしれない、それでも結果としては20年近くもの間騙されていた事にはなる。その事が、アカネの母親に対する愛情の信用を欠く要因になっていた。
だが、ふとアカネを正面から覗き上げたメグミの何気無い一言が、これ以上無くその迷いを揺さぶった。
メグミ 「アカネちゃんは、これからだよ~。やっとお母さんときちんと話せるね~」
本当にあどけなく、もしかしたらアカネよりも無邪気な微笑みから出たそれには、目の前で対峙するからこそ感じられる深く、それでいて見事にしまい込まれた寂しさが乗せられていたのだ。
アカネちゃん「は」、これから。
自分達には、もう選ぶことが許されない道なんだよね、と。
そうやって、手を伸ばして確かめる事が出来るという幸福を持っている事に気付かされて、アカネの心の傾きは緩やかになりつつあった。
勿論、諸手を挙げて信用出来る程では無いのだけれど。
フタバ 「俺達はもう元の家族の繋がりとか世間に未練は無いけどさ。繋いでおける手は、繋いでおいた方が良いぞ」
アカネ 「……、はい」
突き放している訳では決してない、ある意味一人の大人として扱ってくれている事が分かるフタバの対応は思えばアカネにとってはそれなりに新鮮で。でもひっそり気遣ってくれているのも嬉しくて照れくさくて。少しだけ胸の内が火照るような……
フタバ 「……まあ、俺達を選ぶってんならそれはそれで歓迎だけどさ?」
三人 「じ~~~~~~~~~~~~~~~~~っ」
フタバ 「なっ、んだよっ」
三人 「べっつにぃ~?」
フタバ 「おいぃ!」
何かあっちが照れ始めたのを周りにからかわれているのを見たら、その辺みんな消えちゃったけど。えー、うーん、何だったんだっけ?
コヨミ 「でも、そうだね。ギルドの皆は仲間の為なら万難を排して協力する。アカネちゃんが私達と家族になるなら、どんな手を使ってでもアカネちゃんを助けるよ」
シルバ 「うむ、その通―りっ!」
コヨミのおかげでしれっとこの会話が締まりそうな空気になると、部屋の外から勝手に流れを引き継いでこの男が入って来た。
アカネ 「マスターさん……」
ミコトとソナタを引き連れて、シルバはいつものように飄々と軽やかに舞いながら部屋の中央でアカネと向かい合う。
シルバ 「初めにキミがここに来た時の話を覚えているかい?ここは、願いを叶える場所だ。そもそもキミは今私の所有物なのだからね、余計な心配はせずとも良いのだよ!」
ミコト 「ありましたねそんな話も」
正直、言わなきゃ誰か覚えていたかどうか怪しい。
ソナタ 「何じゃその淫靡な展開は、儂も混ぜぬか!」
コヨミ 「私は既に混ざってますよ~?」
メグミ 「じゃあ私もむぎゅ~」
アカネ 「うをぉぅ……」
そう広くも無いベッドで密集する三人。別にこれなら淫靡でも何でもないよね、うん。お花畑かも知れないけど、百合的な。
やがてソナタも突撃して賑やかにおしくらまんじゅうの様相を呈して来ると、不意にメグミが跳ねてシュタッと立ち上がった。
メグミ 「マスター!あの儀式、やってもいい~?」
シルバ 「ん?おお、そうだなぁ。やっとけやっとけ」
アカネ 「儀式?」
メグミ 「はーい。じゃ~アカネちゃん、こっちこっち~」
ほんのり埋まっていたアカネを引っ張り出すと、メグミは部屋の中心へとそのアカネを座らせた。そのアカネをメグミと、何か察知したらしいフタバが来て手を繋いで包み込む。
メグミ 「それじゃあ、なったらいいなっていう光景を強く思い浮かべてね~」
フタバ 「邪念厳禁な。くれぐれも死にたいとか思うなよ」
アカネ 「はっ、はい」
言われるままに、アカネは大人しく思う。
アカネ (なったらいいな、か……)
賑やかで、和やかで、でも毎日がドタバタで時に心の重くなるような出来事にも襲われて。マスターはおちゃらけで、ミコトさんはそれを嗜めてクールでカッコよくて、イノリさんは可愛い上にノリも良くて。シグレさんはカッコイイお兄ちゃんみたいで、コヨミさんはあったかくて優しいお姉さん。フタバさんはどこか巻き込まれ体質みたいな感じがして、それをソナタさんやメグミちゃんがワイワイいじったりしていて。
そんなメンバーと仲良くギルドの新人として、それこそ家族のような関係で過ごす日々。
が、自分の本当に願っている事で良いのだろうか……。
アカネ (本当の、私の……)
思案に耽るアカネを、メグミの小さな合図で淡い光が包み始めた。そして包む二人による祝詞が紡がれ出す。
二人 「恒星よ、虚数の彼方に揺蕩う煌めきを、腕を巡る灯を標にて導け。『希えばこそ(ライズトゥフォーチュン)』!」
スキルの発動と共にアカネの足元から虹色の光が部屋中にブワッと湧き上がり、そしてふわりと空気に溶けて行った。
予想外の二次元的な現象に目を奪われ呆けてしまったアカネに当の二人が、
フタバ 「俺ら二人の協力技、願いを手繰り寄せるスキル『希えばこそ』。これで問題解決の確率は跳ね上がる」
メグミ 「スキルは人の幸せのために使うものなのですよ~。アカネちゃんにフォルトゥナの加護あれ、なのです~」
本当の所、『希えばこそ』とは限り無い0を1にするというスキルである。ほんの少しにすらならない粉塵の欠片程の希望をどうにかして得ようとするために死力を尽くさなければならなくなる、絶望の果てに使う願いのスキル。
だが、そんな事わざわざ言う訳もないのであって。
アカネ 「……ありがとうございますっ」
気休めであろうと何だろうと、こうしてアカネに笑顔を戻す事こそが今は必要な事だとメグミも思っていた。それこそが、本当に希望を手繰り寄せる事になるのだからと。フタバもそれを理解しているからこそのあの説明で。
運の女神フォルトゥナの加護があるのかどうかは分からないけれども、少なくともさっきまでの息苦しさはここからすっかり消え失せてしまってくれていた。
シルバ 「さーて、画的に物足りない合体技も終わったところで」
三人 「雰囲気台無し!」
窓枠に腰掛けて見守っていたシルバへ三人がツッコむと、シルバは呑気収めと言った風にシニカルな笑みを一つ挟んでからその表情をギルドの長としての物へと変えた。
シルバ 「アカネちゃん。ギルドは基本、生きる意思のある者に手を差し伸べ受け入れる。例えどのような過去を持とうとも、記録を消し去り新たな一人の人として。だが、元の世界で生きようともここでの出来事は無かった事にはならない。どちらを選んでもキミにとっては新たなスタートになるけれど、その選択には私達は手を貸さないよ」
そう言ってシルバは、ジャケットの胸ポケットからスッとある物をアカネに差し出した。
アカネ 「っ……!」
シルバ 「精々今日一日部屋に籠って、人間でいるかどうか悩み給え」
黒い鞘に納められ、丁寧に磨かれた銀刃の短剣。それは、一度はアカネがギルドに来た日にシルバに拾われたが内密に戻され、今一度スキルの力で回収されていたもの。
そしてかつて、アカネの父親の『闇の業』による暴走の際に、数多の命を喰らったもの。
それが再び、『闇の業』保有者であるその娘の手へと戻されようとしている。
アカネ 「……分かりました」
差し出された短剣を、アカネはゆっくりと手に取る。お互いに起こり得る災厄の可能性を明確に把握しながらも、それでも。
しかしまあ、これだけまともな事をこの男から言われたのは果たしていつのタイミング以来だっただろうか。アカネとしてはこの3日間悩み過ぎて、記憶の時系列が混線してしまっていた。点としては明確なのだが。
シルバ 「うむ。じゃあお前ら、ナイツオブラウンドの時間だ。ほら行った行った」
パンパンと手を叩いて全員の退室を煽りつつ、自分も早々に出て行く。メンバーのボヤキも含め、ここに何の余韻も残さないように。
そうして、あれだけごちゃごちゃしていた五畳半程度の部屋は本当にきれいさっぱり静まり返って。廊下の先から薄っすら聞こえてくる誰かさんらの騒ぎ声に少しだけ笑みを溢しつつも、アカネは自分の手に舞い戻った狂気を握り、その刃を僅かに抜く。
アカネ 「記録は消えても、記憶は消えない……か」
そう呟いている自分の顔が刃の僅かな厚みに歪んで映り、嗤っているように見えた。
ギルド事務所地下。円卓の間。
大会議室でもあるここでほぼ全員着席し円卓を囲んだ状態、ナイツオブラウンドが小一時間続き、最後に玉座に座る銀髪がドッカと偉そうに円卓へ足を乗せた。
シルバ 「さて、概要は今話した通りである。異論のある者はいるか?」
そんな態度なのにそれを咎める者もこの場にいなければ、異論を唱える者もいなかった。しかしやや苦々しい顔をしている者も中にはいたが。
シルバ 「イノリ、オラクルの手筈は?」
先程唯一あの場にいなかったメイドが、主人と同じ円卓に座して自信満々に腕を組む。
イノリ 「この私に不可能はありません!……早くて3日ってところですか」
が、すぐにしおらしく現実へ。この場において、現実を虚飾する者は誰一人としていてはならないのである。
シルバ 「ま、それは念のためだからな。ソナタ、お前には『オペレーション・ゴッドオンリーノウズ』を命ずる。いざという時の奥の手だ、頼むぞ」
現在唯一この場で着席していなかった魔女が、やっぱり扉に背を預けて怪しげな笑みで腕を組む。
ソナタ 「やれやれ、しょうがないのぅ。ならば皆の命、この儂が背負うとするか」
決して大げさではないその物言いに突っ込む人間は、やはりこの場にはいないのである。
シルバ 「決行は本日2350。それまでは各自、エンドレス・コードに励め。ミコト、一応残高の確認と確保を頼む」
ミコト 「ええ。もう誰一人、私の前で死なせはしません」
秘書の役割としてシルバの斜め後ろに立って控えていたミコトも、普通に考えたら直結しない事柄にまこと真剣な表情で答える。その決意もある意味不吉の表れであって、全員の苦笑いが止まらないが。
しかしそれらの全てを吹き飛ばす勢いでシルバは激しく立ち上がり、マスターとして一人一人に目線を配り全員に檄を飛ばす。
シルバ 「よし。ではこれより、『Ω級オペレーション・ラビリンス』を開始する。命令は一つ、あの子の運命を終わらせるな!」
全員 「了解!!」
攻略すべき対象の名を冠した、S級を超えるオペレーションの開始に全員が同意すると共に会議は終了となって、各々が各々のやり方でその時を迎えるために円卓の間を出て行く。世界の命運を握るかもしれないオペレーションに挑むとは言いながらも、メンバーで緊張の果てに表情が強張っているような者はいなかった。それは彼らにとってこのオペレーションが、ただ家族を救うための戦いであるという認識でいられる事が大きかったのだろうとシルバは皆を見送りながら思った。
とは言え、そんな彼らに課された試練は、果てし無く高い。
シルバ 「さあ、今夜は嵐になりそうだ……」
その果てし無く高い試練をわざわざ選び取った張本人は、誰もいなくなった部屋の玉座で一人天を仰ぎ、そんな事を呟いてみるのだった。