【本郷②】駒込總禅寺町
2018.03.15 09:04
町名:駒込總禅寺町
読み方:こまごめそうぜんじちょう Komagome-Sōzenjichō
区分:町丁
起立:明治維新後か
廃止:1871(明治4)年
冠称:「駒込」
後身:駒込千駄木町
現町名:文京区千駄木一丁目
概要:『角川日本地名大辞典』では、「駒込総禅寺門前」として紹介されている。『角川~』は例外を除いて門前町には「町」が付けられていないが、文京区の資料には「町」が付いている。この企画では『角川~』に倣い、「町」の付かないものは掲載省略と決めているが、1つでも多く紹介したいため、区の資料等で「町」が付くものが発見された場合は紹介することにしている。明治維新を迎え、もとから町屋だったところに吸収されてしまう前に、一瞬でも「〇〇寺町」や「〇〇町」を名乗ったことがあったのかどうかは一切不明。他、駒込専念寺町(駒込専念町)等も同様。
以下、『角川日本地名大辞典』を参考に記述する。
駒込総禅寺門前は、江戸期~1871(明治4)年の町名。総禅寺は「松龍山」と号し、曹洞宗浅草法福寺の末寺。1683(天和3)年、火災に遭い、湯島から駒込村のうちに移転。その後、町屋が許され、1745(延享2)年に町奉行支配となる(備考)。化政期(1804~1830年)の家数14軒(町方書上)。当寺の門は「駒込の赤門」と称されていた。
慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1871(明治4)年、駒込千駄木町に編入となり消滅。現行の千駄木一丁目のうち。
撮影場所:駒込總禅寺町
撮影地:文京区千駄木一丁目19番(民家)