ワインの香りを化合物から整理する① ~メトキシアルキルピラジン類、ロタンドン~
ワインは多種多様なブドウ品種から造られるため、非常に多くの香りが存在します。人間の感性による情緒的な表現から、カルフォルニア大学デイビス校で開発されたアロマホイールなどに代表される標準的な評価用語まで使用される言葉には限りがありません。
今回はワインの香りを発する原因としてわかっている化合物について整理していきます。独立行政法人酒類総合研究所の後藤奈美先生のにおい・かおり環境学会誌の総説論文や関連書籍(「ワインの新しい科学」、「においと味わいの不思議」など)を参考にしています。
ブドウからワインに表現される香りはブドウそのものの香りと、ブドウに含まれる前駆体から生じる香り、醸造・保存に由来する香りに整理できます。ブドウそのものの香りはそのブドウを用いてワインを造れば必ず発せられますが、前駆体から生じる香りは何らかの化学反応によってその前駆物質を遊離させる必要があります。これは酵母の種類や醸造過程によって生成量が異なるため、同じ品種を用いても香りの強弱が異なることが考えられます。
ではまずブドウそのものの香りを紹介します。
・ピーマンの香り:カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、ソーヴィニヨン・ブランに特徴的に感じられることが多い香りとして、ピーマン香のような緑の野菜を思わせる香り、ゴボウのような土臭さを思わせる香りがあります。これはメトキシアルキルピラジン類(2-メトキシ-3-イソブチルピラジン:MIBPなど)が原因で、実際にこの化合物はピーマンやキュウリにも存在します。多すぎると未熟香と見なされますが、最近では爽やかさやスパイシーさを演出する心地よい香りとして捉えるようになりました。メトキシアルキルピラジン類がどこに含まれているかカベルネ・ソーヴィニヨンを例に考えてみると、果梗(ブドウの房の軸の部分)に53%存在しており、残りは果実に存在しますが、果実に存在するうちの70%は果皮の内側、30%は種子に存在します。果皮の内側のメトキシアルキルピラジン類は成熟と共に減少しますので、収穫後にこの香りをどこまでワインに残すかは、除梗の有無、醸し期間の長さに応じて変化すると考えることができます。
・コショウの香り:2008年にオーストラリアの研究チームがシラーのコショウの香りの成分が(-)-ロタンドン(Rotundone)であることを発見しました。ロタンドンはリナロールなどが属するモノテルペン系に分類でき、分子量の大きい化合物です。この物質は実際に胡椒、オレガノ、タイムなどのスパイス類にも多く含有されていることがわかっています。また、ブドウにおいてはシラーだけでなく、イタリアのスキオペッティーノ、ヴェスポリーナ、オーストリアのグリューナー・フェルトリーナーにも多く含まれていることが確認されています。ロタンドンの閾値は低く、メトキシアルキルピラジン類と同様に微量でも感じ取れることがわかっていますが、個人差が大きく、約20%の人は閾値の250倍の濃度のロタンドンでも感じなかったという報告もあります。
次回はフォクシーフレーバーを紹介します。
(参考)ロタンドンの化学式と化学構造式。