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ミルノ純 official website

ミルノ純である理由

2018.03.18 11:40

年度末。

ゆっくりのような、バタバタのような。

幸運なことも、理不尽なことも、

いろいろやってくる。

そう、この季節みたいな、揺らぐ感じ。


音楽のほうのmiruアカウントですが、

@mirusynesthesia

3月31日をもちまして閉鎖させていただきます。


miruとしての活動に一度区切りをつけようと。


(あ、まだ歌はラストライブをやろうと思ってるので大丈夫ですよ、イベントもやるので大丈夫ですよ、大阪のイベントもやりたいですし!)


この3年ほど、私はなんなんだろう、という自問自答を繰り返してきました。


結局は「ミルノ純」であると確信することがありました。

もちろん結婚したので、本名は現在瞰野ではないのですが(笑)


私はこの名前にこだわりを持っています。

こだわりというより、誇りなのかなぁ……

たぶんそれは、先祖から伝わる瞰野(ミルノ)という名前の由来を聞いたからだと思います。


瞰野の意味は「野原を見下ろす」という意味です。

お坊さんから「鳥の様な目線で物事を見なさい」と付けられたそうです。視野を広く、ということです。

私はそのような生き方をしていこうと、

漠然と思っていました。

結婚するまでは、瞰野を継ぐ気満々でした(笑)

(弟がいるのでその辺は大丈夫です)


まぁ、瞰野なんて普通読めないし、

漢字の変換も大変なので、カタカナ表記のミルノさんなのですが(笑)


私の母方のひいひいばあちゃんは、

それはそれは芝居好きな人だったのだそう。

その日の食べ物に困っても、芝居を観ていたのだそう。


父方の家系は芸事が達者な人たちばかりでした。

叔母はバスガイドやウグイス嬢などをやっていたりしていました。

なので、私が結局声の仕事についたのは、そういう血の流れみたいなものもあるかもしれません。


でも、なれるんだったら、

やっぱり臨床検査技師になりたかったけど(笑)


今までで、3回ほど本気でこの仕事をやめようとしたことがあります。


1回目は、大人の事情というもので理不尽な仕打ちを受けたとき、上司からの「好きじゃねーなら、今すぐやめろ」で、苦しいけど続けることにした。そしたらやめられない仕事が入ってきた。


2回目は、心が壊れて身体が動かなくなったとき、

「声優じゃなくても、一緒にいますから」の旦那さんの言葉でもうちょっと頑張ろうと。そしたらまた仕事が入ってきた。


3回目は、オカンが亡くなったとき。

オカンは芝居をしている私を褒めてくれた。

オカンを喜ばせたくて続けていた部分が大きかった。


オカンがいなくなって誰を幸せにしたら良いのだろうとわからなくなって彷徨った。事務所にも「廃業しようか悩んでます」とも言った。

でも、ある時、この仕事が人を幸せにするとわかったとき、「私は人を幸せにしたいので、続けられる限りやります!」と宣言できました。


まあ、やめたくなったらいつでもやめられるしね!


そしてそれは歌も同じで。

「ミルノ純」で歌いたい、と思うようになりました。

もしかしたら名前なんてただの肩書きなのかもしれません。

たかが芸名なのかもしれません。


それでも私は、この名前にこだわりがあります。

miruとして歌った私を否定するわけではないですが、「純」とついたこの名前で表現をしたいと素直に思うようになりました。


考えすぎなのかもしれません。

でも、それが私の現在の正直な気持ちです。


そして今の私は、先祖が遺してくれたギフトなのだと思います。


万人かどうかはさておき、

私は人を幸せにすると肚くくった。

そうやって生きていこうと思います。


今後はミルノ純のアカウントでライブ情報含めご案内させていただきます。

引き続きミルノ純アカウント@mirumirumirunoへのフォロー、応援のほどよろしくおねがいします。


休日の料理


と、いっても作っているのは、

マルタイの棒ラーメン(笑)


結局は、いつもと変わらぬ私なのです。