月光花
著:結城隆臣
刀剣乱舞の二次創作。神喰竜也の物語。
流血・暴力的表現や刀さに、BL表現が含まれます。
※刀剣乱舞の世界観の自己解釈と、マイ設定があります。
※史実に忠実ではありません。
※いろいろ都合よく解釈しています。ご注意ください。
「あっ、ぐっ……。くっ……!」
とある月夜、時刻は深夜二時を回ろうとしていた頃だ。
竜也はバタフライナイフを片手に本丸の裏にある林の中へ来ていた。
苦しそうな面持ちでグサグサと倒木へ傷を付けている。
今夜は珍しく殺戮衝動が酷く表れており、トラブルを起こす前に本丸から出てきたのである。
込み上げてくる衝迫が竜也を煽り、胸が焼るように苦しい。
「がぁっ……はぁ、はぁ……くっ」
歯を食いしばり、耐える。
ここまで激しく強く出てくる事などここ数年なかった筈なのに。
衝動を起こさないよう、なるべく血の匂いを避けて過ごしてた竜也だったが、不幸にも戦場から帰還したばかりの刀剣男士達と門前で鉢合わせてしまった。
彼らは出撃先で強敵に出会い、何とか勝利を得たもののそれぞれ中~重度の怪我を負い、それぞれ血で赤く染まっていた。
咽返るような血の匂い、死線を潜り抜けた後の高ぶった気配に竜也はごくりと喉を鳴らした後、背中を這い上がるように駆け抜けていく衝撃にぐっと耐えた。
労いの言葉をかけ、手入れ部屋へ行くよう指示を出して、何とか自室に戻り堪えてはいたのだが、とうとう我慢できなくなり、ナイフを握って今ここにいるのである。
幸い、近侍の岩融は強敵と相対した隊にいたため手入れ部屋におり、副近侍の三日月宗近はよくわからないが所用だと言って本丸を留守にしていた。
何かトラブルが起きない限り誰も竜也の部屋にはだいたい来ないため、翌朝までに自室へ戻れば問題はない。
落ち着くまで竜也は林の中にいることにした。
いっそ右耳のカフスを外して暴れてしまおうかとも思ったが、封印を施した三日月宗近にカフスを外した瞬間にそれがバレてしまう。
「くっそう……力を、封じられるの……なら、これも、抑えつけろよ……三日月……」
胸を押さえながら、倒木を支えに地べたへ寝転がる。
見上げれば空には輝く月が美しい弧を描いて林の中へその光を落としていた。
「俺を呼んだか、主」
ふいに目の前が陰った。
青い衣がなびき、月明かりを背負って美しく見える。
「……みか、づき?」
端整な顔で優しげに微笑みこちらを見下ろしながら、延ばされた手を竜也は掴んだ。
腕を引っ張られて体を起こす。
「……何故、ここに……」
「右耳のそれでな、わかるのだ」
三日月宗近がゆっくりと距離を取り、腰にさした刀に触れる。
「そんなに顔を歪ませて、さぞ苦しかろうな。今楽にしてやろう」
薄い唇が弓なりに上がり、ふっと笑うと同時にこちらに刃を向けた。
磨き上げられた刀身に月光が反射し光る。
「さて、死合おうか、主よ」
カッと目を見開き飛び上がるように立った竜也を見て、三日月宗近はどうしたものかと内心思った。
啖呵を切ったはいいが、ここは林の中、太刀であるこの身では不利である。
ひとまず小柄を抜いて竜也のバタフライナイフを受け流しながら林を出る事にした。
辛そうにしているところは何度か目撃したことはあったが、ここまで竜也が激しく苦しんでいるところを見るのは三日月宗近も初めてだった。
少々心配な気もするが、そんなもので治るわけではない。
誘うように林を抜け、開けた場所に出る。
三日月宗近は太刀を構えると、上段から右に振り下ろした。
竜也がそれを避ける。
当然だな、と三日月宗近は思った。
そのままトツトツトツと刀を振り、竜也を間合いに入れないようにする。
死合おうとは口では言ったものの本当に主を倒してしまっては元も子もない。
なのに、過去に数回、竜也とは手合わせをしたことがある間柄。
お互いにわずかながらも手の内を知っている中で、本気で向かってくる相手に手加減しなければならないのはなかなかに難しかった。
……いつもの様に気絶させればよいか。
三日月宗近は刀身を逆刃に持ち変えて、そのまま竜也の肩めがけて峰打ちしようとした。
が、そこには竜也の姿がない。
はっとして向きを変える。
ビュッと音がして三日月宗近の右袖がはらりと落ちた。
これはこれは……。
三日月宗近は刀を構え直すと一息吸い込んだ。
……久しぶりに本気を出そうか。
ダッと竜也に接近するように駆け出す。そして、下段から斜め上に振り上げた。
ナイフと刀が触れ合うたびに火花が散る。
月の光に照らされて、二人の業物が怪しく輝いた。
それはまるで一瞬一瞬に咲く花のように美しく煌いては消えていく。
美しい……。
そう三日月宗近が思った時、目の前に赤い花びらが舞った。
続いて右腕に痛みが走る。
飛び跳ねるように退いて、三日月宗近は右腕を見た。
ぽたぽたと血が流れている。そこそこの深さで切られたようだ。
「はっはっはっは……いや、笑っている場合ではないか」
止血のために布を巻く余裕など竜也は与えてはくれない。
何回かナイフを躱し、距離を取って素早く傷口を抑える。
竜也の方を見ると、バタフライナイフに付いた血をうっとりと眺めていた。
指で掬って口に含むと人の声とは思えぬ叫びを放つ。
そして、そのままこちらに視線を向けると一気に駆け寄ってきた。
「やれやれ、そう積極的に来られては、さすがに俺も困ってしまうぞ。全く、罪深いものだ、な!」
三日月宗近は太刀を左腕に持ち替えて、竜也が持つナイフを弾く。
それは回転しながら宙を舞い、竜也の後方、遠くに落下した。
武器がなくなり攻撃も止まるかと思いきや、竜也が爪を立てて三日月宗近へ飛び掛かって来る。
三日月宗近はそれを抱きとめ受け身をとると、そのまま地面を転がって竜也の上に跨った。
「本当はやりたくないのだが……」
暴れる竜也のおでこの上に刀をかざし、自分の血で刀身に小さな印を描く。
すると、その印に引き寄せられるように竜也の体からずるずると黒い靄が現れ、そのまま三日月宗近の本体の中へと消えていった。
そして、それと同時に竜也も大人しくなり、見れば目をつぶってスヤスヤと寝息を立てている。
「やれ、着物が汚れてしまったな……」
言いながら立ち、竜也のナイフを拾いに向かう。
自分から漂う血の匂いと、先ほどまで死合っていたのが響いているのか、竜也から奪った魔性のモノが三日月宗近の武器としての本能を突き動かす。
……久しぶりに出撃でもするか。
ため息交じりに三日月宗近は思った。
岩融はゆっくりと体を休める前に散歩でもしようと本丸の外周を歩いていた。
今日は月がきれいだ、そんなことを思いながらゆっくりと進んでいくと、どこからともなく刀を交える音が聞こえ始める。
こんな時間に誰だ……?
岩融がその音の場所へ向かうと、竜也と三日月宗近が戦っているのを目撃した。
舞っているかのように刀を振るう三日月宗近と、獣のような形相の竜也。
竜也から漂う異質な雰囲気に岩融の体に汗が浮かぶ。
恐ろしいとさえ思う。
だが目を逸らす事ができない。
しばらく眺めていると、竜也のナイフが宙を舞い三日月宗近に組み敷かれ決着がついた。
このまま去るかとも思ったが、三日月宗近が派手に怪我をしたのも見てしまっている以上、手伝いに行くべきだろうと近づいていった。
地面に倒れている竜也を見るとどうやら青田をいくつか作ってはいるが寝ているようで、岩融は内心ほっと胸をなでおろした。
視線を感じて顔を上げると、三日月宗近がこちらを見ている。
「散歩をしていたら剣戟の音が聞こえてな。盗み見するつもりはなかったのだが……」
「いや、問題はない」
「傷は大丈夫か?」
「はっはっは、手当をすればすぐに治る」
「そりゃそうだが」
にっこりと三日月宗近が微笑んでいる。
三日月宗近の背後から月明かりが照らしだし、存在感を強調しているように感じられた。
岩融は触れてはいけない何かに触れようとしている気がして、ごくりと唾を飲んだ。
「主が貴様を本気で殺そうとしているように見えたが……」
「なぁに、ただのスキンシップというやつだ。主に好かれて困る」
「時折こうなるのか」
「……まぁ、そうだな。まれになる」
「……」
ぽりぽりと顔を書きながら三日月宗近がじっとこちらを見ている。
唇は笑ってはいるが、 瞳は笑ってはおらず、むしろ目に宿る打ち除けが怪しく輝いて無言の圧力がひしひしと伝わってきた。
踏み込むな、ということだろうか。
「……屋敷に戻るのだろう?」
「ん? ああ、そうだな。そうしよう」
「俺が主を持とう、その傷では運べまい」
「……そうだな、あいすまん、よろしく頼む」
「がはははは! でかい体もたまには役に立つ」
岩融はかがんで竜也を担ぐと、ゆっくりと歩きだした。
その隣に三日月宗近が並んで進む。
「のう、岩融よ」
「どうした、宗近」
「明日の出撃、俺と変わってくれぬか」
「おお、珍しいな。主と交わって戦場が恋しくなったか」
「そんなところだ」
そう言いながらにやりと笑った三日月宗近の顔は、血を浴び赤く染まった刀のように美しく艶やかだった。