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日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第三章 月夜の足跡 4

2022.11.12 21:44

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第三章 月夜の足跡 4


「大津伊佐治か」

 東京に戻った菊池綾子は、京都での一件をすべて報告した。

「大津の娘が、今田陽子と一緒に会議している山崎瞳、つまり、石田教授の秘書ということになる。つまり今田の動きはほとんどあいつらに筒抜けになているということであろう。今回、菊池が行ったこともわかっていたということか」

 分析をやっている荒川がそのように呟いた。

「桃子さんがうまくやってくれて、西園寺公一さんが、客人を守ったというだけの形にしてくれています。」

「まあ、そうだろう。でもこれで京都で抗争が起きるな。今田君、京都府警に連絡しておいてくれ」

 荒川のつぶやきを聞いていた嵯峨が、今田に指示を出した。

「はい」

 何だか緊迫しているが、東京四谷の狭いオフィスに、皆が集まり、なぜかグラスが皆の前に置かれていた。既に窓の外は光が少なく、四谷の割に表通りに接していないためか、道を照らす街灯の灯りが、窓の下から縁の弧を描いている。

 菊池綾子の話は、衝撃的であった。ある意味で、「古代京都環境研究会発起委員会」そのものが天皇陛下の命を狙っている組織そのものである。そして大津佐治の娘の山崎瞳がここに入っているということはそのまま、徐虎光や吉川学も全てその仲間に入っているということを意味している。ある意味で、日本にいる中国人組織、そして、左翼組織、そして今回平木を殺した北朝鮮組織が全て「敵」に回ったということになる。そして、その実行現場は「京都」それも山崎瞳がいるということは、間違いなく古代京都環境研究会がその舞台になることは間違いがないのだ。

「では、陳文敏や松原、大沢は命令を出すだけということか」

「そうかもしれません。いや大きな命令を出しただけで、結局は何もしない可能性があります」

「奴らを動かして、しっぽを出させましょう」

 菊池綾子がいきなりそれを言ったのである。その場は、驚いて皆が綾子の方を見た。

「どうやって」

「既に、大沢三郎のチルドレンの青山優子は、こちらに落ちちます」

 菊池綾子は、自信を持って言った。

「そういえば、一回情報を撮ったといっていたが」

「その辺はうちの旦那が抜かりなく」

「なるほどな」

 嵯峨朝彦は、頷いた。

「今田君は、近々京都に行けるか。現場視察とか言って。つまり、綾子が京都に言ったことで、様々な違いが出ていると思う。京都を調べてくれるか」

「はい」

「樋口君は、緊急事態以外、今田の近くに寄らないように、護衛を」

「承知」

 といったものの、誰もその席を立とうとしない。飲み会はまだまだ続いていた。

「いや、こういうのは酔わないうちに言わなきゃならないからな」

 嵯峨はそういうと、グラスをあけた。近くにいる菊池は、やはりすぐに飲み物を作る。銀座の高級クラブで、今田と菊池がホステスのような感じだ。

「さて、それにしてもどうやって来るかな」

「まずはあいつらが何人でくるかということでしょう」

 樋口が言った。

「いや、陛下を殺すという問題ではない。そもそも何のために陛下を殺すのかということだ。」

 嵯峨は、いきなりそのようなことを言った。

 そういえばそうなのだ、天皇陛下を殺すという情報が入ってきて、このチームが出来た。ほとんどは東御堂信仁の影響下にあるものであり、それを嵯峨朝彦が引き継いだ形だ。そしてその情報そのものも東御堂からもたらされた情報であることは間違いがない。

 しかし、冷静に考えてみれば、天皇陛下を殺しても、すぐに皇太子がいるのであるから代替わりするだけである。もちろん、皇宮警察などの警備をかいくぐって殺すとなれば、それなりの実力を示すことができる。しかし、それならばその他のことを望むはずであろう。つまり、天皇陛下を殺して、なんらかの混乱を起こすということになるはずだ。

 しかし、単純になんらかの混乱を起こすだけならば、首相や他の大臣でもよいし、何も殺す人を限定する必要はない。つまり「天皇陛下」でなければならない何らかの理由があるはずであり、また、そのあとに何かを計画しているはずである。単に殺すだけであれば、何も天皇を狙う必要はないし、また、これだけ大掛かりに多くの団体が一緒になるはずがないのである。

 嵯峨朝彦は、何かを思い出しそうで、頭の中に入ったまま奥にしまってしまったことを思い出そうとした。何かがあった。しかし、その何かがよくわからないのである。

 そういえば小さいころ親父が何か言っていたことがあった。自分が何故天皇になれないのか、同じ天皇の血を引いている自分が天皇になれずに、今の天皇は天皇になれている。その内容の違いはいったい何なのか、そんな事を聞いたことがある。初めのうちはそんなことを聞くものではない、そんなことを外で話をするなと言っていた親父であったが、しかし、朝彦が高校に通うようになってから、父親がしみじみと何かを言ったのだ。しかし、なぜかその親父の言ったことは全く覚えていない。そのようなことを何か言ったのでありそして、その内容を言った場面はよく覚えている。しかし、その内容をどうしても思い出せないのだ。

 何か、非常に重要であったような気がする。その親父の言うことを聞いた後に、「天皇と、宮家は全く違うんだ」と思ったことは覚えている。今も、その感覚になっているのであるから、当然いかなり大事な事であったに違いない。しかし、その内容を覚えていないのだ。そして、彼らがどうしても天皇陛下を殺すということは、なんとなくではあるがその内容が重要であったような気がするのである。

「おい、ちょっと出かけてくる」

「殿下、こんな時間からですか」

 時計の針は、いつの間にか「9」を指していた。悩んでいる間は、全く廻りが見えていない。そして今田陽子や樋口義明は既にいなくなっていた。自分が何か考え事をしている間に、帰ったのであろう。いや、多分挨拶を受けたような気がするが、そんなことではない。

「お供しましょう」

 荒川が席を立った。この荒川という男は、これだけ付き合ってみると、なかなか便利だ。何か様々なことを知ってるし、いろいろ経験している。それでいながら秘書的なこともする。この男は今まで何をしてきたのであろうか。

「うむ、タクシーを呼んでくれ」

「私たちはどうしたらよいでしょうか」

「帰っても、このまま飲んでいてもよいぞ」

 菊池と、青田は二人で顔を見あわせて、机の上を片付け始めた。菊池のような女性がいるので、そんなに汚れていない。銀座のクラブがいつもきれいに見えるのは、薄暗い照明と、ホステスが常に机の上を綺麗にしているからに他ならない。そのことが、このような事務所でも発揮されているのだ。

 なんとなく、満足した感じを持ちながら、嵯峨朝彦は、部屋を後にした。

「どちらへ」

 タクシーに乗った荒川は、嵯峨に尋ねた。

「信仁の家だ」

「東御堂様の」

「ああ。聞きたいことがある」

「はい」

 荒川は、タクシーの運転手に住所を言うと、タクシーは走り始めた。